第11話 断絶と退学
その決断は、静かだった。
怒りも、悲嘆も、表に出る前に、すでに整理されていた。
ティアは、自分の周囲から人を遠ざけることを選んだ。
最初に、エミリア=ハイデルグ・アウレリウス王女殿下に伝えた。
場所は、学院内の応接室。形式ばった席ではない。
「……私にできることは、すべてします」
「ティア様、どうか、お守りさせてください」
エミリアは、真っ直ぐに言った。やはり、王の格。
「父に、再度掛け合います。冒険者ギルドにも、必ず圧をかけます」
「あなたは、何も悪くない」
その言葉に、嘘はなかった。
だからこそ——ティアは、この正義を断らなければならない。
「ありがとうございます。でも……それは、殿下にとって危険です」
「危険でも構いません!」
「ばかにしないでいただきたい!」
エミリア王女は、おそらく、生まれて初めて声を荒げた。
「友人が、理不尽に命を狙われているのです」
「それを黙って見ているなど、王族たる資格が——」
——友人と言ってくれた。なんて、ありがたい。
ティアは、少しだけ目を伏せた。
「調査中とはいえ……これは、公式な討伐依頼です」
「これに背けば、国家反逆罪に問われます」
エミリアは、言葉を失う。
「それは、殿下のお立場を、この国そのものを危うくします」
「敵の思う壺です。正しいものを失脚させるのが、狙いです」
しばらくの沈黙の後、
エミリアは小さく息を吐いた。
「それでも、私は——」
「エミリア=ハイデルグ殿下。しつこい」
ティアは、はっきりと呼びかけた。
「ここから先は、私の問題です」
それは、拒絶だった。
だが、最大の敬意を持った、理解のある拒絶だった。
次に、シオンに告げた。
場所は、いつもの図書館の裏。
人目につかない場所。
「……お一人で、行くおつもりですか?」
シオンは、低い声で言った。
「ええ。ごめんなさいね、シオン」
「でも、一人じゃない。レインがいてくれます」
「冗談ではありません」
即座に返ってくる。
「私は、あなたのおそばにいると決めたのです」
ティアは、胸が少しだけ痛むのを感じた。
「シオン……とても、嬉しいです」
正直な言葉だった。
「でも、シオンには危険すぎます」
「ご実家にも、ご迷惑をおかけします」
当然、シオンは、食い下がる。
「危険なのは、今に始まったことではありません」
「そもそも生きるとは、危険なことでしょう?」
シオンは、さらに一歩踏み出す。
「私には、戦う力があります。逃げる術もあります」
「ティア様。よろしいですか? 私にも——」
そこで、声が震えた。
「こんな私にも、プライドがあります!」
ティアは、思わず目を見開いた。
シオンの目に、涙が溜まっている。
「……それに、一人でいることに」
声を絞り出すように、続ける。
「それに、慣れてはいけないと……」
「私に言ったのは、ティア様ではございませんか!」
ティアは胸を、強く打たれた。
それは、確かに自分が口にした言葉だった。
ティアは、しばらく黙っていた。
そして——ゆっくりと、答える。
「シオン=アカリ殿……おっしゃる通りです」
微笑む。痛みを隠すように。
「でも、今の私では……」
声が、少しだけ低くなる。
「あなたや、殿下のような大切な人を守る手段が」
「これしか、ない」
シオンは、歯を食いしばった。
「……それでも!」
「ごめんなさい」
その一言で、会話は終わった。
断絶は、言葉だけでは終わらせなかった。
ティアは、文書を作成した。
簡潔で、冷静な文章。王の文章である。
ここに宣言する。
私、ノクティア=ヴェリタス・アル=セリオンは、
王立アウレリウス魔術師範学院において、
特定個人との私的交流を、すべて断つ。
本決定は、当該個人を危険から遠ざけるためのものであり、
圧力、脅迫、強要によるものではない。
魔王国アル=セリオン、第一王女たる、私の意思である。
日付。署名。
それを、学院の掲示板に貼り出した。
ざわめきと憶測、無駄な解釈が、広がる。
「……そこまで、する?」
「自分から、孤立を選んだ……?」
ティアは、何も言わない。
ただ、背筋を伸ばして、いつも通り歩いている。
学院内は、戦闘禁止区域に指定されている。冒険者は来ない。
それでも間抜けな生徒が、ここ数日、ティアに戦闘を挑んでくる。
初めは、学院内でも許されている生徒間の決闘として。
次第に、その手口は卑劣な不意打ちになった。
ティアは素手で、剣や魔法に対応した。
相手に怪我をさせないよう、細心の注意を払って。
レインは、こうした戦闘に、関与しようとさえしない。
「おい、私の主をばかにするなよ」
「そんな攻撃が、当たるかよ。身の程を知れ!」
それでも、レインの口ぶりはいつもよりも荒い。
明らかに、レインも苛立っていた。
しばらくして、ティアへの攻撃の手口は、変化した。
生徒たちは、授業中にも関わらず、ティアに石を投げた。
もちろん、授業がない時も。
ティアの堅固な身体に、投石ごときのダメージはない。
しかし、どうしても心には、嫌な傷を負ってしまう。
——私は、強くない。強さとは、なんだろうか。
返り討ちにあい、軽い怪我を負った貴族が、学院長に詰め寄る。
その貴族の家族が、学院に対して、さらなる圧力をかけた。
そうしてティアは、学院を正式に退学となった。
ティアが十四歳のとき、中等部2年の終わりのことだった。
そして、ティアが退学する日。
ティア討伐の報奨金は2,000万ギルダにまで、増額されている。
学院の門外には、多数の冒険者たちが待ち受けていた。
退学の日が今日であることも、確実に伝わっていた。
学院の外であれば、戦闘行為が禁止されていない。
皮肉にも、いまは、誰もがルールを守っていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次で、第1章の終わりです。サビになります。




