表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋のトラウマは始まりを告げる  作者: 栢瀬 柚花


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/8

前を向いて


 新しい恋。


 そんな言葉が自分の口から出たことに驚いた。

 あたしはやっぱり恋がしたかったんだ。

 今なら、すんなりと素直にそう思えた。


「……新しい恋か。そっか……」

 憲彦は呟いた。


「ちなみにさ―」

 憲彦が言いかけたところで、あたしのスマホが鳴った。

 画面を見ると由美からだった。

「もしもし?」

 幸い電波は悪くなく、すんなり電話は通じた。

『あっ!依織?良かった!無事に家に帰れた?』

 静かなエレベーター内では会話が筒抜けだ。

 憲彦は聞いていいのか迷っていたが、自然と耳に入ってくるのだから仕方ない。

「いや、無事というか……。マンションには着いたんだけど、停電しちゃってエレベーターに閉じ込められてる」

『ええっ!?大丈夫なの?』

「救助を待ってる所」

『やっぱり停電してるんだ……。良かったよ、依織に連絡して。匠海が心配しててさ。停電が大規模だから、依織が怖がってるんじゃないかってずっと言ってて』

『いや、エレベーターに閉じ込められてるなら良くないだろ』

 隣にいるらしい匠海さんの声もする。

『それはそうだけど……』

『山崎さん、平気ですか?救助すぐに来そうですか?』

「わかりません……。たぶんそこまで時間かからないと思うんですけど……」

『今一人なんですか?』

「いや……同じマンションの住人と一緒にいます」

『一人じゃないならよかった。不安でしょうけど、気を強く持ってくださいね。山崎さんに何かあれば大変ですから』

「ありがとうございます。無事にここを出られたら、また連絡しますね」

『そうしてください。気をつけて』

 

 そこで通話が終了した。

 急に静かになると、静寂が耳に痛い。


「……匠海さんって依織の彼氏?」


 憲彦が遠慮がちに聞いてきた。

「えっ……なんで?」

「いや……新しい恋ができるって言ってたから………好きなやつがいるのかと思って……」

「匠海さんはそういうのじゃない」

「そっか……」


 憲彦は少し困ったように首をかいた。

「あのさ……こんな話をして過去の浮気の事を謝っておいてアレなんだけど―――俺にもまだチャンスはあるのかな?」

「…………チャンス?」

「あの時から……いや、依織を泣かせたあとも、ずっと依織の事が好きだったんだ。ずっと忘れられなかった。付き合った人も依織以外いないし、俺の心はずっと止まったままなんだよ。依織しか俺の中にはいない」


 あたしは唖然とした。

 声が出なかった。

 

「呆れるのはわかるよ。でも……でも………もう会えないと思ってた依織とまた会えて、やっとこうして話をしてくれるようになった。なら、ちゃんと気持ちを伝えたいと思ったんだ――。図々しいのは百も承知だよ。今さらとか、どの面下げてとか思うだろうけど……」

 

 憲彦は必死に言った。

 決して冗談でも遊びでもなく、真剣にあたしに告白していた。


「依織が好きだ。昔も今も、依織だけが……。付き合ってほしい」


 この時のあたしの心は『無』だった。

 嬉しいとか怒りとか戸惑いもなかった。

 

 あたしは視線を落とすと、

「ごめん……。なんとも思わない――」

 正直にそう伝えた。

「嬉しいも困ったも、何を今さらとも思わない」

「―――それって、返事を待ってていいってこと?」

「………………分かんない」


 憲彦はあたしと同じくらい困惑していた。


「なら、たまに見かけた時、少しは話をしてくれる?それくらいはいい?」

「…………たぶん」

「たぶん、か………」


 だって、そうとしか言えない。


 気まずくて手をこねていると、急に電気が煌々とついた。眩しくて目を細めると、ガタン!とエレベーターが動き出す。

 ふらついてよろめくと、憲彦が受け止めてくれた。


「大丈夫ですか?」

 エレベーターの扉が開き、メットを被った作業員らしき人が声をかけてきた。

「はい」

「怪我などしていませんか?」

「大丈夫です」

「しばらくはエレベーター使わず、階段を利用してください。また停電するかもしれませんから」


 2人でエレベーターを出ると、階段で部屋の階まで帰った。

 それぞれの部屋のドア前に立つと、

「じゃぁ、また。しっかり暖まれよ」

「……うん」

 そう言って別れた。

 

 

 あたしはお風呂のお湯を溜めると、また停電してもいいように充電式のライトを付けた。念のためろうそくとマッチもテーブルに置いてい対策すると、借りた上着を抜いで、冷え切った体を湯船に浸けた。

 ぼーっと天井を見ていると、さっき話した内容がぐるぐると頭の中を巡る。


 付き合う……?

