王子「真実の愛を見つけたから婚約破棄だ」令嬢「わかりました」みんな「!?」
突然の婚約破棄宣言を突きつけられた公爵令嬢スカーレットは、王子ルークにひとつだけ条件を出した。
それは、「真実の愛が困難に打ち勝つことを証明してほしい」というもの。
王子は承諾し、そこから彼らの修行の日々が始まる——!
書類仕事! 筋トレ! 登山!
夕陽に向かって走れ!
*悪人はいません。
*ざまぁなしのハッピーエンドです。
ある日、夜会のさなか、王子さまが言いました。
「諸君、私は真実の愛を見つけたのだ。よって、公爵令嬢スカーレットとの婚約を破棄する!」
会場はざわめきます。令嬢スカーレットといえば、『社交界の華』『完璧超人のサイボーグ』『王子が捨てられたらこの国ヤバいかも』として有名だったからです。
人々がスカーレットの顔色を窺おうとするなか、堂々と歩み出してきたスカーレットは素敵なカーテシーのあとに頷きます。
「お話、承知いたしましたわ」
王子の後ろには、顔面を真っ青にしている令嬢がいます。おそらく真実の愛の相手でしょう。
「うむ。今までご苦労だったな。父上たちに話は通してある」
またも会場はざわめきます。『えっ? 話通しちゃったの? 国王も公爵もそれでいいの? どゆこと?』と、皆の心が一つになりました。
「あの、ルークさま、わたしは側室でいいので……あの、あの」
ちなみに彼女の名前はマリア、下級貴族出身の令嬢でした。マリアは勇気を出して発言しているのに、王子は愛の高揚で、愛する人の言葉が耳に入っていないようです。
スカーレットは細く白い指を一本立てて言います。
「ですが、殿下。ひとつだけ条件がございます」
「言ってみてくれ。父上からも、きみの条件はすべて聞くようにと言われている」
「さようでございますか。では、遠慮なく」
そして、スカーレットが告げた、婚約破棄の条件とは——。
☆☆☆
「しごとがつらい」
「何をおっしゃるのです。愛を証明してくださるお約束でしょう」
スカーレットは王子ルークの執務室で、彼の斜め後ろに控えながらピシャリと言いました。
「私は……今まできみのことを軽くみていたようだ。詫びるぞ」
「詫びたからといって、仕事は減りませんよ。口より手を動かしてください」
「決裁印を押すだけではないか。頭が暇なのだ」
「殿下が許可を出すということは、殿下に責任が発生するということです。きちんと自覚を持って決裁を通してください」
スカーレットのもっともな指摘に、ルークは書類の一枚一枚を舐めるように目を通して、重々しく印を押します。
「速度は緩めないでください」
「ぴえん……」
「マリア嬢との愛を証明するのでしょう。まだまだ序の口ですよ」
そう、今まで次期王太子妃としてスカーレットが担っていた業務が、婚約破棄してしまったなら、そのままルークにスライドしてくるのです。引き継ぎは重要でした。
周囲のお付きは思います。「スカーレット嬢がいなくなったら大変だな……。王子、婚約破棄やめてくれないかな……」と。
スカーレットが出した婚約破棄の条件とは、『真実の愛が、困難を可能にすることを見せてください』ということでした。つまり、ルークがマリアへの愛のためにどれだけがんばれるのかを見せてくれ、というのです。
ルークはずっと昼行灯な王子でした。芸術を好み、実務はスカーレットに任せっぱなし。令嬢マリアとの出会いだって、彼女の卓越した歌声を聴いたことが始まりでした。
「マリアには、苦労はさせん……。私が守る……!」
スカーレットは内心、
「こいつ……わたくしには苦労をさせて良いと思って……?」
と疑念が湧き上がりそうになりましたが、王家への忠誠心により黙殺に成功します。しました。
王子に書類仕事を教える日々は続きました。最初はすぐに音をあげるだろうと思われていたルークも、必死にスカーレットに食らいつきます。
周囲の人々は、ルークを見直していました。
ある日、王宮騎士団の訓練場で、スカーレットの声が響きます。
「筋肉は痛めつけ、痛めつけ、その最後の一回の動作が重要なのです! 途中で諦めてしまったら何の意味もございません!」
「す、スカーレット、とは言ってもだ、私は現場には出ないのだぞ。身体を鍛える必要がどこにある……!」
ついつい弱音を吐くルーク。スカーレットはまなじりをつりあげます。
「甘い! マリアさんをご覧なさい!」
「百、百一、百二……」
「マリア……⁉︎ 腕立て伏せをそんな回数も……⁉︎」
「殿下だけに、大変な思いはさせません……! スカーレットさまから教えを受けられることは、大変光栄なことなのですから……!」
ゆるふわ令嬢かと思われたマリアが、スカーレットの指導により筋トレの鬼と化しています。
「素晴らしい。殿下の婚約者は、有事の際、殿下を第一にお守りしなければならないのです。マリアさん、あなたは才能があります」
「スカーレットさま……!」
令嬢二人の空気からしめだされた王子は黙ってスクワットを続けました。
書類仕事と筋トレ、どちらもこなす日々が過ぎました。
その間にマリアの握力はルークを超え、スカーレットとマリアが二人で夕陽に走り出したり、世界を目指したりいろいろありましたが割愛します。真実の愛の前には些事だからです。
