【掌篇】二十五歳でチョコレート好きじゃ駄目ですか
課長が降りてエレベーターの中に二人だけになったら、すす、と彼女が近寄ってきた。
「何」
「んー」
身体は触れ合わないけど服は触れ合う距離で、私を見上げてくる。何かを期待する表情。
「カメラあるんだから何もしないよ」
「そうじゃなくて」
小さく背伸びして上半身を突き出してくる。互いの胸の先が当たるのが気になって、何を望まれているのか分からない。あーうーと唸るばかりな私に焦れたように、彼女は自分の唇を指差す。
「だから、カメラ……」
「違くて!」
ぷうっと頬を膨らませたと思ったら、その空気を吐きかけてきた。温もりと湿り気と彼女の匂いと、
「……チョコ食べた? 私にもわけてよ」
甘い香りにそんなことを言うと、彼女は我慢の限界だったようで
「もー! リップ! チョコの香り! キミちゃんチョコ好きだから!」
「ああ……」
やっと分かった。でも、幾ら私がチョコ中毒だからって無色リップクリームの変化に気付けってのは無茶だと思う。
「どう、キスしたくなった?」
自慢げな笑顔でそんなこと言われても。私がチョコ好きなのは即物的な食欲によるもので、色っぽさには繋らない。そう伝えると、彼女は大層不満な様子で背を向けてしまった。
「もう知らない!」
また怒らせてしまった。私のこういう無粋な所はいつまでも直らず、彼女もいつまでもそれに慣れない。
でもなあ、本当にお腹が空くばかりだし、それに。
「真衣とは、いつだって凄いキスしたいし……香りが変わっても同じだよ」
真面目に(ちょっとタラシっぽさも入れつつ)言い訳したんだけど、彼女の背中は無反応だった。
チン、と音がして重い扉が滑るように開く。先に廊下に出た彼女が、周囲を伺った。後を追った私を振り向く。
「じゃあキスして」
睨むような視線と囁き声。
「え、だ、だって人来たら」
「したくないの?」
「…………」
したくないわけが、ない。廊下には誰もいない、多分視線もない……今は、だけど。
「早く」
叩くような声に彼女の顔を見れば、拗ねた表情の中、目が不安そうに揺れていて、実は臆病な彼女の色々な不安を少しでも消してあげたいと誓っている私は、我慢するのを止めた。彼女の正面に寄り、頬を支え、顔を近付けた。
「ん」
ほとんどかするような口付け。温かさも柔らかさもろくに伝わらないけれど、ふわ、と甘い香りがして、やっぱりチョコリップも悪くないのかも、と思った。
それに、そう。急いで離れた彼女が、凄く柔らかく見えたから。きっと悪くないのだろう……いっつもこんなことねだられたら困るけど。私の理性が。あと社会的地位が。貴女の不安を消す為に、お金も稼いでいきたいのでありますよ、私はね。
お読みいただきありがとうございました。




