第19話 後始末
馬車の車輪は、止まったまま。
結界の内側だけが静かだ。
外の森は、まだ戦いの名残みたいにざわめいていた。
風が枝を鳴らすたび、血の匂いが薄く広がる。
結界が解かれた。
盗賊の振りをした冒険者たち──全員に治癒が施され、傷もない。
レインが武装解除された冒険者を跪かせ、一列に整えている。
冒険者を丁寧に扱っているようにも見える。
ただ、つまらない物体を整理しているようにも見える。
「本当に、誰も……殺さないのですね」
シオンが小さな声で言った。
レインは、ちらりとシオンを見て答える。
「お嬢様には、意図があります」
その言い方には、善悪がない。
ただ「目的」の存在が示されただけ。
ティアは、森を見ていた。
逃げていった乗客たちの姿は、もう見えない。
馬車の荷台には、乗客の誰かが残していった小さな包みがある。
逃走の間際、慌てて掴もうとしたのだろう。布の端がちぎれている。
ティアは、その包みを拾い、布を整えた。
それから振り返り、地面に並べられた冒険者たちに伝える。
「あなたたち”盗賊”の襲撃に巻き込まれた人々にも」
「大切なご家族があります。大切な物もあります」
レインの手が止まる。
「これは、誰かが必死に守ろうとした物です」
レインが、メモとペンを取り出し、何かを書き留め始める。
「あなた、お名前は?」
冒険者のリーダーは、一瞬、躊躇してから答える。
「ミシェル・ガルバドス……Sランク冒険者です」
偽名ではない。名乗りに、揺るぎない誇りが混じっている。
ティアは、優しく、小さな笑顔を見せて続ける。
「今回の武装解除が、完全に王国法に則って行われたこと」
「ガルバドスは、この包みを、その名にかけて所有者に返却すること」
ティアの身体から、光の粉が溢れる。
「署名していただけますね?」
レインは、同じメモを2つ書き上げた。
ティアは、その双方に、署名をし、ガルバドスの署名を促す。
ガルバドスは、また躊躇しつつも、署名を終えた。
「一部は、あなたがお持ちになってください」
「もう一部は、こちらで保管します」
解除された武装をチェックしていたシオンが何かに気づく。
胸当ての裏──内側に縫い付けられた小さな印。
それは、紋章でも、家名でもない。
見た者にだけ分かる「管理番号」のようなものだった。
シオンが、ティアに耳打ちをする。
「アウレリウス王家、第一王子です」
王位継承権第一位の人間が、ティアを排除しようとしている。
ティアは、迷わず即座に、シオンに指示を出した。
「シオン=アカリ。命じます。エミリア王女殿下を守りなさい」
「御意に」
少しの間もおかず、シオンがその場から走り去る。
レインも、それに付いて走り出しながら、伝える。
「ちょっと彼女一人では……行って参ります」
ティアは、表情を崩さすにそれに答える。
「さすがです、レイン」
その場には、跪いた冒険者たちの列と、ティアだけが残された。
ティアが口を開く。
「解散です。お立ちなさい」
「ごきげんよう」
また、ティアの身体から光の粉が舞う。
冒険者たちは、ティアから目を離すことができないでいた。
「私を見るのを、おやめなさい。不敬です」
「まだ、あなたたちには、私を見る資格がございません」
冒険者たちは、恥いるように目線を逸らす。
それから立ち上がり、それぞれに帰路についた。
最後に、ガルバドスが振り返って、問う。
「あなた……様の、目的は?」
ティアは、それに即答する。
「仲間と共に。仲間のために、生きることです」
政治とは、公式な権限の及ばないところにまで、
大きな影響力を築いていくことなのだろう。
ティアの周囲には、ただ光があった。
やっと書けました。続きます。




