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恋のトラウマは始まりを告げる  作者: 栢瀬 柚花


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13/14

やっぱり好き


 泣いてる時間はそんなに長くなかったと思う。

 しかし残された男性陣を困惑させるには十分で、2人ともじっとあたしの気持ちが落ち着くのを待ってくれていた。

 

 涙が止まったあたしは赤い目で2人の前に戻り、

「困らせてごめん……。もう平気」

 と詫びた。

「落ち着いたなら良かった」

「……食欲ある?」


 存分に泣いたあたしはスッキリしていて、酷く空腹も感じた。

 人間ってどんな時でも現金だ。

 

「うん……。たくさん泣いたらお腹空いた」


「さ、気を取り直してお弁当食べよ」


 明るく由美が言う。 

 憲彦は物言いたげな顔をしていたが、尋ねるのは今じゃないと思ったのだろう。

 何も言わず箸を取った。


 会話しつつ昼食をしたが、喋っているのは由美と匠海さんばかりだった。

 あたしと憲彦はたまに言葉を交わしたが、たどたどしくすぐに途切れてしまう。


 そんな空気だったから、早々に解散となった。

 最寄り駅で由美と匠海さんと別れる。

 

「またゆっくり話そうね」

 由美はそう言うと体を寄せ、小声になるとあたしだけに聞こえるように囁いた。

「憲彦さんとも話をしな。きっと動揺してるだろうから」

 ね?と目を見つめられる。あたしは頷いて、

「ありがと。そうする」

 と笑った。

 

 手を振って2人を見送る。 

 今日は随分と気を使わせて困らせてしまった。今度お詫びをしよう。 


  

 憲彦と2人きりになると、

「帰ろうか」

 マンションに向かって歩き出した。

 でもあたしはまっすぐに帰路につくか悩んだ。

 憲彦に説明しないと。何故あたしが泣いたのか。

 きっと色々と想像して困惑しているだろう。


「憲彦……ちょっと寄り道していい?」


 マンションからほど近くにある、小さな公園に誘う。本当に小さな公園で、ベンチが一つ、ブランコと滑り台があるだけの場所だ。

 真夏の暑い中では誰もいない。

 

 ベンチに腰掛けると、憲彦は少し距離をとって隣に座った。

 ずっと黙り込み、喋っていない。

「さっきはごめん。急に泣いて驚いたでしょ?」

「……うん」

 

 どう説明しようか悩んだ。 

 さっき感じた感情は複雑で、簡単にはまとめられない。簡潔に言おうかと考えたが、ありのままを伝えたほうがいい気がして、

「長くなるし分かりにくいかもしれないけど、そのままを言うね?」

 前置きした。


「お弁当の卵焼き、食べてくれたでしょ?憲彦、小さく笑って嬉しそうに食べてくれた。一番美味いって言っくれて、嬉しかったの。由美と匠海さんも目の前にいたから喜ぶのが恥ずかしくて……。こんなに喜んでくれるなら、ちゃんと2人きりの時に作ればよかったって思った。……素直じゃなくてごめん」

 

「そんなことないよ……。照れてる依織、可愛かった……」

 

「憲彦、あたしの顔見て笑ってたでしょ?凄く優しく微笑んであたしを見てた。思わず見惚れちゃった」


 その言葉に驚いて、憲彦があたしを見た。

 あたしは構わず続ける。

 

「昔と違う笑い方だった。大人だから当然なんだけど、大口開けてガハハとは笑ってない。でも目だけは変わってなかった。高校の時と変わらない目……。

 あたし、憲彦の笑顔が好きだったの。2人きりの時に見せる屈託ない笑顔が好きだった。

 それを思い出したら、付き合ってた時の楽しかった思い出が沢山蘇ってきて―――。 

 一緒に宿題をした事とか、初めて手を繋いだ日の事。遊園地に行ってずぶ濡れになって笑い合った顔も、花火の音を聞きながらキスした思い出も……。

 全部温かくて楽しかった最高の記憶なの。鮮明に思い出したら凄く懐かしくなって、泣いちゃった」


 憲彦はなんて言えばいいのか分からなかったのだろう。ずっとあたしを見つめていた。


「あたしの恋の原点の記憶……。宝物なの。初めて好きになった人の傍で幸せに笑っていた、人生で最高の記憶。

 ――あたしはずっと、あの頃に戻りたかったんだって思った。もう二度と恋をしないあたしには、訪れない気持ちだと思っていた。 

 でもね………同じモノが、今のあたしの中に確かにあるの。それが凄く嬉しくて……愛おしいと思った」


 あたしは初めて自分から憲彦の手を取った。

 高校の時でさえしたことがなかったが、今なら何の躊躇もなく出来る。


「あたし、やっぱり憲彦が好き。今も昔も憲彦がずっと好きなんだって分かった」


 憲彦は目を見開いて数秒止まった。

 ゆっくり息を吸うと、

「……本当に?」

 と隠しきれない嬉しさが声に漏れた。

 

「俺でいいの?」

「憲彦がいいの」


 あたしは自分よりずっと大きい憲彦の手を握った。とても手に収まらなくて、もどかしくなる。本当は両手で包み込んでしまいたかった。


「今は普通に手を繋いでデートできたらって思う。それ以上は………まだ時間が必要だけど、頑張ってみようと思えるの」


 憲彦はやっと感情が追いついたのか、笑った。目が潤んでいる。

 

「俺なんかを必要としてくれてありがとう……」 

 震えた声だった。

 

「依織は……応えてくれないんじゃないかって思ってた。俺が昔バカをやったから……。隣に住んでてお裾分けし合ってる、仲のいい隣人でもいいと思ってた……。無理に恋人にならなくても、それだけで幸せだって――。

 でも、やっぱりやせ我慢だったな……。今、凄く嬉しい……。泣きそう…………」

 

「少し泣いてんじゃん」

 笑って言うと、憲彦も笑った。

 

「依織が笑ってる……。昔みたいに……。夢みたいだ――」

 憲彦は強くあたしの手を握り返した。

 

「今だけ……抱きしめてもいい?」


 憲彦は約束を破らない。

 触れる時はちゃんと尋ねてくれる。


「うん……」

 返事をするや否や、掻き抱くようにあたしを引き寄せた。

 憲彦の胸の中にすっぽりと収まると、ぎゅっと力を入れて「ありがと……」耳元で声がする。


「凄く……凄く嬉しいよ。依織、好きだよ……。昔も今も、依織が好き……」

「うん……」

「昔の俺は本当にバカでガキだった。あの時の依織は何も悪くなかったのに、傷つけて泣かせて……。俺はありのままの依織をそのまま受けとめて、素直に気持ちを言葉にしてれば良かったのに……出来なかった。浮かれて調子に乗って、泣かせた。本当にごめん――」

「うん……」

「もうあんな事しない。絶対に泣かせない。大切にする」

「……うん」

「だから―――俺と付き合ってくれる?」

「うん」


 ―――幸せだ。

 あたしは昔と同じくらいの幸福感に包まれた。凄くあったかい。嬉しい………。


 強く抱きしめられて苦しかったけど、それで良かった。

 この時間を忘れたくない。

 この気持ちを手放したくない。

 だから、痛みに近いこの力で刻み込んで欲しい――。


 そう思って憲彦を抱きしめ返した。

 

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