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恋のトラウマは始まりを告げる  作者: 栢瀬 柚花


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1/8

高校時代

ムーンライトノベルで、同タイトルにてR18バージョンを公開しています。


 あたし山崎依織には恋愛のトラウマがある。

 

 25才になった今でも、良い思い出ばかりの完璧な恋だった。

 良い思い出が多いのにトラウマになったのは、終わり方が最悪だったからだ。



 

 

 話は高校時代に遡る。

 2年の時、同級生の下山憲彦に告白した。初めての恋で、初めての告白だった。

 

 憲彦とは1年の時同じクラスで、爽やかに笑う所とかさりげなく手を貸して重い物を持ってくれる気配りな所が、ずっと好きだった。そんな性格だから密かな人気で、先輩からも目をつけられていたらしい。

 でも皆が狙っていたせいか、女子同士の様子伺いが続いて1年間彼女はできず、ずっとフリーだった。

 

 2年では別クラスになったけど、修学旅行にいく前に告白しようと決めて決行に至った。友達から散々背中を押され、夏休み前に告白した。

 

「俺、告白されたの初めて……」

 憲彦はそう言って照れた。

「ありがとう。山崎さんがいいなら、付き合おう」

 思った以上にアッサリとオッケーを貰い拍子抜けしたが、あたしは大いにはしゃいで舞い上がり、嬉しくて跳ねたのを覚えている。


 

 それから終業式までの短い期間、一緒に登下校した。

 駅で待ち合わせて、歩いて登校。放課後はたまに喫茶店寄ったり買物したりして帰り、週末には映画や遊園地に行った。

 

 夏休みに入るとLINEのやりとりを毎日して、おはようからおやすみまで、事あるごとに報告して近況を送り合った。近況と言っても宿題の進捗具合や夏休みの予定など、本当に他愛のないことばかりだった。

 時には家や図書館で宿題を一緒にした。勉強は好きじゃなかったけど、憲彦が頑張っている姿を見たらあたしもやる気が出てはかどった。

 水着を新しく買ってプールにも行った。クロールで競争したり長いウォータースライダーを狂ったようにリピート滑りして、監視員から呆れられた。

 

 遊園地のびしょ濡れパレードに参加して大はしゃぎしたのは、本当に楽しかった。

「依織、ビチャビチャじゃん!」

「憲彦が最前列に行こうって言うから!」

「だってあんなに水かけられるとは思わないじゃん!」

「もう〜!せっかく髪もセットしてきたのにぃ。服も新調したのにぃ!」

「いいじゃん。服はすぐに乾くって!」

 憲彦の言ったとおり、真夏の日差しので30分もすれば服は乾いた。アイスを食べて日よけのキャラクターのフードタオルを買って、一緒に被った。

「それ似合ってる!」

「そう?アヒルにすれば良かったかな?」

「憲彦はアヒルって言うよりカバが良かったんじゃない?」

「なんで?」

「大口開けてご飯食べるから」

「確かに!」 

 そんなバカみたいな会話でゲラゲラ笑って、でもそれが楽しくて。

 

 憲彦と一緒なら何をしても、どこに行っても楽しかった。


 

 花火大会は浴衣と甚平を着て、初めてキスもした。花火なんて音しか聞いてなかったけど、それでも良い思い出。


「依織っていっつも弁当作ってくるよな」

 デートの時、場所が許せばよくオニギリやサンドイッチなど簡単な物を作っていた。

「料理好きなんだ。共働きだから弟のご飯作ってたら、いつの間にか好きになってた」

「へー。俺、依織の卵焼き好き。甘いのと出汁がきいたやつ、両方作るけど、甘い方がいいな」

「次からはそっちにする」

「あと、前食べたカレー!あれ美味かった」

「ルーを3種類入れるから。正直、安いルーを適当に買って適当に配合して、野菜もランダムだから同じ味にはならないよ」

「えー?でもまた食べたい」

「ふふっ。分かった」


 

 夏休みはあっという間に過ぎて、新学期になるとまた登下校を一緒にした。

 しかし9月半ばになると憲彦の部活が忙しくなり、一緒の下校が難しくなった。

「朝しか一緒に歩けない……」

 登校の時、シュンとして憲彦が言う。

「仕方ないじゃん」

「たまには依織の弁当食べたい……」

 週末は部活のためデートできず、お弁当もずっとお預けになっていた。

「家からお弁当、持ってきてるじゃん」

「成長期をなめるな。あれじゃ足りない」

「えー?仕方ないなぁ。じゃあ明日作ってあげるね」

「やった!」

 小脇で小さくガッツポーズをして笑う姿が可愛かった。


 それが最後の楽しい会話だった。



 

 翌日の行間休み。

 お弁当を持って憲彦を探していると、裏庭で友達数人とダヘっているのを見つけた。

 流石に複数の友人達の前で手渡すのは恥ずかしくて、引き返そうかオドオドしていると、

「憲彦って彼女とどうなの?」

 と声が聞こえてきた。

 立ち聞きはどうかと思ったが、憲彦の返事が気になって耳をそばだててしまった。

「どうって?」

「もうヤったの?」

 下品にゲラゲラ言う友人達の声に、あたしは不快感を持った。

 

 あたしだってそういう事に興味ないわけじゃない。でもそういうのは本人同士に任せるべきだ。

「憲彦、ずっと早くヤりたいって言ってたもんな」

 

 え?

