第15話 聖女の歴史
父魔王からの返事は、思ったよりも早く届いた。
野営していた小川近くの窪地。早朝。
小さな羽音がして、コウモリの使い魔が戻ってきた。
ティアは、眠そうな目をこすりながら、
コウモリの足に括られた小さなメモを受け取った。
父魔王からの返事だった。
中身は、拍子抜けするほど簡潔だった。
『聖女の歴史を探るといい』
それだけ。理由も、補足もない。
だが、ティアは、すぐに理解した。
「……なるほど。さすが」
小さく、息を吐く。
光属性。そして、その極致として語られてきた存在。
——聖女。
聖女とは何か。
それは、歴代の魔王たちを最も苦しめてきた存在。
剣を振るうわけではない。軍を率いるわけでもない。
ただ、正しさを掲げる光属性の使い手。
存在そのものが、魔王の在り方を否定する。
だからこそ、特別な”職業”として歴史に名が残っている。
「光属性の研究なら……」
ティアは、指先でメモをなぞる。
「聖女の歴史と、一対になっているはず」
光がどのように崇められ、どのように使われ、
どのように歪められてきたのか。
それは、聖女という存在を抜きにしては語れない。
「……でも」
不満そうに声を上げたのは、シオンだった。
「聖女、ですか」
腕を組み、眉を寄せる。
「ああいう“絶対に正しい存在”って、胡散臭いです……」
レインも、頷いた。
「シオンお嬢様に、同感です」
きっぱりと言い切る。
「完全な善など、現実には存在しません」
冷ややかな口調。
「語られる聖女像は、後世が作り上げた偶像に過ぎないでしょう」
その評価は、辛辣だが妥当だった。
ティアは、それに少しだけ笑った。
「ええ」
否定しない。
「私も、“完全な存在”は信用していません」
むしろ——警戒する。
「でも、だからこそ、です」
二人を見る。
「聖女が、“そう語られてきた理由”を知る必要がある」
実像ではない。伝説でもない。
なぜ、そう描かれたのか。そう期待されるのか。
そこにこそ、光属性が辿ってきた道がある。
「父は……」
ティアは、静かに言った。
「父魔王は、聖女を調べろとは言っていません」
一拍、置く。
「聖女の歴史を探れ、と」
それは、人物ではなく、構造を見ろという意味だ。
レインが、目を細める。
「……なるほど」
納得した様子。
「聖女とは、光が最も都合よく使われた象徴」
「ええ」
ティアは頷く。
シオンは、少し考えてから、肩をすくめた。
「嫌な予感しかしませんが……」
それでも、視線は逸らさない。
「まずは……教会でしょうか?」
「そうですね。教会に行ってみましょう」
即答だった。
光は、常に正しい顔をしている。
だからこそ、疑わなければならない。
聖女を知ることは、光を知ること。
そしておそらく——自分自身を知ることでもある。
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