おすそ分け
連休2日目は朝早くに目が覚めてしまった。
昨日のことが頭を離れず、よく眠れなかった。
――もう二度とあんな思いはさせない。信じてもらえるように努力するよ。これからの全ての時間をかけて、依織に証明していく
――まずは依織の信頼を得られるように頑張るから
昨日言われた言葉が蘇る。
憲彦は真剣なんだ――。
それくらい、あたしにも分かる。
本当にあたしを好きなんだ……。
枕に顔をうずめた。
酷く心が締めつけられた。
これは嬉しさ?それとも戸惑いなのか……。
でも証明するってどうやって?
言葉だけを重ねられても、簡単には信じられない。
もうゆっくりする連休どころではなくなった。憲彦のことばかり考えてしまう。
あたしはしばらくベットでのたうち回った。
こんな事をしてても埒が明かない。もっと生産的なことをしよう。
起き出すと朝食を作った。昨日もらったトマトとキュウリでサンドイッチを作る。
野菜を貰ったのに、ろくにお礼も言ってない気がする……。それに酷い事も言ってしまった……。
「謝ったとは言え、流石にあたしが悪い気がする……」
そう思って、買い物に出かけた。
手っ取り早く謝罪するなら、おすそ分けを持っていこう。時間がある今なら調理時間もある。
買い出しを済ませると、早速台所に立った。
誰かに食べてもらうと思うと、いつもより気合が入る。
憲彦のために弁当を作っていた昔を思い出したが、今は気持ちを切り替えて調理に集中した。
数時間かけて8品を作ると、タッパーに詰めて紙袋に入れた。ちゃんと自分の分も残しておく。
憲彦、いるかな……。
連休だっていってたし、部屋には居るはず……。
なんだか緊張してチャイムを押すと、
『はい』
声が帰ってきた。
「あの……あたし」
『依織……?待って』
すぐにドアが開いた。
「どうしたの?」
「その……昨日は流石に言い過ぎたと思って……。野菜たくさん貰って、部屋に入る手伝いしてもらっただけだったのに……。ろくにお礼も言わずに、ごめんなさい……」
「気にしてないよ……。俺が不意に触ったからいけなかったんだ。それに依織の周囲の人を詮索するような真似までして……。謝るのは俺の方だから」
あたしは首を振った。
「その……憲彦の真剣な気持ちは受け取ったから。あたしと向き合おうとしてくれてるっていうのは分かった……。だから……その………昨日のお詫びも兼ねて、コレ」
紙袋を差し出す。
「作ったの。よかったら食べて」
「えっ?依織の手作り?」
「うん……。美味しいかは別だけど……」
「美味しいに決まってるじゃん!」
テンションが上がったのか、憲彦は嬉しそうに言った。
「昔も美味しかったんだから、今も美味しに決まってるだろ」
「いや、味付け変わったかもしれないし……」
「それでも嬉しい。やった!ありがたく頂くよ」
紙袋をウキウキと受け取る姿は、弁当を受け取る昔の姿と重なった。
「じゃ……お休み中にお邪魔しました」
「手伝ってほしいことがあったら言って。何でもするから」
「今のところ、Gは出てないから平気。……でも――何かあれば言うよ」
それからの午後は、朝より心が軽くなった。部屋の掃除をして洗濯して、普段はしない箪笥や押し入れの整理整頓もした。
片付けていると考えがまとまるもので、憲彦とは少し前向きな気持ちで会話しようと思えた。
連休が終わると、また日常が戻ってきた。
憲彦はタッパーを返す時、律儀にもお菓子のお礼を付けてくれた。
「そこまでしなくていいのに!お礼にお礼を重ねないでよ」
「依織が好きそうなクッキーだったから、ついでだよ。おいしかったよ、おかず。やっぱり依織は料理上手だよな。尊敬する」
返された紙袋より、クッキーの袋の方が大きかった。
「これ、餞別用とかの大きさじゃん……」
「クッキーは賞味期限長いし、ゆっくり食べればいいじゃん。食べきれないなら会社の人に分けてもいいだろ」
そう言われたが、明らかに一人用の量ではない。
