大学から就職
大学に入って以降の恋愛で、特に話せることはない。
誰とも付き合わなかったし、一定の距離を取って男子とは接し続けた。
そんなあたしの雰囲気を悟って、合コンに誘われることはあってもそれ以上の付き合いを求められることはなかった。
「依織はなんで彼氏作らないの?」
友達からはたまに尋ねられたが、誰にも話したことはない。
いつも「男性恐怖症だから」で通していた。
実際そのようなものだったし、恋人が欲しいとも思わなかった。
また裏切られるかもしれない。
突然終わるかもしれない。
その気持ちが消えなかった。
時間があいてしまえば、憲彦の事は青春の楽しい思い出だった。ただ楽しすぎて、あれ以上の男性との思い出はできないとも分かっていた。
大学はひたすら勉学に打ち込んだ。その成果あってか、就職は難なく決まった。大学がある場所とはまた違う県で、地元からも離れている都会。
あたしはまた別の街へ引っ越した。
就職先では先輩に恵まれた。
直接指導してくれたのは弟切先輩で、いかにもキャリアウーマンというキビキビした女性だった。
指導は厳しいけど、言っていることはすべて的を射ていて、ためになることばかりだった。
「よく弟切先輩についていけるよね」
同期で同じ部署の正田由美からはいつもそう言われた。
「あたしなら無理だわぁ」
昼休憩の時の会話だ。
「でも効率よく仕事できるよ?」
「効率も大事だけど、精神安定のほうが必要じゃない?」
「村中さんは厳しいの?」
村中さんは由美の指導係だ。
「うーん。たまに、かな。弟切さん程じゃない」
かなり弟切さんを警戒してるな。
「今度の新歓は行く?」
「行かなきゃダメだよねぇ……。本当を言えば、ああいう場は苦手でなんだけど……」
入社して数ヶ月。繁忙期が終わったので、遅い新歓が来週行われる予定だった。
あたしは極力、飲みの場には行かないようにしていた。羽目を外すばではプライベートの話も出やすく、恋愛ごとに関しても聞かれやすいからだ。
「依織はお酒苦手?」
「そういうんじゃないけど……」
「二次会はパス?」
「……出来れば」
「あたしと2人で飲むのは?」
「それは行きたい」
新卒が少ないこの会社での貴重な同性の同期だ。仲良くしたい。
「やったぁ!なら2人で新歓前に行こう!今日は?」
「ええっ?」
「いいじゃん!ちっとは愚痴を聞いてよぉ!」
由美の泣きに押し切られ、この日は飲みに行く事になった。
「それでさぁ!そのミスは結局あたしのせいになったんだよ?!酷くない?」
由美は酒に弱かった。カクテルなのに一杯目でこれだ。
「由美、お酒めちゃくちゃ弱いじゃん……」
「いいのぉ!楽しくて美味しければ!」
それは確かに。
「依織は全然酔わないねぇ」
「あたし強いから」
何杯飲んでも酔ったことない。顔が少し赤らむ程度だ。
時計を見るともう22時だった。
いくら明日が休みとはいえ、こんなに酔った由美を抱えて帰るとなると骨が折れる。
「そろそろ帰ろう。歩けなくなったらタクシーにも乗せられないじゃん」
「ええー?もう帰るのぉ?」
「なら由美の部屋で飲もうよ」
そう言えば帰ってくれるだろう。もう飲むのは無理そうだけど。
「おっ!いいこというねぇ、依織!なら行こう!」
テンション高い由美を肩に担いで会計を済ませ、タクシーを拾う。
金曜日の夜はなかなかタクシーが捕まらない。20分程かけてようやく1台が止まり、乗り込んだ。
タクシー待ちの間に聞き出した由美のマンションを伝え、出発する。隣ではグーグーと由美が寝ている。寝入ってしまう前に住所を聞き出しておいて良かった。
タクシーが到着すると、エレベーターに乗り込み3階にたどり着く。足取りがおぼつかない由美を何とか連れ、ふらふらしながら部屋の前に立つ。
「由美、鍵は?」
「う〜ん……?」
「おーい!」
仕方なく鞄を漁っていると、ガチャと音がして中から男性が顔を出した。
「由美!また飲んだのか?」
彼は由美を担いでいるあたしを見ると、
「すいません!重いでしょ?」
と代わりに由美を抱えてくれる。
「俺、彼氏の匠海です。ご迷惑おかけしました」
ペコリと頭を下げられ、あたしも下げ返す。
「由美には説教しておくんで。すいません、……えーと、お名前は?」
「職場の同期の山崎です」
「山崎さん、ありがとうございました」
そう言うともう一度丁寧にお辞儀をして、彼は中に入っていった。
バタン、とドアが閉まると静寂が訪れる。
…………彼氏かぁ
正直、羨ましいとは思う。
でもやはり欲しいとは思わない。
あたしに巣食ったトラウマは、相当深くかった。
一人夜の道を歩き自宅マンションに帰ると、お風呂に入りながら考えた。
あたしはきっと、このまま独身で処女なんだろうな。
それが悪いと思わかったが、寂しいとは感じた。
翌日の土曜日。
朝から部屋の片付けや買い出しの準備のため冷蔵庫を漁っていると、ドアがノックされた。
インターホンが鳴らず直接ドアを叩かられるなんて、滅多にない。
なんだろうと思いチェーンをしたままドアを開けると、
「隣に引っ越してきた者です。挨拶に来ました」
と、箱を持った男性が立っていた。
入居の挨拶か。このご時世に律儀だな。
そう思ってチェーンロックを外してドアを開けると、
「休日の朝からすいません」
と頭を下げられる。
その顔を見るなりあたしは固まった。
憲彦だった。
向こうも一目であたしも気が付き、笑顔がピキッと固まった。
お互い息も忘れ、一時停止のように動かなかった。
どれだけそうしていたか分からない。
あたし達のフリーズを解除したのは、選挙カーの大声だった。
『伊東をよろしくお願いします!』
それにハッと我に返り、あたしは慌ててドアを閉めようとした。
しかし憲彦はダン!と音がするほどの勢いでドアを抑え、
「依織!待って!」
と叫んだ。
記憶に残っているよりも低い声。
ああ、大人になったんだな。
「調べて追いかけてきたとかじゃないから!本当に知らなかったんだ!」
そんな事は分かっていた。
家族には絶対、誰にも住所は教えないように伝えてある。それを破る家族じゃないから、本当に偶然なのだと思った。
「……心配しないで。そんなこと思ってないから」
あたしは顔を見る事もなく言葉だけ返した。
直視なんてできるわけない。
「驚かせてごめん……。これ、挨拶のお菓子。受け取ってよ」
視界の隅で箱がチラッと見えたが、
「いらない」
それだけ言って部屋に入った。
もうドアを掴まれることはなくて、バタンと閉じるとあたしはズルズルと脱力した。
―――なんで。
せっかくいい思い出になったところだったのに……
「あたしの前に現れるの……」
読んでいただきありがとうございます!とても励みになっています。
誤字・脱字報告もありがとうございます。助かっております。
感想、レビュー、ブクマ、評価、待ってます!!




