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光属性の魔王  作者: 八海クエ
第1章 越境
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第3話 アル=セリオン指導者学院

 魔王国の王都、その中心から少し外れた高台に、

 魔王立アル=セリオン指導者学院はあった。


 魔王国の王族と貴族の子弟のみが通う、特別な学院である。

 剣と魔法、歴史と統治、言葉と沈黙。

 未来の指導者を育てるための場所だと、そう説明されていた。


 ノクティア=ヴェリタス・アル=セリオン——

 まだ「ティア」と呼ばれることの方が多かった頃、

 彼女もそこに通っていた。


 年は、まだ幼い。


 銀髪は短く切り揃えられ、耳は小さく尖り、

 白い肌はダークエルフとしては異質なほど目立った。


 そして何より、近寄れなかった。


 教室に入ると、空気が変わる。

 ざわめきが止まり、誰かが息を呑み、椅子を引く音が遠ざかる。


「……来たぞ」

「近づくなよ」

「溶けるって、本当らしいぞ」


 小さな声は、十分に大きかった。

 ティアは聞こえていないふりをして、

 今日も一人、自分の席に向かう。


 席は、いつも端だ。

 誰も隣に座れないから、自然とそうなる。


 教える側——指導官たちもまた、彼女と距離を取った。

 叱ることも、褒めることも、簡単ではない。

 様々な意味で、近づけば危険だからだ。


 結果として、ティアは「放置」された。


 理解できないことがあっても、質問できない。

 理解していることがあっても、評価されない。


 それは、いじめよりも静かで、長く続く痛みだった。


 ティアの弟と妹も、同じ学院にいた。


「……姉上」


 廊下で声をかけられ、振り返ると、弟が立っていた。

 その目には、尊敬も親しみもなかった。


「もっと距離を取ってください。皆が、危険ですから」


 それは、正しい言葉だった。

 だからこそ、ティアは何も言えなかった。


 ある日、机の上に置かれていたはずの本が、床に落ちていた。

 ページが破れ、端が焦げている。


 ティアがそれを拾おうと屈んだ瞬間、誰かの足が視界に入った。


「闇属性の落ちこぼれが。貴重な本に触るなよ。汚れる」


 言葉は軽かった。それを投げた者は、笑っていた。

 ティアは、何も言い返さなかった。言い返せば、光が溢れる。

 そうすれば、ここでは必ず、誰かが傷つく。


 その日の帰り道だった。


 学院の裏手、小さな中庭で、

 ティアは立ち止まり、しゃがみ込んだ。


 膝を抱え、顔を埋める。

 声は出さなかった。でも、涙は止まらなかった。


——どうして、私はここにいるのだろう。

——どうして私は、生まれてきたのだろう。


 胸の奥が、ひどく痛かった。


「……ティアお嬢様」


 低く、静かな声。


 顔を上げると、少し離れた場所に従者が立っていた。

 ヴァンパイア・ロード。彼だけが、彼女に近づける。


 彼は距離を保たない。もうそれで、溶けることもない。

 積年のティアとの接触によって、

 完全なる光耐性を持った不死者になっていた。


「……泣いては、いけないの?」


 ティアが、ぽつりと聞いた。


 従者は、すぐには答えなかった。

 少し考えてから、首を振る。


「泣いても構いません」

「泣くことと、負けることは違います」


 その言葉は、静かだった。慰めでも、励ましでもない。

 ただの事実として、正しく述べられた。


 ティアは、もう一度顔を伏せた。

 今度は、声を殺さなかった。


 従者は、何も言わない。手も伸ばさない。

 ただ、そこに立っている。


 しばらくして、ティアは顔を上げた。

 涙で濡れた目が、従者を見る。


「……私は、強い?」


 唐突な問いだった。

 しかし従者は、即答する。


「はい。ティアお嬢様こそ、最強であられます」


「でも……ひとりだよ?」


「違います。私がずっと、おそばにおります」


 従者は、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「お嬢様は、いずれ、この世界を統べるお方です」


 ティアは、その意味が理解できなかった。

 けれど不思議と胸の痛みが少しだけ和らいだ。


 立ち上がり、服の裾を整える。


「……明日も、学校に行かなきゃだめ?」


「はい。きちんと学んでください」


 ティアは頬を膨らませ、それから、

 諦めたように息を吐いた。


「……じゃあ、そうする」


 従者の口元が、ほんのわずかに緩んだ。


「それが、最も強い選択です」


 後に世界を揺らす決意の、最初の形だった。


 強い選択。


 幼いティアは、まだ知らない。


 この孤独が、この涙が、

 彼女を真の王にすることを。



お読みいただき、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
光属性のダークエルフの少女。 これはなかなか料理しがいのある設定ですね。 でも主人公は結構苦労しそうだけど、 どんな物語になるか、楽しみです。
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