第18話 ティアの命令
ティアたちを乗せた乗り合い馬車は、街道を進んでいた。
昼下がりの穏やかな陽射しを浴びながら、揺れている。
定員いっぱいというわけではなく、乗客は十名にも満たない。
商人らしき男、親子連れ、そしてティアたち。
異変は、森に入ってしばらくして訪れた。
街道を塞ぐように、十名弱の人影が現れる。
少しして、馬車の背後にも二名。
「……盗賊か」
レインが低く呟いた。
即座に、シオンが否定する。
「違います」
盗賊にしては、動きが整いすぎている。
外套の隙間から覗く装備は、どれも上等品だ。
そして何より、シオンは、知っていた。
「あの顔……かなりの高ランク冒険者です」
「何度か、ギルドで見たことがあります」
「偉そうに……していました」
ティアが即座に口を開く。
「シオンは、他の乗客を避難させて」
「絶対に、安全に逃して」
金目当ての襲撃ではない。
最初から、相手のターゲットはただ一人、ティア。
「ティアお嬢様、ご武運を」
シオンは、ティアの指示通り乗客を誘導し森に消えた。
かなり迅速と言っていい。
レインが問う。
「お嬢様、どうなさいますか?」
「うーん、どうしようかな……」
ティアは、一瞬だけ微笑む。
そして、細身のレイピアを抜いた。
盗賊を模した冒険者たちが、ティアとレインの包囲を完成させる。
そのリーダーらしき人物が、指示を出した。
「アラン、マッシュ。森に逃げ込んだ奴らを殺せ」
「あのガキ、ギルドで見たことがある。俺たちの正体がばれる」
ティアは、その言葉の途中で、即座に結界を張った。
森へ追撃に行こうと走り出していた二人の冒険者が、
結界にぶつかり、倒れる。
「レイン、よろしく。私、この服、汚したくない」
「魔力を解放するだけじゃ、多分、こいつら倒れない」
「あ、殺しちゃだめだからね」
レインは、嬉しそうだ。
「かしこまりました」
レインは、抜刀していた飾り気のないロングソードを鞘に戻した。
それから鞘をベルトから外し、鞘と剣のガードを十字に紐で縛る。
冒険者のリーダーが呆気に取られる。
「貴様、何のつもりだ?」
レインが口元を緩ませて、答える。
「いえ、これでもまだ手加減しないといけないので」
「その微調整が、たまらなく楽しいのです」
冒険者の一人が、レインに切り掛かる。
レインは、防御をしない。避けもしない。
レインの左肩から右脇腹にかけて、斬撃が通る。
同時にレインの鞘が、冒険者の右腕を叩いた。
鞘による攻撃にも関わらず、冒険者の右腕が落ちる。
そしてレインの傷は、着ていた服まで含めて即座に再生した。
「私には、防御が必要ないのです。瞬時に、再生しますので」
「あなたたちの中で、一撃で私に致命傷を与えられる人はいません」
「いいですか? 戦う前から、私の勝ちです」
冒険者のリーダーが、思わず呟いた。
「ヴァンパイアか?」
レインは、その呟きに不満そうに答えた。
「失礼な。ヴァンパイア・ロードです」
「しかも、完全な光耐性を持っています」
「伝説の聖剣でも、おそらくは通りませんよ」
冒険者のリーダーが、思わず言う。
「不死者ではなく……」
「それでは、不死身ではないか!」
ティアが、冒険者の落ちた右腕を戻し、回復魔法をかける。
「大丈夫ですよ。あなたは、冒険者を続けられます」
「痛かったですね。かわいそうに」
レインが、今度は鞘の紐をとき、ベルトに鞘を納める。
「あなたたちの攻撃は、通りません」
「このまま、永遠に私に殴られ続けるのです」
数名の冒険者が、レインを切り刻みにかかる。
レインは、相変わらず避けもしない。
切り刻む速度よりも、再生の方がずっと早い。
「無駄ですって」
そう言って、攻撃してきた冒険者たちを殴り倒す。
「ティアお嬢様、こちらも回復をお願いします」
「申し訳ありません。ちょっと、危険な状態です」
ティアに回復されながら、レインに殴り続けられる冒険者たち。
「……こんなの、どうすれば」
冒険者たちの声が、恐怖に沈む。
「もう、やめてくれ! 降参する!」
殴る手を止めないまま、レインが尋ねる。
「ティアお嬢様、どうなさいますか?」
「もう少し、続けましょう」
「ちゃんと無駄だって、他の冒険者にも伝わるくらいまで」
尋常でない力で殴られては、回復する。その繰り返し。
痛みだけが、刻まれていく。
屈強な冒険者たちが、ついに泣き出した。
「お許しください!」
「お願いします、許して!」
「も、もうやめて!」
レインが、ティアに問う。
「お嬢様、これくらいでいいですか?」
「もう少しだけ……」
「でも、殺しちゃだめよ?」
「この人たちにも、ご家族がいるんだから」
「かしこまりました」
冒険者たちの心は、完全に折られた。
半刻もたたず、冒険者のリーダーが懇願する。
「ど、どうか……せめて部下だけでも……」
ティアが頷く。
「その心意気。お見事です」
「レオン。もういい。おやめなさい」
冒険者たちの体力は、少しも減っていない。
ずっとティアが回復し続けていたから。
しばしの沈黙。
それからティアは、恥ずかしそうに伝える。
「あなた方のこと、これで解放します」
「ただ……装備品とお金は、置いて行ってください」
項垂れる冒険者たち。
腕を組み、顎をあげ、ティアは宣言する。
「私の討伐依頼は、もはや公式にはありません」
「正当防衛。完全に、合法です」
そうして、さらにティアは続ける。
「なお、大切な人からの贈り物とか形見とかは」
「そのままお持ち帰りください」
ティアは、冒険者のリーダーに武装解除をさせる。
この武装解除が、正当であることを明らかにするためだ。
「大切な人を、真剣に、大切になさってください」
ティアは、そこで一呼吸入れた。
「ノクティア=ヴェリタス・アル=セリオンの、命令です」
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