第14話 家というもの
シオンの実家は、王都から少し離れた場所にあった。
派手さはない。だが、手入れの行き届いた庭と、
静かに積まれた薪が、この家の在り方を物語っていた。
その実家にシオンは、ティアとレインを連れ、戻っている。
シオンも、学院を退学する。その決意は、固い。
どのみち、ティアに従ったことで、強制的に退学させられる。
それは、いい。ただ——。
家族のことだけが、シオンの胸に引っかかっていた。
両親。そして、まだ幼い妹がいる。
おそらくシオンは「国家反逆罪に連なる者」として記録される。
そうなれば、シオンの家が、どう扱われるかは分からない。
家族の未来が、閉じてしまうかもしれない。
それを思い、シオンは、何度も唇を噛んだ。
「……お父様」
食卓で、シオンは切り出した。
「私、学院を辞めます」
「……このお方と、一緒に旅に出ます」
家族の視線が、ティアへ向けられる。
シオンの父は、少し驚いた顔をしたあと、静かに頷いた。
「そうか」
それからシオンの父は、ゆっくりと続けた。
「我が家では……代々、こう伝えられている」
湯飲みを置き、まっすぐに娘シオンを見る。
「自らが、真に主君と認めるお方にお仕えすること」
「それこそが、最大の誉であると」
シオンは、息を呑んだ。
「これは誇るべきことだ」
「それで、いい」
父は、穏やかに笑った。
「家のことは、心配するな。私が、必ず守る」
「私も、弱くはない」
その言葉に、シオンの目が潤む。
そのやり取り。
レインは、少し離れた場所で聞いていた。
そして、レインは何も言わず、外へ出る。
しばらくして戻ってくると、掌の上に影があった。
小さなコウモリだった。
「私の使い魔を一匹、ここに置いていきます」
淡々とした声。
「この家に危機があれば、必ず、我々の元へ知らせます」
シオンの父は目を見開き、深く頭を下げた。
「……感謝いたします」
レインは、首を横に振る。
「忠義に、礼は不要と申します」
忠義とは、形式的な礼ではなく、主のために命を張ること。
形式的な礼は、返って、忠義を曇らせることがある。
すでにシオンは、ティアに対する忠義を示している。
「シオン=アカリお嬢様は、真の英雄にございます」
「素晴らしい……ご教育をなさいましたね」
そう言ってレインは床に跪き、首を垂れた。
シオンとその両親。
このレインの言葉に、我慢していた涙が溢れる。
やがて、意を決したように、
シオンの母が、ティアへ問いかける。
「……それで」
声が、少しだけ震える。
「ティア王女殿下は、どちらに向かわれるのですか?」
その問いに、ティアは、すぐに答えられなかった。
「……申し訳ございません」
「行き先は、お伝えできません」
シオンの母の表情に、一瞬、寂しさが浮かぶ。
だが、責める言葉は出なかった。
「……そうですか。そうですよね」
心配を、飲み込む声だった。
その姿を見て、ティアは、胸の奥が少しだけ痛んだ。
——私も、母とこんな関係になりたかった。
沈黙。
「でしたら」
沈黙を破ったのは、レインだった。
「シオンお嬢様から、定期的に連絡を入れさせましょう」
「別の使い魔に、手紙を運ばせます」
母の顔が、わずかに和らぐ。
「……ありがとうございます」
長居は、良くない。追手も、あるかもしれない。
そうして夜が深まる前、別れの時はすぐに来た。
妹は、シオンの裾を掴んで離れなかった。
「お姉ちゃん……絶対、帰ってきてね」
シオンは、しゃがみ込んで、
最愛の妹を、ぎゅっと抱きしめる。
「うん。約束する」
妹は、言葉をつなぐ。
「かっこいいお姉ちゃんのこと、私、忘れないよ」
夜道を行く。
家の灯りが、少しずつ遠ざかる。
しばらく沈黙が続き——
やがて、レインが言った。
「で、ティアお嬢様?」
いつもの調子で。
「どちらに、向かわれるのですか?」
ティアは、立ち止まる。
「……そんなの、わからないよ」
「えー」
素の声を、レインが漏らした。
思わず、シオンが吹き出す。
少し考えてから、ティアは言う。
「父魔王に、相談してみる」
夜空を見上げる。
「レイン。使い魔、飛ばしてもらえる?」
レインは、小さく笑った。
「かしこまりました」
短い手紙を持たされた使い魔が、闇へと飛び立つ。
一行の行き先は、まだ決まらない。
だが、自由だ。
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