 もう一度、憲彦と―――


 確かに高校の頃は楽しかった。凄くいい思い出で、毎日が楽しくてお弁当作りも苦手な宿題も苦じゃなくて、ウキウキしてた。

 でも、今付き合っても同じように思えるだろうか?

 当時の気持ちと比較して、やっぱり違うなと落差を感じないだろうか?

 何より……

「また浮気されるんじゃないかな……」


 このまま近づいたら、また傷つくかもしれない。

 それが一番怖かった。




 数日悩んで頭を抱え、ネットにも頼ってみたけれど答えを見つけられず、あたしはとうとう弟切さんに泣きついた。

 

「今日、飲みに行きませんか?」 

 あたしから誘うのは始めてだったから、弟切さんは凄く驚いていた。

 でもすぐに「いいよ」と返事をしてくれ、仕事終わりの居酒屋でエレベーターでの出来事を全て話した。

 

「その男、どうなの?」

 まずそう言われた。

「やっぱりそう思います?」

「いくら若かったはいえ、浮気してたんでしょ?トラウマ植え付けた男ともう一度付き合うとか……。おすすめしない」

「――ですよね……」

 でもねぇ、とおつまみに手を伸ばしながら弟切さんは続ける。

「山崎さんは謝罪されて、当時の下山がちゃんと自分の事を好きだったて分かって、どう思ったの?」

 

 ……どう感じたか――。

 

「デートで見てた全部、演技じゃなかったんだって安心した……と思います」

「安心、か……」 

 おつまみの枝豆をツンツンしながら、弟切さんはさらにうなった。

「なら、過去の清算は出来たって思えた?」


 清算……。

 思えば、あたしは浮気をした理由よりも、あたし自身をちゃんと好きだったのかをずっと知りたかった。

 

「当時の憲彦はちゃんとあたしを好きでいてくれたのか。浮気した理由よりも、あたしはそこに重きを置いていたと思います。もし好きでもないのにデートして、あんなに楽しそうにしてたのなら……全部嘘だったのかって、凄くショックだったと思うんです……。その挙句浮気されていたのなら、きっと次の恋が出来るとは思えなかったです……」

「そう……。下山と話したあと、恋がしたいと思えたのね?」

「はい……。自分でも意外でしたけど、そう思いました」

「そうか……。なら、過去の清算は出来たと言えそうね。ちゃんと前を向いて歩こうとしてるもの。でも、問題は次の恋に立候補したのが下山ってこと」

「…………はい」

「高校で盛大に振られたあとも山崎さんを好きだったっていうのは、一途だ思うわよ?ちゃんと反省も後悔もしてる。でもねぇ……」

 ビールを一口ぐいっと飲んだあと、

「同じことしないか、不安じゃない?」

 ズバリそう言われた。

「不安です」

 あたしもはっきりと答えた。

「まずは様子見かしらねぇ……」

「様子見……というと?」

「普通に会話する隣人の関係になるの。まずはそこからよ」

「話……ですか――」

「お試しに付き合うとかムリでしょ?過去に浮気した男と付き合うとか、普通なら誰でも止めるわよ」

「ですよね……」

「でも下山の誠実さがあることを信じるなら、様子見が一番ね。

 会話するにも2人きりの場所はダメよ?ゴミ出しとか出かける前にまたまた会った時とか、そう言うタイミングを狙いなさい。もし2人で話したいって言われても、人目がある所で話すのよ?

 直接会うのが厳しいならLINEって手段もあるけど、連絡先を知られたくないなら会うのが一番いいわね。ちょうどお隣さんなわけだし」

 

 あたしは考えた。たまたま会うタイミングなら、少しの時間の会話で済む。そっちのほうが気が楽だった。

 

「まずはばったり出会った時、声をかけるようにします」

 決断したあたしをみて「ならそうしなさい。無理はせずにね」と言ってくれた。

 弟切さんと話していると、心の整理がつけやすい。

 アドバイザーとしてこれ以上ない人だった。 

「でもねぇ、もしあたしがその下山の母か姉なら、説教して殴ってるわね」

 手をボクサーみたいにシュシュっと動かしたのがおかしくて、思わず笑った。

 こうして話してみると、けっこう気さくで話しやすい人だ。

 弟切さんは、

「まずは隣人として付き合っていく。そのうち、今みたいに下山の前で自然に笑えるようになれば前進かもね。そこを基準にしてみたら?」

 姉のような目で微笑んだ。

  

