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VIBES LOGIC - 生命の螺旋Ⅰ Fake flower/Real life 悪の華のディストピア  作者: 御園しれどし


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第五章:Real Life - 真実の華

 1. 魂のバイブス


 植物園『エデン』のドーム内。サカキが操るシステムのノイズが、アカリの意識を飲み込もうとしていた。


 カイは合成音声の端末を投げ捨て、自らの喉を震わせる。


「……ガ、ア……ッ、アァアアアア!!」


 裂けた声帯から迸る音は、悲鳴に近い掠れた咆哮だった。血の味が口内に広がり、喉が焼けるような痛みにのたうち回りながらも、カイはその震動を止めようとはしなかった。


 それは言葉ではない。10年間、暗い地下室で押し殺してきた絶望と、それでも消せなかった命の熱量が混ざり合った、剥き出しの咆哮だった。


 カイの「叫び」は、レンのビートと共鳴し、目に見えるほどの空気の震え(バイブレーション)となってドーム内を伝播する。サカキが絶対の自信を持って構築した『完璧な絶望のロジック』の数式が、カイの放つ計算不能なカオスによって一節ごとに剥がれ落ち、ノイズの濁流に飲み込まれていく。


「馬鹿な……機械の力も借りずに、人間の喉がこれほどの干渉波を……!」


 サカキが操作パネルを叩くが、システムは制御を失い、警告音を鳴らし続ける。カイは一歩ずつ、拘束されたレンへと歩み寄った。


「取り戻せ……ソウルを焦がす……熱量を!」


 カイの喉から、奇跡的に言葉が形を成した。血の混じった、しかし誰の借り物でもない、彼自身の声だ。


 その声がレンの意識の奥底に届いた瞬間、レンの脳波が爆発的に跳ね上がった。



 2. システムの崩壊と「開花」


 ドーム内のスピーカーが限界を超えて破裂し、そこから『FAKE FLOWER / REAL LIFE』の真のサビが流れ出した。


 それは、サカキが歪めたノイズではない。


 重厚なピアノ、硬いブーンバップ・ドラム。そして、カイの咆哮とレンのラップが重なり合う、生命のレクイエム。


『その花は「命」 ただそこに「生きること」――』


 聖華市の全域に、その歌が響き渡った。


 市民たちのデバイスを通じて、バイオス(感情最適化AI)のフィルターを貫き、人々の脳に「忘れていた痛み」と「激しい喜び」を同時に突き刺す。


 街中の人々が立ち止まった。 ある者は、失った恋人を思い出して涙を流し。 ある者は、自分を押し殺していた日々に怒り狂い。施設のベッドで人形のように微笑み続けていたアカリの母の瞳に、不意に、生々しい記憶の色彩が灯った。頬を伝う涙の熱さに驚いたように目を見開き、震える指先でその雫を拭った。


「……あ、あかり……?」


 モニター越しにその光景を見たアカリは、地面に手をつき、むせび泣いた。


「これが……私たちの……命……」


 サカキの野望は、彼が否定した「魂のバイブス」によって完全に粉砕された。ドームを覆っていた強化ガラスが粉々に砕け散り、外から激しい雨が降り注ぐ。降り注ぐ激しい雨は、無機質な静寂を塗り潰し、街中の至る所で生命の打楽器(パーカッション)のような音を立てていた。それは偽りの美しさを洗い流すと同時に、この街に新しいリズムを刻み込む産声のようだった。



 3. エピローグ:心音(ハートビート)


 事件から一ヶ月後。


 聖華市の空調システムは停止し、街には排気ガスの匂いや、雨上がりの土の匂いが戻っていた。人々は戸惑い、時にぶつかり合いながらも、自分の言葉で話し始めている。


 アカリは警察を辞め、母の車椅子を押して、かつての地下室を訪れた。


「カイさん、いますか?」


 地下室には、以前のような複雑なモニター群はなかった。


 代わりに、窓から差し込む陽光の中に、古びたスピーカーが置かれている。


 カイはもう、スカーフで喉を隠していなかった。


「……ああ。日向か」


 まだ掠れてはいるが、彼の声は力強く、この空間の空気を震わせている。レンの姿は、あの日を境に忽然と消えた。瓦礫の中から彼の痕跡は見つからず、ただ一曲のデータだけがネットの深層に遺されていた。しかし、カイに寂しさはなかった。風が吹くたび、路地裏にビートが響くたび、彼は親友がこの世界のどこかで、今も新しいノイズをDigし続けていることを確信していた。


「これを見て」


 カイが指差したモニターには、一つの新しい波形が映っていた。


 それは音楽ではない。街の至る所で、人々が再び感情を動かし始めたことで生まれた、不規則で、力強い、生身の鼓動の重なり。


「証明なんていらない。ただ、そこに生きること。……今のこの街には、最高のバイブスが溢れてる」


 カイが再生ボタンを押すと、重厚なピアノの旋律が静かに流れ出した。


 街の騒音、雨音、誰かの笑い声。それらすべてが新しいリズムを刻み始める。


 物語の幕が閉じる直前、スピーカーから最後の一音が響いた。


 ドクン、ドクン。


 それは、未来を刻む、確かな心音ハートビートだった。


(完)

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