第21話 ならされた日常
王都の裏通りは、昼でも静かだった。
城壁の影が長く伸び、商人の声もここまでは届かない。
シオンは、通りの向かいにある二階建ての家を見上げていた。
石造りだが簡素で、王家の紋章も、警備兵の姿もない。
洗濯物が風に揺れ、窓辺には鉢植えが並んでいる。
「……本当に、ここですか?」
思わずシオンがそう呟いてしまうほど、拍子抜けする光景だった。
隣で腕を組むレインが、気だるげに答える。
「そのようです」
続けて、説明する。
「第二王女エミリア=ハイデルグ様。王位継承権は、実質的に剥奪」
「表向きは“静養”ってことになっているようですが」
玄関の扉が開き、若い女性が顔を出した。
淡い色のワンピースに身を包み、手には買い物袋。
後ろから、侍女らしき女性が続く。
レインが呟く。
「強力な監視……兼、護衛はついているようですね」
シオンは、息を呑んだ。
「それ以外は……普通ですね」
エミリアは、笑っていた。
通りすがりの子どもに声をかけ、袋から果物を一つ渡している。
王女というより、近所の優しい姉のよう。
「念のため、使い魔だけは残しておきましょう」
レインの背後から、一匹のコウモリが現れ、飛んで行った。
それからレインの口元が、わずかに歪む。
「想定外です。敵に関する考えを改めないとなりません」
二人は、一定の距離を保ったまま、しばらく様子を見守った。
やがてエミリアは侍女ともに家に戻り、通りは再び静寂を取り戻す。
扉を閉める際、侍女は、一度だけ後ろを振り返った。
その夜。
非合法の簡易宿、その一室で、ティアは地図を広げていた。
王都から伸びる街道、教会の支部、冒険者ギルドの位置。
そこに、シオンとレインが戻ってくる。
シオンが、率直に告げる。
「第二王女は、無事でした」
「民に混じって、普通に暮らしていました」
ティアは、ゆっくりと顔を上げた。
「そう」
それだけ言って、地図に視線を戻す。
レインが続けた。
「王宮の様子も、少しだけ掴めました」
「第一王子は、かなり実直なお方のようです」
「うん、そうだね」
ティアは、少し考えていた。
ややあってから、ティアは確信を口にする。
「刺客の甲冑についていた印、あれ、わざとだね」
「私に、エミリアが無事だと知らせるため」
シオンは、言葉を探すように少し間を置いてから、尋ねた。
「……第一王子のこと、どう思う?」
部屋の空気が、わずかに張り詰める。
シオンもレインも、解釈を述べるようなことはしない。
ティアは、地図を畳み、机の上に置いた。
それから、おもむろに言った。
「彼は、正しい王子だよ」
迷いのない声だった。
「民を守ろうとしているし、制度を重視している」
「感情で誰かを切り捨てたりもしない」
シオンは、ほっとしたような、しかし複雑な表情を浮かべる。
「じゃあ……敵じゃないのですか?」
「敵ではありませんね、たぶん」
ティアは、慎重に否定した。
「でも、味方でもない」
レインが、薄く笑った。
「国同士、とても正常な関係ですね」
「うん、そう思うよ」
「ある意味、とても信頼できる」
ティアは、窓の外を見る。
夜の王都は、昼と同じように整っている。
「彼は、第二王女を守っている」
「制度の中で、最善を尽くしている」
シオンが、思わず尋ねた。
「しかし……刺客を差し向けているのも、第一王子では?」
ティアは笑って答える。
「国家反逆罪に問われている者に対し」
「第一王子として、刺客を向けないわけには行かないのよ」
ティアは、はっきりと言った。
「あえて三流を差し向け、将来の魔王を推し量っています」
レインが、楽しそうに肩をすくめる。
「あなたたち王族は、ほんとうに面倒ですね」
「知ってる」
ティアは、わずかに微笑んだ。
「第一王子は、第一王子として正しい」
その声は、確信に満ちていた。
ならされた王都の夜に、静かな波紋が広がり始めている。
それに気づいている者は、少なかった。
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