やっぱり好き
泣いてる時間はそんなに長くなかったと思う。
しかし残された男性陣を困惑させるには十分で、2人ともじっとあたしの気持ちが落ち着くのを待ってくれていた。
涙が止まったあたしは赤い目で2人の前に戻り、
「困らせてごめん……。もう平気」
と詫びた。
「落ち着いたなら良かった」
「……食欲ある?」
存分に泣いたあたしはスッキリしていて、酷く空腹も感じた。
人間ってどんな時でも現金だ。
「うん……。たくさん泣いたらお腹空いた」
「さ、気を取り直してお弁当食べよ」
明るく由美が言う。
憲彦は物言いたげな顔をしていたが、尋ねるのは今じゃないと思ったのだろう。
何も言わず箸を取った。
会話しつつ昼食をしたが、喋っているのは由美と匠海さんばかりだった。
あたしと憲彦はたまに言葉を交わしたが、たどたどしくすぐに途切れてしまう。
そんな空気だったから、早々に解散となった。
最寄り駅で由美と匠海さんと別れる。
「またゆっくり話そうね」
由美はそう言うと体を寄せ、小声になるとあたしだけに聞こえるように囁いた。
「憲彦さんとも話をしな。きっと動揺してるだろうから」
ね?と目を見つめられる。あたしは頷いて、
「ありがと。そうする」
と笑った。
手を振って2人を見送る。
今日は随分と気を使わせて困らせてしまった。今度お詫びをしよう。
憲彦と2人きりになると、
「帰ろうか」
マンションに向かって歩き出した。
でもあたしはまっすぐに帰路につくか悩んだ。
憲彦に説明しないと。何故あたしが泣いたのか。
きっと色々と想像して困惑しているだろう。
「憲彦……ちょっと寄り道していい?」
マンションからほど近くにある、小さな公園に誘う。本当に小さな公園で、ベンチが一つ、ブランコと滑り台があるだけの場所だ。
真夏の暑い中では誰もいない。
ベンチに腰掛けると、憲彦は少し距離をとって隣に座った。
ずっと黙り込み、喋っていない。
「さっきはごめん。急に泣いて驚いたでしょ?」
「……うん」
どう説明しようか悩んだ。
さっき感じた感情は複雑で、簡単にはまとめられない。簡潔に言おうかと考えたが、ありのままを伝えたほうがいい気がして、
「長くなるし分かりにくいかもしれないけど、そのままを言うね?」
前置きした。
「お弁当の卵焼き、食べてくれたでしょ?憲彦、小さく笑って嬉しそうに食べてくれた。一番美味いって言っくれて、嬉しかったの。由美と匠海さんも目の前にいたから喜ぶのが恥ずかしくて……。こんなに喜んでくれるなら、ちゃんと2人きりの時に作ればよかったって思った。……素直じゃなくてごめん」
「そんなことないよ……。照れてる依織、可愛かった……」
「憲彦、あたしの顔見て笑ってたでしょ?凄く優しく微笑んであたしを見てた。思わず見惚れちゃった」
その言葉に驚いて、憲彦があたしを見た。
あたしは構わず続ける。
「昔と違う笑い方だった。大人だから当然なんだけど、大口開けてガハハとは笑ってない。でも目だけは変わってなかった。高校の時と変わらない目……。
あたし、憲彦の笑顔が好きだったの。2人きりの時に見せる屈託ない笑顔が好きだった。
それを思い出したら、付き合ってた時の楽しかった思い出が沢山蘇ってきて―――。
一緒に宿題をした事とか、初めて手を繋いだ日の事。遊園地に行ってずぶ濡れになって笑い合った顔も、花火の音を聞きながらキスした思い出も……。
全部温かくて楽しかった最高の記憶なの。鮮明に思い出したら凄く懐かしくなって、泣いちゃった」
憲彦はなんて言えばいいのか分からなかったのだろう。ずっとあたしを見つめていた。
「あたしの恋の原点の記憶……。宝物なの。初めて好きになった人の傍で幸せに笑っていた、人生で最高の記憶。
――あたしはずっと、あの頃に戻りたかったんだって思った。もう二度と恋をしないあたしには、訪れない気持ちだと思っていた。
でもね………同じモノが、今のあたしの中に確かにあるの。それが凄く嬉しくて……愛おしいと思った」
あたしは初めて自分から憲彦の手を取った。
高校の時でさえしたことがなかったが、今なら何の躊躇もなく出来る。
「あたし、やっぱり憲彦が好き。今も昔も憲彦がずっと好きなんだって分かった」
憲彦は目を見開いて数秒止まった。
ゆっくり息を吸うと、
「……本当に?」
と隠しきれない嬉しさが声に漏れた。
「俺でいいの?」
「憲彦がいいの」
あたしは自分よりずっと大きい憲彦の手を握った。とても手に収まらなくて、もどかしくなる。本当は両手で包み込んでしまいたかった。
「今は普通に手を繋いでデートできたらって思う。それ以上は………まだ時間が必要だけど、頑張ってみようと思えるの」
憲彦はやっと感情が追いついたのか、笑った。目が潤んでいる。
「俺なんかを必要としてくれてありがとう……」
震えた声だった。
「依織は……応えてくれないんじゃないかって思ってた。俺が昔バカをやったから……。隣に住んでてお裾分けし合ってる、仲のいい隣人でもいいと思ってた……。無理に恋人にならなくても、それだけで幸せだって――。
でも、やっぱりやせ我慢だったな……。今、凄く嬉しい……。泣きそう…………」
「少し泣いてんじゃん」
笑って言うと、憲彦も笑った。
「依織が笑ってる……。昔みたいに……。夢みたいだ――」
憲彦は強くあたしの手を握り返した。
「今だけ……抱きしめてもいい?」
憲彦は約束を破らない。
触れる時はちゃんと尋ねてくれる。
「うん……」
返事をするや否や、掻き抱くようにあたしを引き寄せた。
憲彦の胸の中にすっぽりと収まると、ぎゅっと力を入れて「ありがと……」耳元で声がする。
「凄く……凄く嬉しいよ。依織、好きだよ……。昔も今も、依織が好き……」
「うん……」
「昔の俺は本当にバカでガキだった。あの時の依織は何も悪くなかったのに、傷つけて泣かせて……。俺はありのままの依織をそのまま受けとめて、素直に気持ちを言葉にしてれば良かったのに……出来なかった。浮かれて調子に乗って、泣かせた。本当にごめん――」
「うん……」
「もうあんな事しない。絶対に泣かせない。大切にする」
「……うん」
「だから―――俺と付き合ってくれる?」
「うん」
―――幸せだ。
あたしは昔と同じくらいの幸福感に包まれた。凄くあったかい。嬉しい………。
強く抱きしめられて苦しかったけど、それで良かった。
この時間を忘れたくない。
この気持ちを手放したくない。
だから、痛みに近いこの力で刻み込んで欲しい――。
そう思って憲彦を抱きしめ返した。




