第9話 夜会事件
アウレリウス王女殿下の御生誕日。
それを祝う夜会が、
王立魔術師範学院の大広間で開かれている。
名目は、学生の親睦。実態は、社交の訓練であり、
王侯貴族たちの、未来の関係性を測る場でもある。
だから学生の参加は、実質的には義務だった。
ティアにとっては、公式な社交界の本格的なデビューとなる。
当然、緊張し、戸惑っていた。
レインが嬉々として用意したドレスは上品で、過不足がない。
だが、それでも——目立った。
銀髪。青い瞳。そして、隠しようのない存在感。
王の風格は、確実に育っていた。
ティアが呼吸するたびに、彼女の周囲に光の粉が舞う。
それを見ているだけで、奇跡を前にしたかのようだ。
音楽が流れ始めると同時に、
ティアの周囲に、自然と人が集まる。
「一曲、いかがですか?」
「ぜひ、お手合わせを」
誘いは、次から次へと来る。
断る理由を、ティアは持たない。
夜会とは、そういう場なのだと聞いていた。
だから、頷いた。
一曲。また一曲。
踊りは得意ではないと、ティア自身は思っている。
しかし彼女の所作は極端に整っており、身体能力も高い。
「す、すみません。私、踊りが得意ではなくて……」
「こういうのも、全然、慣れてなくて……」
今の彼女は、相手を立てることを決して忘れない。
自分勝手な踊りではなく、相手が魅力的に見えるよう配慮する。
「何をおっしゃいますか、ティア様。本当に素敵です」
「素晴らしいお手前です、ティアお嬢様」
ティアは、この夜会の空気を完全に支配してしまった。
相手を立てることは、覚えた。しかし彼女はまだ十三歳だ。
目立たないよう振る舞うことは、まだできなかった。
視線の色が、変わっていく。
最初は、感嘆。次に、羨望。やがて、苛立ち。
「……やりすぎじゃない?」
「主役は、ティア様じゃないでしょ?」
囁きが、広間の隅で生まれる。
そして——決定的な出来事が起きる。
「姫君。今一度、私と踊っていただけますか?」
声をかけてきたのは、
アウレリウス王女殿下の婚約者だった。
礼儀正しく、穏やかな笑み。
目の奥に、尋常でない覚悟が見てとれる。
ティアは鬼気迫るその態度に、困惑した。
そこに、シオン=アカリが割って入る。
「いけません、ティア様」
「一夜に二度」
「同じ殿方のお誘いを受けてはなりません」
場が騒然となる。
アウレリウス王女殿下が、急にその場を後にした。
一夜に二度、同じ女性に踊りを申し込むこと。
それは、アウレリウス王国において、求婚を意味する。
誤魔化すように、軽やかな音楽が流れる。その中を、
シオンに手を引かれ、ティアが、ざわつく大広間を後にする。
翌日。
アウレリウス王女殿下の婚約破棄が伝えられた。
そして学院の空気は、露骨に変わった。
机が、動かされる。配布物が、回ってこない。
ティアの些細な失敗が、大事のように扱われる。
「自覚がないのが、一番たちが悪いよね」
「王女殿下のお立場が、分かってない」
言葉は、正義の形をしている。
反論できない。ティアは、困惑していた。
どこで、間違えたのか。
それでも唯一、変わらなかった存在がいた。
シオンだった。
黒髪の少女は、いつも通りティアの隣に座り、
いつも通り、静かに話を聞く。
「お嬢様……大丈夫ですか?」
小さな声。
ティアは、少しだけ考えてから答えた。
「分からない。でも……」
シオンは、それ以上、聞かなかった。
慰めもしない。評価もしない。
ただ、離れなかった。
放課後、廊下を二人で歩く。やや後ろに、従者がいる。
視線は、冷たい。声は、届かないところでひそひそと動く。
ティアは、魔王国の学院でのことを思い出す。
理由が違うだけで、構図は全く同じだった。
「……ごめんなさい」
唐突に、ティアが言った。
「私のせいで……」
シオンは、足を止めた。
「違います」
即答だった。
「間違っているのは、ティア様ではございません」
短い言葉。だが、揺るがない。
ティアは、胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。
その夜、ティアは眠れなかった。
華やかな音楽。笑顔。そして、翌日の冷たい視線。
善意は簡単に、誰かの罪を作り出し、勝手に罰する。
彼女はそれを、身をもって知っていたはずだ。
魔王国の時と同じ。
だが——今のティアは一人ではない。
それだけで、世界は崩れなかった。
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