第17話 残らない記録
もしかしたら。
——魔王国の方が、聖女について詳しいのではないか?
聖女は、魔王を討伐する。そのために現れる。
人間の教会が語るのは、勝者の物語ばかりだ。
ならば——敗れた側にこそ、残っているものがあるはず。
夜。
宿の一室で、ティアは机に向かい、手紙を書いた。
問いは、簡潔だった。
『魔王国に、聖女の記録はありますか?』
それ以上は、書かない。
余計な言葉は、父には必要ない。
コウモリが、静かに夜空へ飛び立った。
返事は、数日後に届いた。意外なことに、長い。
ティアは無意識に背筋を正し、声に出して読んだ。
『我が娘へ』
『記録は、驚くほど少ない』
ティアの指が、止まる。
『理由は、単純』
『魔族は、瞬時に焼き尽くされる』
『兵も、民も、例外はない』
淡々とした文字。感情は、書かれていない。
『その場にいて、生き残る者は少ない』
『目撃者も、記録者も残らない』
ティアは、息を呑んだ。
だから、魔王国には聖女の情報はない。
『光は、その場にある闇の一切を消す』
『選別は行われない』
ティアは、ゆっくりと手紙を閉じた。
胸の奥が、冷えていく。
シオンが、沈黙を破る。
「それって、子ども……も……」
ティアは、否定しなかった。
だからこそ、それを“正義”として語る必要がある。
だからこそ、その”正義”を疑ってはならない。
聖女は、迷わず、苦しまないのだ。
無差別、大量殺戮の実行を。
ティアは、窓の外を見た。
人々の声。灯り。平和な街。
「……長居は、できませんね」
誰に言うでもなく、そう呟く。
一つの街に留まるほど、追手に見つかる確率は上がる。
ティアは、決断を口にした。
「次の街へ行きましょう。前に、進みます」
聖女は、魔王国にとって厄災。
——しかし聖女に、光属性の私は殺せない。
街を離れる乗り合い馬車の中で、
ティアは、自らの"意味"を問い始めていた。
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