第25話 値段のつく街
城塞都市アベルは、要塞だった。
高い石壁。無骨な門。防衛のために積み上げられた構造。
それは、威圧的でありながら、どこか雑でもある。
誰かを守るためというより、留めるための街。
「……空気が重いですね」
シオンが、城門をくぐりながら言った。
人は多い。だが、王都のような秩序はない。
商人、傭兵、行商人、逃亡者。
目的の違う者たちが、同じ通路を共有している。
ティアは、どこか素っ気なく答えた。
「重いというより、濁っているのです」
「良くも、悪くも」
意味がすぐには伝わらなかったのか、シオンは首を傾げた。
レインは、何も言わない。ただ視線だけを動かしている。
視線。それが、この街で一番の違和感だった。
好奇の視線ではない。警戒でもない。
値踏みだ。
ティアは、それをはっきりと自覚していた。
宿を決める前に、彼女たちは教会図書館へ向かった。
城塞都市アベルの教会図書館は、広くはない。
だが、歴史の厚みがある。
年代ごとに分けられた記録。
王の勅令、戦役の報告、傭兵団の契約書。
そして——聖女に関する断片的な資料。
「……聖女、ですか」
司書は、露骨に顔をしかめた。
「ここでは、あまり向かない題材ですね」
「それでも、あるでしょう」
ティアは静かに言った。
司書は少し考え、奥の棚を指し示した。
「正式な年代記には残っていません」
「残っているのは、周辺記録だけです」
「それで構いません」
ティアは頷いた。
正史に残らないという事実こそが、欲しい情報だった。
記録に残る聖女たちは、おそよ80年毎に現れている。
奇跡を起こした者。多数の人を救った者。
そして、魔族を徹底的に"浄化"した者。
だが、人生を通して聖女であり続けた者はいない。
ある者は教会に囲われ、ある者は王権に組み込まれ、
ある者は、名前だけを残して消えている。
「……長くは、続かない」
シオンが、抑えた声で言った。
「続けられなかったのよ」
ティアは、本を閉じた。
「正しさを個人で引き受けるのは……重すぎる」
レインが、ふと口を開く。
「それでも、引き受けた」
「ええ」
ティアは否定しなかった。
「だから、聖女の多くは壊れる」
言葉は冷たい。
だが、突き放してはいなかった。
むしろ——覚悟に近い。
図書館を出たとき、夕方の光が街路を斜めに切っていた。
その中に、明らかに動きの違う影があった。
一人ではない。二人でもない。
武装は控えめ。だが、歩き方が揃っている。
レインが、低く言った。
「……仕事ですね」
「ええ」
ティアは足を止めない。
「噂が、もう流通してる」
誰かが、ティアに値段を付けた。まだ額は分からない。
だが、この街では、それで十分だ。
「これ、第一王子の差し金ではありませんよね?」
「監視が、雑すぎます」
シオンの声が、少しだけ硬くなる。
「狙われている、というより——」
ティアは、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「見積もられているようです」
襲撃は、まだ起きない。起きるかも、わからない。
だが、確実に準備は進んでいる。
この街では、ティアはすでに商品だ。
そして商品には、必ず——値段がつく。
ティアは、歩みを止めなかった。
聖女にならないために。
王であり続けるために。
値段のつく街の、中心へ。
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