第6話 優等生
王立アウレリウス魔術師範学院・中等部。
ティア・アル=セリオンの名は、学院中に知られていた。
掲示板に貼り出される成績表。
最上段には、いつも彼女の名前があったから。
筆記試験では失点がほとんどなく、
魔術理論では設問の意図を正確に読み取り、
実技では、最も効率的な術式を組み上げる。
突出している。だが、誇示しない。
年齢にそぐわない成熟が、ティアを目立たせた。
「……また、ティア様ね」
「親父から、求婚しろって言われたよ……」
「え、彼女、もうそこまで有名なの?」
感嘆と、ため息の混じった声が聞こえる。
それはすでに、学院の外にまで広がっていた。
教員たちは、もはや隠さなかった。
質問を投げるとき、自然とティアを見る。
模範解答として、彼女のレポートが回覧される。
ティアに関する情報は、価値が高い。
「今度、お茶会を開くの。よかったら来ない?」
そう声をかけられたのは、ある昼休みだった。
誘ってきたのは、数名の女子生徒。
いずれも成績が良く、家柄も優れていた。
その中には、第二王女の姿もあった。
「ぜひ、お話ししてみたかったの」
王女は、穏やかに微笑む。敵意も、探るような視線もない。
ティアは少し迷ってから、頷いた。
「……勉強の邪魔にならなければ」
その返答に、何人かが小さく笑った。
こうして、ティアには数名の“知り合い”ができた。
お茶会で話すのは、授業のこと、本のこと、進路。
そこには、悪意はなかった。
だが同時に、深く踏み込まれることもなかった。
尊敬。距離。そして、無意識の警戒。
ティアの社交デビューも、そこそこ進んでいた。
そんなティアでも、一つ問題を抱えていた。
光属性に触れる授業が、ほとんどないのだ。
光属性の使い手は、魔族界でも人間界でも、極端に希少だ。
使い手が少なければ、研究も進まない。
研究が進まなければ、文献も残らない。
結果、光属性の教科書と呼べるものは、驚くほど薄い。
結界、回復、浄化、そして最低限の攻撃。
どれも、低級魔法ばかりで、中級以上の魔法が学べない。
放課後、彼女は図書館に通い詰めるようになる。
光属性に関する文献は、棚一列にも満たない。
しかも、その多くは原本が傷んでおり、閲覧制限付きだった。
「持ち出さず、ここでの写本なら……許可は出ますか?」
司書は少し驚いた顔で答えた。
「本当に、全部、書き写すおつもりですか?」
ティアは頷いた。
それからのティアの日課が、決まった。
授業が終わる。軽く食事を取る。図書館に向かう。
光属性に関する文献を一文字ずつ、写す。
ただ写すのではない。術式の構造を理解しながら。
余白に、自分なりの注釈を書き加えながら。
なお、後の世に残る教科書『光属性魔法術式体系』は、
このティアによる『アル=セリオン注』が入っている版か否かで、
市場価値が全く異なる。
ティアの作業は地味で、時間がかかった。
だが、苦ではなかった。むしろ、楽しかった。
既存の術式には、偏りがある。
宗教的な解釈に引きずられすぎているもの。
安全性を理由に、可能性を切り捨てているもの。
「……違う」
光は、もっと柔らかく使える。
回復だけではない。浄化だけでもない。
世界を理解するための光が、あっていいはずだ。
ティアは、独自の研究を始めていた。
まだ実験には至らない。今は、整理と構築の段階だ。
だが、それは確実に、学院の枠を超え始めていた。
その姿は、周囲の目にどう映ったか。
「真面目すぎる」「付き合いにくい」「優等生ぶってる」
囁きは、少しずつ形を持ち始めていた。
お茶会に誘われても、長居はしない。
放課後の誘いは、ほとんど断る。
「……やることがあるので」
それは事実だった。だが、理解されることは少ない。
評価されるために、学んでいるのではない。
友好を得るために、首位に立っているのでもない。
知りたい。理解したい。正しく使いたい。
その純粋さが、
次第に、周囲との距離を広げていくことを、
彼女はまだ、深く考えていなかった。
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