第1話 英雄
あどけない、ダークエルフの少女が学院の中央道にいる。
まさに学院を出て行こうとするその少女が、校舎を振り返った。
その額からは、血が流れている。
「聞け!」
「私、ノクティア=ヴェリタス・アル=セリオンの言葉である」
念話の補正がかかっているのだろう。
教職員、全校生徒の頭に、少女の声が響く。
「お前たちは、魔族だから殺すのか。人間だから生かすのか」
「盗賊だから殺し、聖職者だから生かすのか」
身なりの良い従者が、少女の隣で姿勢を正した。
少女が続ける。
「では問おう」
「この世界に、死すべき属性、生きるべき属性など、存在するのか?」
「それを決めているのは誰だ?」
「血か。種族か。肩書か。それとも——数か」
「私は、それを当然として受け入れるこの世界を、認めない」
「正しさを、属性で決める者を。命の重さを、自らの都合で量る者を」
「覚えておけ」
「今日、お前たちは私を追い出すのだ」
「危険だから。異質だから。そして、都合が悪いからと」
「だが、世界は必ず同じことを繰り返す」
「いずれ——お前たちが『貴族だから』と殺す者が現れる」
「力を持つから。富を持つから。邪魔だからという理由で」
「そのとき、お前たちは今日の私を思い出すのだ」
「そして知るがいい」
「お前たちの正しさとは、せいぜい」
「多数派の顔をしているだけの偽物である、と」
「私は、決して忘れない」
「近寄ることさえ危険なこの私から離れず」
「私のそばに一人、仕えた者がいたことを」
「激痛を引き受け、一人で私を育てた者がいたことを」
従者が静かに膝をつき、少女に最敬礼を捧げる。
「だから私は、その高潔なる者の主として宣言する」
「私は、種族で裁かない。肩書で救わない」
「そして、属性で赦さない」
「私に石を投げた者よ。ただ、それを見ていた者よ」
「私を追い出すことで、楽になろうとする者よ」
「それを悪という。それを——悪というのだ!」
生徒の一人、黒髪の少女が、ダークエルフに走り寄る。
跪き、ゆっくりと深く敬礼した。
それから右手で長い髪をおさえ、自らの細首を露わにする。
その手は、微かに震えていた。
「善悪とは、属性のことではない」
「お前一人の中で、そのように共存するものである」
「お前の中のその悪を、しかと噛み締めよ」
「私は、それを決して赦さない」
「いずれ、世界が大きく間違えるとき……」
「覚えておくがいい」
「お前たちを救うのは、今日、こうして追い出した」
「この怪物——そう。私だ」
「私は、お前たちを憎まない」
「その代わり、お前たちの中にある悪は、必ず正す」
「それが——王の責務だからだ」
静寂。
それから従者が、膝を叩きながら立ち上がる。
従者は、隣で首を差し出していた少女の震える手をとり、
少女を立たせながら、声をかけた。
「黒髪の少女よ、見事である」
「忘れるな。そなたのような者のことを」
「英雄というのだ」
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