表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光属性の魔王  作者: 八海クエ
第2章 旅立ち
16/19

第16話 語られる聖女

 王都に比べれば、この街はずっと小さい。

 城壁は低く、通りも細い。


 だが、必要なものは、すべて揃っていた。

 宿屋、酒場、冒険者ギルド、武具屋、薬屋、そして教会。


 旅人が滞在し、金が回り、情報が集まる。


 普通の街であること。それが、何より重要だった。


「……手配書は、出回ってないみたいですね」


 偵察のため、街を一巡して帰ってきた、シオンが言った。


 冒険者ギルドの掲示板には、魔物討伐や護衛依頼が並ぶだけ。

 ノクティア=ヴェリタス・アル=セリオンの名は、どこにもない。


 ティアは、わずかに息を吐いた。


「よかった……」


 それぞれが別々に、街の調査に出向く。

 全員が、中央広場の噴水に戻ってきたのは夕方近くだった。


「一般冒険者向けには」

「ティア様の討伐依頼は、取り下げられています」


 声を潜める。


「ただし」


 一拍。


「一部の上級冒険者たちにだけ」

「個別で依頼が回っているみたいです」


 正式な掲示ではない。水面下。

 つまり——失敗はなかったことにされる。


 ティアは、目を伏せた。


「これからずっと、狙われ、襲われるということですね」

「まあ、魔王の長女ですからね。そこは、仕方ないです」


 宿屋には、何の問題もなく入れた。


 宿主は、旅人としての三人を、

 それ以上でも以下でもない目で見た。


 食事も、部屋も、普通。

 追われている実感が、逆に、現実味を失わせる。


「……嵐の前、ですかね」


 シオンが、ぽつりと言った。


「ええ」


 ティアは、否定しない。


 夕食後、レインは武具屋に行っていた。

 戻ってきたとき、なんだか上機嫌だった。


「良い短剣がありました」


 布に包まれた刃を、軽く掲げる。


「軽く、癖がなく——血を吸わない」


 シオンは、思わず突っ込む。


「……最後、いります?」


「重要です」


 真顔だった。


 ティアは、少しだけ笑った。

 こういう日常が、まだ、残っている。


 翌朝。


 三人は、街の中心にある教会へ向かった。


 石造りの、質素な建物。

 王都の大聖堂に比べれば、飾り気はない。


 だが、人は、多かった。

 祈る者。話を聞く者。導きを求める者。


 ティアは、その様子を静かに観察する。


 司祭の説話が、始まる。


「——聖女とは」


 穏やかな声。


「神に選ばれし、光の器であり」

「迷える人々を導き、闇を退ける、絶対の善である」


 言葉は、美しい。分かりやすい。疑う余地がない。


——しかし、人の話ではない。


 ティアは、眉をひそめた。

 そこに期待されるのは、揺れない偶像だ。


「聖女は、迷いません」


 司祭は、続ける。


「苦しみません。怒りません」


 シオンが、わずかに肩をすくめる。

 レインは、無言で目を細めた。


 ティアは、確信する。


——ここには、聖女の“歴史”はない。


 あるのは、人々から期待される"外枠"だけ。


 説話が終わり、人々が散っていく。

 教会の中は、再び静かになった。


 ティアは、小さく呟く。


「迷わない、苦しまない、怒らない……」


 あるべき姿のまま、そこに固定されている。

 そこには、人としての自由がない。


「探すべきは」


 レインが言う。


「語られていない部分です」


「ええ。そうね」


 ティアは、頷いた。


「記録。古い文書。禁じられた解釈」


 歴史とは、むしろ語られなかったものの集積だ。


 教会を出ると、街は、いつも通りだった。

 人は笑い、商いは続き、祈りは日常に溶けている。


 誰も知らない。


 ここに立つ少女が、聖女と同じ属性を持ち、

 まったく別の道を歩もうとしていることを。


 シオンが言う。


「……面倒ですね」


 ティアは、それに静かに答えた。


「ええ。だからこそ、楽しいのです」


 聖女の歴史は、まだ、その姿を見せない。


 だが——歪みだけは、はっきりと見え始めていた。



お読みいただき、ありがとうございます。


リアクション、☆評価、ご感想などいただけたら嬉しいです。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