 

「1年の時からな。彼女作ったら即効で許可もらう、とか言ってたじゃん」

 

 なに、それ?

 

「お前って顔に似合わず肉食だよな」

「いいだろ、別に」

 憲彦の声だ。

「で?彼女とはヤったの?」

「いや」

「なんだよ。他にも女がいるとか?」

「うーん、大学生のお姉さんが一人……。その前は一個上の先輩が二人でぇ、その前は―」

 

 うそ……。

 

「うわー!サイテーだ」

「彼女、いっつも嬉しそうに教室に来てるじゃん。当然知らないんだろ?」

「まぁね。お姉さんは直ぐに触らせてくれるから。そこが依織と違うかな」

「うわー。羨ましい!」

「お姉さんは柔らかいんだよなぁ。触ってて気持ちイイの」

「どうやって知り合うんだよ、そんないいオネエサンと」

「喫茶店とかコンビニとか……」

「顔がいいとお得だよなぁ」

 そこで予鈴が鳴った。

「そう言えば、今日の昼休みどうする?憲彦はまた彼女と食べるの?」

「たぶん。今日は弁当作ってきてくれる予定なんだ」

「うわー。浮気してる挙句、弁当まで作らせてるとか、最低だな!」

「褒めたら喜んこんじゃってさ……。味濃いめだし、レパートリー多いけど、内容がカブってるんだよな」

 

 ……それは憲彦の好きなモノを詰めてるからだよ。

 

「あと卵焼き。あれが一番マズイんだよなぁ」

 そこで、もう涙がこぼれて前が見えなかった。


 あたしは過呼吸になって、足が震えていた。逃げ出したかったけど動けなくて、教室に向かう憲彦達と見事に鉢合わせした。

 

 全員があたしを見て、凍りついたように動きを止めたのが分かった。

 とりわけ憲彦が一番青い顔をしていた。


 あんたがその顔をするの?


 全員が憲彦を見ていた。

 何か言え、と言う視線と、どうするんだコイツという視線が混ざっていた。

 

「依織……。その…………今の……聞いて…た?」

 震える憲彦の声は細く消えてしまいそうだった。

 

「――今ままでの全部嘘なの?」


 美味しかったも、楽しかったも、嬉しかったも――

 全部嘘で偽物の憲彦なの?

 

 あたしは浮気されていた怒りよりも、今までのデートの憲彦は全部嘘だったのかと、それが一番悲しかった。 

 

「嘘じゃないよ……」

 悔しそうに歪んだ憲彦の顔は、今でもはっきり覚えてる。


 あたしはその言葉を信じられなかった。

 信じられるわけがない。


 あたしは地面に弁当を投げつけた。

「さよなら……」


 どうやって教室に帰って帰宅したのか、未だに覚えていない。

 

 あの日はひたすらに泣いて泣いて、泣き明かしたことだけは覚えてる。人生であれ以上泣いたことはないし、それからも無いだろう。


 

 すぐに憲彦との連絡先はすべてブロックした。

 それでも毎朝憲彦は駅で待っていたし、放課後も教室前で待っていた。

「依織、頼むから話を聞いてくれよ」

 何度もそう言われた。

 でもあたしは徹底的に無視した。まるで見えていない人のごとく扱った。

 視界に入ってほしくなかった。


 年末まで憲彦の待ち伏せは続いたけど、年が明けて3学期が始まる頃にはなくなった。

 でも時々、思い出したように駅にいた。お互いの家も知ってたから、家の近くにいることもあった。

 あたしは電車通学をやめてチャリ通にし、毎回道を変えて登下校した。


 3年になるとクラス替えがあり、憲彦とは一番遠い教室になった。受験で忙しくなったこともあり、だんだんと憲彦との距離があいた。

 それでも憲彦は時々姿を見せた。

 一緒に行った喫茶店、待ち合わせした公園、よく話をしたベンチにコンビニ。

 いつも一人で、誰かを待っているみたいに。

 でも誰を待っていようがどうでもいい。あたしには関係ない。


 

 そう思っても、この街には憲彦との思い出が多すぎた。どこに行っても思い出す楽しかった頃の記憶が辛すぎて、ずっと気持ちは晴れなかった。忘れさせてくれなかった。

 

 だから大学は県外にした。

 本当に親しい友人にしか進路先は教えず、一人暮らしの家の住所は家族にしか知らせなかった。


 これで、やっと憲彦とも楽しかった思い出ともお別れできた。

 

読んでいただきありがとうございます!とても励みになっています。

誤字・脱字報告もありがとうございます。助かっております。

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