第22話 拾われない声
王都から半日ほど離れた場所に、小さな集落があった。
街道から外れ、地図にも名が載らない。
だが、荒れてはいない。
畑は耕され、用水は整えられ、巡回の兵も月に一度は訪れる。
ここは、王国の内側だ。治安も、法も、確かに届いている。
ティアたちがその集落を訪れたのは、偶然ではなかった。
教会の支部で目にした一行の記録。その末尾に、短い注記があったからだ。
——救済対象外。
理由は、明確だった。
病ではない。呪いでもない。犯罪でもない。
ただ、基準に照らして、制度に載らないだけ。
ある家の戸を叩くと、若い女が顔を出した。
痩せてはいるが、目に濁りはない。
「……どちらさまでしょう?」
警戒はあるが、拒絶はない。
「旅の者です」
シオンが、できるだけ穏やかに答えた。
「お話を、少しだけ聞かせてもらえませんか?」
女は一瞬だけ迷い、それから戸を開いた。
室内は清潔だった。寝台が二つ。
片方には、幼い少年が横になっている。
眠っているが、呼吸は浅い。時折、胸が小さく震えた。
「……この子は」
シオンが、言葉を選ぶ。
「生まれつき、身体が弱いんです」
女はそう言って、少年の額に手を当てた。
「治療は?」
「何度か、受けました。王都の施療院で」
声に、恨みはなかった。
「診断は?」
「とても、難しい……とだけ」
レインが、淡々と続きを促す。
「教会は?」
「祈祷は受けました。でも……」
女は俯いた。
「治癒魔法は、重傷者や戦禍の被災者が優先です」
「順番があります」
それは、正しい。
王国の資源は有限で、配分にも優先順位がある。
「他に、手は」
ティアが、初めて口を開いた。
「思いつきません」
女は、はっきりと言った。
「法も、教会も、できることは全部やってくれました」
それでも、少年は助からない。
誰の罪でもない。
沈黙。
シオンは、拳を握りしめた。
「……そんなの」
言葉にならなかった。
レインは、少年から視線を外し、窓の外を見た。
「制度としては、正解です」
感情を挟まない声だった。
「全体を救うには、こうするしかない」
誰も反論できない。
その後、世間話も、少しだけした。
小さな集落ではあるが、暮らしぶりは悪くないようだ。
ティアは、少年を見つめていた。
長い時間、何も言わずに。
「……私たちは、もう行きます」
女は、そう言って深く頭を下げた。
「来てくださって、ありがとうございました」
礼だった。
外に出ると、風が吹いていた。
穏やかな、いつもの王国の風だ。
「ティア様……」
シオンが、言いかけて言葉を飲み込む。
ティアは、何も答えなかった。
その背中は、迷っているようには見えなかった。
——この声は、決して拾われない。
それだけを、確かに理解している背中だった。
集落を離れるティアの身体から、抑えきれない光が漏れる。
「情報料です」
それから数刻の後、
眠っていた少年が、急に上半身を起こした。
お読みいただき、ありがとうございます。
あと少しで、第2章も完結します。