そうこうしているうちにルークの書類処理能力は一級品になり、空気椅子状態で業務をこなすことすらできるようになりました。筋トレの成果です。
スカーレットは、次は何の課題を出そうか、頭を悩ませ始めました。ルークは、以前の彼とは見違えるほど立派になっています。
ある日、スカーレットが王宮に参上すると、申し訳なさそうな顔をした王子のお付きが現れました。
「スカーレット嬢、王子はしばらく不在で……。不在の理由は明かせないのですが、週末には戻られるはずなので……」
スカーレットは少々腑に落ちないものがありましたが、納得することにしました。王子の取り巻きたちにも等しく仕事を教え込んだため、スカーレットなしでも現場は回るようになっています。
そして週末。呼び出しにより参上したスカーレットの目に飛び込んできたのは、やけにボロボロなルークの姿でした。
「殿下⁉︎」
驚きを隠せないスカーレットに、ルークは親指を立てて笑います。
「……今までの集大成だ。スカーレット」
「何を……まさか!」
「世界最高峰、霊峰スゲータカイ山……。登頂、成功だ」
王子のそばには、マリアもいます。登山装備です。一緒に登ったみたいですね。
先日スカーレットに王子の不在を伝えたお付きは困惑していました。登山してくる、とは聞いていたけども。世界最高峰まで行ってたんかい、と言いたげです。
「スカーレットさま……。マリアも、強くなりました。あなたさまのおかげです……!」
なぜ突然世界最高峰に挑戦しているのか、尋ねたくなるのをスカーレットはぐっとこらえました。だって、あんなにひ弱だったルークとマリアが自分たちだけで成し遂げた偉業なのです。無粋な質問は慎みましょう。
そして、弟子たちの成長に、スカーレットの視界が滲みます。
「……殿下。マリアさん。……謝罪させてください」
スカーレットはそう切り出しました。ルークとマリアは顔を見合わせます。
「わたくしは、わたくしは……。お二人がここまで来られると、思っていなかったのです。殿下はいつもの逃げ癖を発揮なされて、マリアさんと楽な方に流れてしまうのだろうと……」
周囲のギャラリーが頷きました。
「けれど……。けれど、お二人は困難に打ち勝ってみせました。わたくしの課す課題に加え、さらにご自分たちで霊峰登頂などという課題を見つけ、達成された」
周囲のギャラリーは首を傾げました。スカーレットの課す課題はわかるけど、登山って必要だったのかな?と言いたげです。
「スカーレット……いや、師匠」
完全にスポ根の作画になったルークが言います。「師匠はさすがに恐れ多い」というスカーレットを押し切り、ルークは頭を下げました。
「これで……私の愛は証明できただろうか。マリアと、やっていけるだろうか」
「ルークさま……」
マリアもちょっぴり涙ぐみ、ルークとスカーレットを見つめます。
スカーレットはふっと表情を緩め、笑いました。
「殿下……。愛とは、これほどの困難を可能にするのですね」
スカーレットはマリアに向き直ります。
「マリアさん。……殿下を、お任せします」
「……はい! ルークさまも、この国も、わたしが守ります!」
あの日、『側室でいいんですけど……』と震えていたマリアの姿は、もうどこにもありません。そこには、自信に満ちた素敵なご令嬢がいました。
その後、スカーレットとルークは円満に婚約を破棄し、マリアがルークの新しい婚約者になりました。マリアの根性を認めたスカーレットの実家が、マリアの完全なる後ろ盾としてついた形です。
王宮の壁にはドデカい垂れ幕で、『祝! ルーク王子世界最高峰登頂成功!』やら、『スカーレット嬢の未来に幸あれ!』やら、『祝!マリア嬢、騎士団長にタイマンで勝利!』やら、たくさんの祝い事が掲げられます。
スカーレットはその壁を見上げ、ひとり踵を返そうとしました。しかし、そこに待ったをかける人がいます。
「どこに行くんだ、師匠」
現れたのは、ルークでした。もう婚約者ではないのだから、とスカーレットは気安い態度を慎みます。あとついでに師匠呼びもやんわり咎めておきます。
臣下の礼を取ったスカーレットを押し留めながら、ルークが言いました。
「頼む。どの面下げて、と思うかもしれないが……、王太子最高顧問として、城に残ってくれないか」
「王太子最高顧問とは……?」
「きみのために作る役職だ。どうかお願いできないか」
王子の顔を見て、スカーレットは緩く首を横にふります。やはり頷かれるとは思っていなかったようで、王子は苦笑しました。
「だめか」
「殿下、わたくしは……」
スカーレットは息を吸います。そして宣言しました。
「真実の愛を探しに参ります。いつか、それを見つけた暁には、必ずご報告に戻ります」
スカーレットの決意の言葉に、ルークは一度目を見開き、それからにっかりと笑いました。
「……ああ!行ってこい!」
数か月後。
霊峰スゲータカイ山のふもとの村で、スカーレットはとある青年と運命の出会いを果たします。青年は猟師で、目つきの鋭さと、それと裏腹の優しさを持っていました。
このまま、この村で一生を過ごしてもいいかもしれない。スカーレットはそう思いました。
そんな彼女のもとに、王太子とその婚約者が突撃するのはそのすぐ後の話。そして、国のVIPが二人して運命の彼に圧迫面接を仕掛け始めるのも、もうすぐの話です。