「まぁいいや……。ありがと」
次の日、弟切さんへの報告も兼ねてランチに誘った。
そしてクッキーも差し入れる。
「これ、憲彦がくれたクッキーです」
「なんか変わった人ね、下山。普通そんな大きなクッキー缶持ってくる?」
早速開けて食べながら、弟切さんは苦笑いした。
「なんかずれてますよね……」
「昔からなの?」
「いや……そうじゃなかったような………」
「まぁいいわ。少しは気持ちの進展があったみたいだし、下山の人生をかけた証明とやらを見せてもらいましょう」
それから、あたしは時々おすそ分けをした。
作りすぎたり、期限が持ちそうになかったりした時だけだったが、憲彦はいつも喜んだ。
憲彦の方もお菓子や野菜をくれる事が増え、お互の部屋をいき来する回数が増えた。
交流は増えたが、以前言っていた通り、勝手に触れたり部屋に入ることもしなかった。
「大分打ち解けたみたいね」
仕事終わりの飲みの席で、弟切さんから言われる。
今や定期的に飲む仲になっていた。
「そうなんですかね……」
「おすそ分けし合うのは、隣人としはかなり親しいでしょ?」
それもそうか……。
「で?まだ笑えてはないのかしら?」
「そうですね……。やりとりしても5分も喋ってないですし。会う回数が増えただけ、って感じです」
「それでいいのよ。焦らずいきなさい。隣人としの距離はできたから、次は友人ね」
「友人……」
「近所を歩いたり、少しプライベートの話をしてみたり……。生活圏が同じだから、共通の話題は見つけやすいんじゃない?」
「……そうですかね?」
「安売りしてるスーパーとか、珈琲が美味しい喫茶店とか、そんな軽い話題でいいのよ。お互いに知らない店を知れるのは、損じゃないでしょ?」
確かに。
「はい。それもそうですね」
「今度、話題に出してみなさい」
焼き鳥を食べる弟切さんに、あたしは思わず言った。
「弟切さんのアドバイス、凄く頼りにしてます。すっかり信じてますから」
「あはは!何言ってんの?あたし独身よ?人生経験あるだけのあたしなんて、頼りにしない方がいいわよ」
「もう遅いですよ」
あたしは焼き鳥を頬張りながら言った。
「悩んでいる子がいれば、弟切さんを紹介しちゃいますからね」
休日。
「今日は買い出し多いな……」
この日も買い物に行こうと買うのもリストを眺め、一人事を言った。
トイレットペーパーにキッチンペーパー、醤油、砂糖、米、味噌……。
重い物ばかりだった。
憲彦への差し入れる階数が増えたせいか、調味料の消費が早い。
「一人用じゃなくて、もう少し大きい物を買おうかな」
いつもり多めにエコバッグを持ち、部屋を出る。
本来ならチャリで行きたいところだが、この荷物では乗り切らないだろう。
「……電車かな」
財布に入ってるパスを確かめようとドア前でゴソゴソ鞄をいじっていると、
「あれ、出掛けるの?」
ランニングでもししてきたのか、スポーツウェアを着た憲彦が、額に汗をかいて立っていた。
「うん。買い物」
「あっ、俺も行かなきゃ……。ビール切らしてるし、砂糖もない。依織はいつもどこのスーパー行くの?」
「少し遠いけど、隣駅のスーパー」
「隣駅かぁ……。それってどのあたり?」
説明しようとしたが道が少々入り組んでいるので、口頭では難があった。
一緒に行くか……。そのほうが早い。
友人なら、それくらいはいいだろう。
「……よかったら一緒に行く?」
「えっ?!」
思ってもよらない提案に、憲彦は酷く驚いていた。
「依織がいいなら……。ちょっと待ってて」
慌てて部屋に戻ろうとするので、
「ゆっくりでいいよ。シャワー浴びたり着替えたりするでしょ?終わったらノックして」
「分かった」
こうして、初めてのお出かけをすることになった。
読んでいただきありがとうございます!とても励みになっています。
誤字・脱字報告もありがとうございます。助かっております。
感想、レビュー、ブクマ、評価、待ってます!!