 確かに……

  

「そうですね……。ありがとうございます、弟切さん。相談して良かったです」

「どういたしまして。困ったらいつでも言いなさい。首を突っ込んだ者として、最後まで見届けるからさ」



 それから大分気持ちが軽くなり、あたしは日常に戻った。

 仕事も以前のような凡ミスはなくなり、上司から褒められることもあった。

 何より変わったのは、恋愛映画やドラマが見れるようになった事だ。避けていたジャンルだったから、面白い物が沢山で週末にまとめて観るのがブームになった。


 

 憲彦とは時々マンション内で遭遇した。

 ただのお隣さんだと思えば、考えていたよりも緊張せず会話することが出来た。

 最初は「おはよ」や「おつかれ」の挨拶から始まり、だんだんと「カン・ビンのゴミ出しっていつだっけ?」という日常的な内容になった。

 

 短い会話が重なるとあたしから話かけることも増えたが、憲彦の方がお喋りで会話が多くて長い。

 この日も、出勤するため部屋を出た所で憲彦が顔を出し、

「おはよ」

 から始まった。

 

「依織は今日、休み?」

「仕事」

「俺はやっと休み。大分仕事が落ち着いたから。住宅ローンの減税が終わるから、駆け込みが多かったんだよ……」

 なんかニュースでそんな事いってた気がする……

 住宅購入など自分とは無縁の話だから、なんの関心もなかったけど。

 そっか。建築家にとっては多忙になるのか。

「文字どおり謀殺だったな……。少しまとまった休暇とれたら、家の片付けとか溜まった洗濯とかするつもり」

「主夫だね」

「一人暮らしだからな」

「地元には帰ってるの?」

「正月と盆くらい。たまに友達とも連絡とるけど、いけせん距離があるからな。会うことはない」

「そう……」

「困ったことあれば言えよ。4日は休みだから家にいる」

「困ったこなんて特にないけど」

「なんでもいいよ。瓶の蓋開かないとか、電球交換してとか、Gが出たとか」

「……Gは呼ぶかも」

 出たことないけど。


 そんな何でもない会話をした次の日。連休開始前の金曜だった。

 由美と匠海さんがうちへ遊びに来た。

 お酒とおつまみをテーブルに並べ、三人で楽しく飲んだ。

「エレベーターに閉じ込められるとか、怖かったでしょ?」

「初めてだったから驚きました。急に止まるんですね、エレベーター」

「すぐに救助は来たの?」

「うーん。時間計ってないけど、30分くらいかな?」

「長いのか短いのか……。体感としては長そうだけどね。エレベーターって落ちたりしないんだ。映画となら、ドーンって落ちるシーンあるよね?」

「あれって相当古いエレベーターらしいよ。それに新しいエレベーターは停電しても、一番近くの階に移動する装置がついてるんだって。だから閉じこめが起きない作りになってるらしいよ」

「へぇ」

 2人して驚いていた。

「依織、よくそんな事知ってるね」

「エレベーターに一緒に乗ってた人が教えくれた。建築家なんだって」

「そういう時、詳しい人がいると安心するよな」

「うん。慌てなくて済むよね」

 

 雑談しつつ映画見て、昼から夜までずっとおしゃべりしてた。

 大学時代でもこんなに誰かと一緒にいたことはない。あたしの心は大分解放されたらしい。


「楽しかったわぁ!依織、また宅飲みしようねっ!」

「由美、次も飲み過ぎるなよ?誰のために毎回宅飲みになってるか、分かってるのか?」

「分かってるよ!」

 あたしがクスクス笑いながら二人を見ていると、

「最近、依織はいい顔するよね」

 由美が嬉しそうに言う。

 自覚がなかったあたしは「そう?」と首を傾げた。

「そうだよ。仕事中もそうだけど、表情が明るくなったというか、話しかけやすくなったというか……。どっちにしろ、いい雰囲気だよ」

「……ありがと」


 2人が帰った部屋で1人、あたしはあったかい気持ちになった。


 そっか。見た目にも変わったのが分かるんだ……。

 良かった……。



 前を向いて歩き出せた。

 あたしはやっとそう思えた。

  

 

読んでいただきありがとうございます!とても励みになっています。

誤字・脱字報告もありがとうございます。助かっております。

感想、レビュー、ブクマ、評価、待ってます!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