第4話 転校
魔王立アル=セリオン指導者学院・初等部は、
年を追うごとに静かさを失っていった。
ノクティア=ヴェリタス・アル=セリオン。
——ティア。
彼女が「危険な子」から「邪魔な存在」へと変わったのは、
いつからだったのか。
彼女は、優秀すぎた。
剣術では、光属性を武具に纏わせない。
他の生徒はもちろん、教員にも危険すぎる。
それなのにティアは、ただの木剣で教員まで圧倒した。
魔術では、ただ強大な魔力を示すだけ。
彼女の魔力で光属性魔法を使ってしまえば、
おそらく、学院全体が危ない。
ティアは、漏れ出る光属性を制御できるようになっていた。
さらに、どの学問においても、ティアの成績は抜群だった。
闇属性の多い魔王国では「致命的な異質さ」を抱えながら、
彼女は「指導者としての振る舞い」を身につけ始めていた。
それは、脅威だった。
まず始まったのは、無視だった。次に、評価の操作。
提出物が紛失し、記録が書き換えられ、
課題の達成が「未提出」として処理される。
やがて、噂が流れる。
「学院を滅ぼすつもりだ」
「いつか暴走する」
「魔王国に災厄をもたらす」
噂は、誰が流したのか分からない。
だが、誰が得をするのかは明白だった。
ティアには二人の弟と一人の妹がいる。
それぞれに、ティアよりも低い王位継承権が認められている。
彼らは、直接手を下さない。
代わりに、彼らに連なる貴族の子弟が動いていた。
教員たちでさえ、彼らの背後に見え隠れする。
ある日、訓練場で事故が起きた。
結界の防御力が、意図的に下げられていた。
小規模な魔法なら、問題にならない。
ただ、この時は教員による火の上位魔法の実演が予定されていた。
生徒たちは、結界の外で、その実演を見学していた。
「インフェルノ!」
結界の内側で留まるはずの魔法が、結界を破った。
逃げ惑う生徒たち。
そうした中、ティアだけは動かなかった。
光の結界を展開すれば、ティアだけは助かる。
しかしそれは、他の生徒たちにとって危険すぎる。
ティアはそのまま、インフェルノを正面から受けた。
そして魔力ごと、インフェルノを吸収しようとした。
しかし完全には吸収しきれず、ティアは怪我を負った。
それでも彼女は顔色ひとつ変えず、即座に言葉を発した。
「……結界の再確認を!」
幼い声だった。だが、逆らえない命令に感じられた。
そのまま教員たちはティアに従い、場を収拾した。
その場にいた者たちは、気づかされる。
彼女は怯えていない。怒ってもいない。
正しくあろうとしているのだと。
それが、何よりも恐ろしかった。
学院内での空気は、さらに陰湿になる。正面からの攻撃は減った。
代わりに「正しさ」を利用した締め付けが増えた。
規則。前例。安全。
それらを盾にして、ティアの生活だけが極端に制限されていく。
闇属性魔法が使えない者は、出席できない授業が増えた。
光属性に耐性のある者は、図書館の出入りが禁止された。
周囲に危険をもたらす可能性のある者は、食堂も使えなくなった。
それでも彼女は、折れなかった。
笑顔で、従者とともに学院にいた。
そして——魔王は、すべてを見ていた。
魔王は、子どもたちの争いを理解している。
王位とは、争われるものだ。それ自体は、否定すべきことではない。
だが同時に、彼は知っていた。
ティアが本気になれば、彼女の弟や妹など、容易く駆逐できることを。
彼女は、日常的に光属性を封印している。それでも、圧倒的だった。
魔王が注目したのは、力の違いではない。
王たる者の質の違いだった。
このままティアを学院に置けば、いずれ誰かが一線を越える。
そしてその瞬間、魔王国は取り返しのつかない選択を迫られることになる。
だから魔王は、決断した。前例のない決断を。
ティアを、人間の王国へ送る。
行き先は、王立アウレリウス魔術師範学院。
人類最高の魔法教育機関。王国の威信そのもの。
記録に残る限り、魔王国と人間の王国の間で、
このような「転校」が行われた例は存在しない。
人間側にとっても、この提案は悪くない。
魔王の長女。王位継承権第一位の少女。
そんなティアを人間の学園に迎え入れるということは、
実質的な「人質」を手に入れるに等しい。
これを機に、国同士の関係が改善すれば、
王国の周辺諸国との力関係も有利になる。
一方、ティアはまだ、その意味を完全には理解していない。
ただ、命じられた。「学びに行きなさい」と。
その夜、従者が問いかけた。
「……不安ですか? ティアお嬢様」
ティアは、首を振った。
「ううん」
それから、付け足す。
「でも。知らない場所は、少し怖いかな」
従者は頷いた。
「それは、正しい感情です」
ティアは、少し考えて、それから真っ直ぐ前を見た。
「ちゃんと勉強できるなら、行きたい」
幼いながらも、彼女はすでに王の道を歩いていた。
争いを、力で終わらせるのではなく。逃げるのでもなく。
世界を知ることで、超えようとしていた。
こうして魔王の長女ティアは、人間の世界へと足を踏み入れる。
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