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光属性の魔王  作者: 八海クエ
第3章 城塞都市アベル
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第26話 異物だらけの空間

 城塞都市アベルの朝は、鐘ではなく怒号で始まる。


 城門近くの市場で、荷を巡って商人同士が怒鳴り合い、

 獣人の若者が豪快に笑い、露店からは香辛料の匂いが立ちのぼる。


 遠くでは鍛冶場の槌音が規則正しく響き、

 そのすぐ横で吟遊詩人が気の抜けた旋律を奏でていた。


 雑多で、猥雑で、整っていない。

 だが、それがアベルという街の正体だった。


 無骨な石造りの外壁は堅牢で、国境の緊張を感じさせる。

 が、内部はむしろ奔放だ。


 王国の法は届いているが、隅々まで染み渡っているわけではない。


 商会、傭兵団、宗教団体、獣人の部族的な集まり、亜人の職人組合、

 そして少数ながら魔族の小さな共同体。


 価値観はばらばらで、信じるものも違う。

 だが、不思議な均衡があった。


 力のある者は前に出る。

 弱い者は守られるとは限らないが、放置もされない。

 喧嘩は多いが、止めに入る者もまた多い。


 どの集団も、全面衝突が自分たちの不利益になることを知っている。

 だから、この街は荒れているようでいて、壊れない。


 魔族と人族が、お互いに無言で、同じ水場を使っている。


 ティアはその光景を、静かに眺めていた。


 獣人の少女が果物を抱えて駆け抜ける。

 角を持つ亜人の男が、値段交渉で商人と渡り合う。

 灰色の外套を纏った魔族が、ひっそりと薬草を買っていく。


 誰もが目立ち、誰もが溶け込んでいる。


 シオンが小さく息を吐いた。


「……視線はありますね」


「ええ。でも、敵意は薄いわ」


 確かに、ティアたちに向けられる視線はある。


 高貴さの隠しきれない冒険者らしき一団。

 しかも、その中心に立つのは年若いダークエルフの少女。


 目立たないはずがない。


 だが、ここではそれも“多数ある珍しい一団”の一つに過ぎない。


 強そうな傭兵団もいる。奇妙な宗教装束の集団もいる。

 全身を黒で固めた暗殺者めいた者も、堂々と歩いている。


 同質性が低い。誰もが浮いていた。


 レインが露店の串焼きを人数分、手にしながら言う。


「悪くない街ですね」


 シオンは、それを否定せずに加える。


「喧嘩ばかりですけれどね」


 レインがそれに応える。


「喧嘩があるということは、押し殺していないということです」


 その言葉に、ティアはわずかに微笑む。


 王都では、正しさが秩序を作る。

 ここでは、異なる力と利害が均衡を作る。


 どちらが優れているかではない。ただ、形が違う。


 広場では、若い冒険者たちが即席の試合をしていた。

 観客が賭け金を投げ、歓声を上げる。

 勝った者は歓呼を浴び、負けた者は悔しげに立ち上がる。


 弱い者には向かない街だ。


 だが、若く、自らの力を試そうとする者には、門は開かれている。

 実力があれば、成り上がれる。怖気づけば、沈む。


 それだけだ。


 ティアは、ふと胸の奥が軽くなるのを感じた。


 聖女として見られることもない。

 特別視されすぎることもない。

 崇められも、排除もされない。


 ここでは、彼女たちもまた、ただの冒険者の一団。

 それが、こんなにも心を休ませるとは思わなかった。


 遠くで、また怒号が上がる。


 今度は剣が抜かれたらしい。


 だが、すぐに別の男が割って入り、両者を押しとどめる。

 周囲が笑い、誰かが酒を差し出す。


 騒がしく、乱暴で、だがどこか温かい。


 国境の街、城塞都市アベル。

 平和とは、静寂のことではない。


 衝突しながらも崩れない均衡。

 違いを抱えたまま、共存する不器用さ。


 その只中で、ティアは空を見上げた。


 高い城壁の向こうは、隣国、ヴァルディシア帝国だ。


 緊張は消えていない。火種は常にある。

 それでも、今日という一日は、確かに平和だった。


 多様であることは、摩擦を生む。

 だが同時に、摩擦は、孤独が入り込む余白を消す。


 この街では、誰もが異物だからこそ、異物ではない。



お読みいただき、ありがとうございます。

嬉しいです。

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