信頼
連休開始となった土曜日。
あたしは昼近くまで寝て、ゴロゴロと怠惰な休日を過ごしていた。
社会人になって初めてのまとまった連休。
会社の繁忙期を経験したあたしは、心身ともに休む貴重な連休を満喫するつもりだった。
布団から出ず、食事も簡素なもので済ませた。
ずっと映画とドラマを見て過ごし、気がつけば夕方になっていた。
連休1日目が終わる。休みの日の時間経過って、何でこんなにも早いんだろう。
起きてからろくなものを口にしていなかったのでお腹がすいたと思い、冷蔵庫を漁るが何もない。
デリバリーも考えたが財布を考えると苦しいので、しかたなく重い体を動かして着替え、化粧をした。
暑いこの季節は日の入りが遅い。
今から買い物に行っても暗くなることはないので、エコバッグと財布、スマホだけを持って部屋を出た。
西日が廊下を照らし、あたしの長い影をつくっている。
ドアを閉めた所でちょうど憲彦とかち合う。大きな段ボールを抱えているので、置き配でも取りに行ったのだろう。
「出掛けるの?」
「ちょっと買い物」
鍵を閉めようとした所、
「野菜いる?ちょうど実家から届いてさ。量が多いから、少し持っていってくれると助かる」
そう言われた。
「いいの?」
「どうせ冷蔵庫に全部入らなくて、腐らせるだけだから。この季節足が早いからさ、貰ってくれた方がありがたい」
「そう……。なら少しいただこうかな」
憲彦が自分の部屋のドアを開け、段ボールをドンと置いた。
ガムテープをビリビリ破って開けると、ナスやキュウリ、トマト、オクラなどがぎっしりと詰め込まれていた。調味料や米も見える。
「ずいぶんとあるんだ」
「いつもこれくらい届く」
両手いっぱいに野菜を貰うと、「ドア開けるよ」と部屋までついてきてくれた。
自室に戻って冷蔵庫にしまうあたしを、憲彦は後ろに立って見ていた。
「次からも貰ってくれると助かる」
そう言って笑う。
「毎回は流石に悪いよ」
「依織ならいいよ。こうして話せるのも嬉しいし」
なんと答えていいのか分からず、視線を逸らす。
憲彦は小さく笑うと、
「依織の部屋、綺麗だね」
と奥のリビングを見て言った。
その時、初めて憲彦を家の中にあげてしまったと思い至る。
二人きりになってしまった。
「同じ間取りの部屋とは思えないな。やっぱり整理整頓してたら違うのか」
「そうかな。………もう出よう」
立ち上がったあたしは憲彦を見ず、
「買い物行かなきゃ」
と足早にすれ違おうとした。
しかし狭い廊下では難しく、憲彦の足につまずいて体勢を崩した。
咄嗟に手を差し伸べて支えてくれる。
「平気?」
グッと腕と腰を持たれ、あたしは思わず憲彦の体を拒否するように押し返してしまう。
「……ごめん。大丈夫」
不意に触れられたことで体が熱くなった。
マズイ。
変な雰囲気にならないようにしないと。
憲彦はあたしの腕を掴むと、
「依織……」
一歩近づてきた。
とっさに後ろに下がると、冷蔵庫に背中がドンとぶつかる。
「それ以上こないで」
緊張した声に、憲彦はハッとして動きを止め、腕を離した。
「ごめん……。やましい事しようしたわけじゃ……」
そこは本当か分からなかったので、何も答えなかった。
あたしはそそくさと部屋を出ると、
「早く出て」
じっと憲彦が退室するのを待った。
彼はノロノロとあたしの後をついてきて、部屋を出る。
無言で鍵を閉めるあたしに向かって
「昨日さ……」
言いにくそうに声をかけてきた。
「男の人、来てたよな?前にマンション前で話してた人」
「匠海さん?」
「アレが匠海さん……。あの人は家に入れてもいいの?」
何、それ……。
「……何が言いたいの?」
何やら考えてこんだ憲彦は、気まずそうな顔をしてあたしを見た。
「その……こんな事聞かれたくないのは分かってるんだけど………匠海さんって依織に気がある?」
…………はい?
「あるわけ無いじゃん」
「だったら何でマンションまで送ったり、わざわざ家に来るの?」
「何でって……友達?とは違うか……。同期の彼氏なんだよ。だからあたしに気があるわけないじゃん」
あんなにラブラブなのに。
「彼女がいても、男なんだから下心があるかもしれないだろ?昨日は匠海さん1人が来てたじゃないか」
昨日の宅飲みを見てたのか。
でも下心って……。
匠海さんのことをよく知らないはずなのに。
「違うよ。同期の由美も一緒だったよ。由美が先に部屋に入ったから、匠海さんの背中だけ見たんじゃない?」
そういうと、あからさまにホッとした顔になった。
「そうか……。良かった………。てっきり男と夜まで2人きりだったのかと思って……。依織が嫌な思いをしてないならいいんだ」
自分の事を棚に上げて、そんな事を言うのか。
あたしは思わず、
「皆が憲彦みたいに浮気するわけじゃないよ」
冷たくそう言ってしまった。
「――そうだよな。…………ごめん」
憲彦は俯いて小さな声で謝罪した。その顔にチクリと罪悪感が芽生える。
警戒心が高まったとは言え、流石に意地悪すぎた……。
「いや……あたしの方こそごめん――。ちょっと言い過ぎた」
「………いいよ。依織を傷つけた過去があるのは本当だから」
確かにそうだけど、そうじゃない。
少し後ろめたさが募り、
「ホントにごめん……。変に過剰反応してるの………。気にしないで」
そう伝えた。
「――それって、過去に俺がやらかしたせい?」
憲彦は顔色を伺うようにあたしを見ている。
「……どう、なんだろ。分からない……。これでも、前よりは前向きになれてるんだよ?憲彦が昔、あたしをちゃんと好きで付き合ってくれてたから。恋愛自体が嫌とは思ってないの。…………だだ――もうちょっと時間が必要なの……」
話すのをためらうあたしに、憲彦はたどたどしく言った。
「時間が経って、依織の心が元気になったら……俺とまたって……考えてくれる?」
「―――それは……」
「俺、依織の事はもう裏切らないよ」
真っ直ぐに見てくる視線を、あたしは受け止める事が出来なかった。
「憲彦の事は、まだ信じられない……」
言葉を濁すあたしに、憲彦は決心したように言った。
「もう二度とあんな思いはさせない。信じてもらえるように努力するよ。これからの全ての時間をかけて、依織に証明していく」
真剣な声に、思わず彼を見る。
「もう勝手に触れたりしないし、部屋にも入らないよ。まずは依織の信頼を得られるように頑張るから」
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