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光属性の魔王  作者: 八海クエ
第1章 越境
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第10話 討伐依頼

 それは、偶然ではなかった。

 だが、それが"早い段階"で見つかったのは、偶然だった。


 王都の冒険者ギルド。


 掲示板の前で、シオン=アカネは足を止めた。


 学院の用事が終わった後、時間があるときだけ、

 簡単な依頼を受ける。それが、金に困る彼女の日課だった。


 掃除。護衛。素材回収。簡単な魔物討伐。

 低ランクの、目立たない仕事ばかり。


 だが、その日、掲示板の一角に貼られた羊皮紙が、

 彼女の視線を釘付けにした。


 ——討伐依頼。緊急。


 内容は、簡潔だった。


 対象:魔王長女ノクティア・アル=セリオン

 特徴:長い銀髪、碧眼、ダークエルフ女性

 脅威度:未確定だが王国にとって危険

 場所:王立アウレリウス魔術師範学院内

 報酬:1,600万ギルダ

 生死不問、迅速な対応を求む。


 シオンは、呼吸が一瞬、止まるのを感じた。

 冗談では、ない。報酬も、破格だ。


 依頼主の記名はない。だが、依頼形式は正式なものだ。

 冒険者ギルドの公式な判子も押されている。


 あり得ない。魔王国と王国の間で取り決められた、

 非公式ながらも明確な合意。その上での、転校だ。


 それを無視して、王国の冒険者ギルドが、

 魔王長女の討伐を依頼するなどと。


 意味することは、一つしかない。

 裏で、誰かが動いている。普通ではない権力が。


 シオンは、依頼書を剥がした。


 周囲の視線を気にしない。

 気にしている時間は、なかった。


「……ティア様」


 学院の裏庭。レイン=ノクスと共にいたティアに、

 シオンは依頼書を差し出した。


 ティアは、目を通し、すぐに理解した。


「討伐って……私、そんなに危険かな?」


 言葉に、感情は乗らない。

 だが、その静けさこそが、異常だった。

 レインの表情が、わずかに変わる。


「王国が、これを認めたと?」


「はい。冒険者ギルドの正式様式です」


 沈黙。


 ティアは、考える。

 魔王国で起きていたことが、ここまで伸びてきた。


「……弟か、妹でしょう」


 呟きは、確信に近かった。

 レインが続ける。


「王国上層部の、誰かも噛んでいますね」


 でなければ、この紙は冒険者ギルドに貼られない。


 その日のうちに、アウレリウス王女殿下にも連絡が入った。

 彼女はすぐ、ティアに、面会を求めた。


「違います!」


 王女殿下は、ほとんど叫ぶように言った。


「これは、私の意思ではありません!」

「誓って、違います!」


 その目に、嘘はなかった。ティアには、それが分かる。


「……わかっております」

「殿下の元・ご婚約者様も、利用されたのでしょう」


 ティアの言葉に、王女殿下は、ほっと息を吐いた。

 だが、同時に、その顔に影が落ちる。


「……私の周囲に、誰かいます」


 声が、低くなる。


「父王の名を使い、私の立場を利用して動いている者が」


 弟か。妹か。あるいは、まだ知らぬ誰かか。


 王女殿下は、動いた。

 父王に直訴し、冒険者ギルドへの圧力を試みる。


「撤回してください。王国の信用を損ないます!」


 訴えは、正しい。だが——通らなかった。

 理由は、常に曖昧だった。


「調査中だ」「慎重に進めている」「今は動かせない」


 時間だけが、過ぎていく。


 討伐依頼は、掲示板から消えない。

 むしろ、写しが広く回り始めていた。


 王女殿下の、まだ幼さを残す唇から、血が流れる。


「私が……御国の継承権争いに、利用されています……」


 ティアは、首を振った。


「エミリア=ハイデルグ・アウレリウス王女殿下」

「あなたのその高潔さに、感服いたします」


 個人ではない。感情でもない。

 問題の所在は、構造にある。


「エミリアとお呼びください」

「ノクティア=ヴェリタス・アル=セリオン第一王女殿下」

「このようなこと、あってはなりません」


 その夜。


 学院の自室で、ティアは、机に向かっていた。

 自慢の写本は、開かれていない。


 代わりに、あの討伐依頼書が置かれている。


「……生死不問。殺しても、いい」

「いやー、私も大物になったものね!」


 正直に言って、ティアは少しだけ嬉しい気持ちでいる。

 レインが、そんなティアの背後に立つ。


「さて。どうなさいますか?」

「まあ、お嬢様を殺せる者など、いないでしょうが」


 静かな声。


 ティアは、首を振った。


「私は、こういうのは……怖くないの」

「ただ、私を庇おうとする人が、心配です」


 誰かが、利用される。危険なのは、自分ではない。

 まずエミリア王女殿下。

 その元・婚約者も、こうなることなど知らされていない。

 そして——シオン=アカリ。彼女が最も危険に近いかもしれない。


 レインは、大丈夫だ。むしろ、彼を狙う相手が可哀想なくらい。


 少し考えて、ティアは言い切った。


「大切な人を、守ります」

「その方法は、わかっています」


 迷いはない。


 その言葉には、王女でも、魔王の長女でもない、

 一人の、ただ一人の少女の声が混じる。


 討伐依頼は、撤回されることはないだろう。


 これは、学院の問題ではない。国の問題でもない。

 世界の構造の問題だ。



お読みいただき、ありがとうございます。

もう少しで、第1章の完結です。

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