第8話 拒絶される恐怖
異質であること。
それに対して、周囲がどう反応するのか。
優秀であることよりも、正しいことよりも、
異質であることは、周囲にずっと強い影響力を持つ。
人は、理解できないものを恐れ、
恐れたものが「悪」である理由を”創造”しようとする。
——なら。
そうしてティアは、その存在に気づいた。
昼休みの中庭。騒がしい輪から少し外れた、日陰の石段。
そこに、長い黒髪の少女が一人座っていた。
黒髪。人間にしては珍しい髪色。
少女の視線は伏せられ、背筋は不自然なほど伸びている。
その少女の脇を通る生徒が、小声で話している。
「黒髪……気持ち悪いよね」
「暗殺者の家系らしいよ」
少女は、孤立しているというより——
最初から、学院の空気に属していないように見えた。
ティアは生まれて初めて、自分から人に声をかけた。
だから、どうにも不自然な挨拶となってしまった。
「は、はじめまして。ティアと呼んでください!」
黒髪の少女は、ギョッとして、下を向き沈黙した。
ティアは、この時、新しい感情を知った。
近づこうとする相手に、拒絶される恐怖。
——ああ。これは私自身が、周囲に与えている恐怖だ。
「あ……お、お茶しませんか?」
少女の表情が、みるみる曇っていく。
ティアは深呼吸をした。そして言い直す。
「私、あなたに興味があります」
「どうか、お時間をいただけないでしょうか?」
少女は、少し考えてから、小声で答えた。
「で、ではテーブルに……」
「お茶は……」
ティアは、満面の笑顔を見せる。
従者レインの口元が、どうしても緩む。
「お茶は、私の従者に準備させます!」
「さ、こちらへ!」
——ああ、こんなにも嬉しいんだ。
中庭のテーブル。多くの生徒たちがお茶会を開いている。
一つだけ空いていたテーブルに、二人が腰掛けた。
周囲から、好奇の目線が集まる。
黒髪の少女が、先に口を開く。
「あ、あの……」
「私なんかと一緒にいたら、ティア王女殿下に……」
「ティア。ティアって呼んで!」
「む、無理です……せめて、ティア様で……」
「私のことは、シオンと……」
シオン=アカリ・ミカゲ。
東方にルーツを持つ下級貴族とのことだった。
そうして、二人は少しずつ、お互いの話をした。
ティアは、シオンが苦手とする勉強を教えるようにもなった。
近づきたい相手に、拒絶される恐怖。
その相手に、受け入れてもらえる喜び。
それからティアは、他の生徒とも仲良くなっていった。
受け入れることを、覚えたから。
ティアは、とても忙しくなった。
王都の商店街にも、みんなと買い物に行けた。
いつもシオンとだけ一緒というわけにはいかない。
ティアとシオンは、徐々に疎遠となっていく。
昼休みの中庭。騒がしい輪から少し外れた、日陰の石段。
そこにまた、黒髪のシオンが一人座っていた。
「シオン! ごめんなさい!」
「最近、一緒に勉強できなくて!」
シオンは、静かに首を振る。
「一人は、慣れてます……大丈夫です」
このとき、ティアの中で、何かが音を立てた。
——とても大切なことを、私は、見落としている。
強さとは、痛みを感じないことなのか。
違う。
痛みを感じないのは、壊れているだけだ。
「シオン……それ、慣れてはいけない気がします」
少女の目が、わずかに揺れる。
「……ティア様に、何が分かるの?」
拒絶ではない。確認だ。
ティアは、正直に答えた。
「分かりません。でも、分かりたい」
沈黙。
しばらくして、黒髪の少女が息を吐いた。
それから二人は、並んで歩き始めた。
「……私、火属性です」
「はい。そう教えていただきました」
シオンは、続ける。
「私……速射が、得意なんです」
ティアは驚いた。
レインの身体も、一瞬、動いた。
魔法の速射は、無詠唱でないと不可能だ。
無詠唱の使い手は、かなり限られている。
「速射……ティア様に……見てもらいたいです」
シオンが、小さく笑った。
痛みから目を逸らさない、強さ。
それは、一人では決して得られない。
シオンは、ティアにとっての初めての”友人”になった。
立場でも、属性でもなく。利用でも、保身でもなく。
ただ、痛みを共有できる存在。
ここに、二人がいた。
お読みいただき、ありがとうございます。




