第三章:Blue Memory - 封印された過去
1. 10年前のノイズ
聖華市の地下、カイの作業場に重苦しいピアノの旋律が流れる。
レンが遺した楽曲『FAKE FLOWER / REAL LIFE』。その間奏部分に隠されていたのは、現在の管理された都市では決して聴くことのできない、雑然としていながらも生命力に溢れた「街の体温」そのものだった。
「10年前……俺とレンは、この街の『心臓』に触れようとした」
カイがモニターに古い写真を表示する。そこには、まだ喉に傷のない若き日のカイと、不敵な笑みを浮かべるレンが映っていた。
「当時はまだ、バイオス(感情最適化AI)は試作段階だった。巨大資本『エーデルワイス社』は、音楽を市民の精神を管理するための『麻酔』に変えようとしていたんだ。俺たちは、奴らのサーバーをジャックして、市民の深層心理に直接「ノイズ」という名の目醒めを叩きつける、命懸けのゲリラ・ライブを計画した。だが……」
カイの指が、モニター上のノイズの塊を指す。
「計画は漏れていた。俺たちは『悪の華』のパレードの最中に襲撃された。俺は喉を焼かれ、レンは……家族であるエーデルワイス社の幹部に連れ戻された. 奴らににとって、反抗的な息子は『不良品』でしかなかったんだ」
2. 『忘却』という名の地獄
アカリはカイの言葉を否定したかったが、脳裏にはいつも微笑んでいる母親の顔が浮かんでいた。
「……私の母も、その『エーデルワイス社』が運営する聖マリア施設にいるわ。避暑地のように静かで、不快な感情なんて何一つない、天国のような場所よ」
「天国か. 日向捜査官、あんたは母さんの『本当の目』を見たことがあるか?」
カイの言葉に促されるように、二人は極秘のハッキングで聖マリア施設の内部データにアクセスした。アカリが管理者権限を使い、母親の「感情ログ」を展開する。
そこにあったのは、穏やかな日々の記録ではなかった。
母という人間を構成していた記憶の色彩が、システムの「最適化」という名の消しゴムで無惨に削り取られ、精神が断片化していく残酷なプロセスだった。
「……これ、は……」
アカリの手が震える。「喜びや悲しみのスパイク(跳ね上がり)はすべて強制的に平坦化され、そこにはノイズ一つない、不気味なほど真っ白なログが並んでいた。」 システムが推奨する言葉を喋るたびに、母親の個性が少しずつ削り取られていく。
「真実を語る舌は、凍りつくサイレンス. ……これがこの街の正体だ。不快を取り除いた先に残るのは、魂の死――『精神の自殺』なんだ」
3. 施設の闇と「フラワー・アーキテクト」
二人は施設の深部へとさらに潜入する。そこには「適応不全」と判断された人々を収容する秘密病棟が存在していた。 「監視カメラの映像に映し出されたのは、変わり果てたモデルたちの姿だった。彼女たちは無言のまま、存在しない花を摘むように虚空で指を動かし続け、その瞳には最適化された幸福の残骸だけが張り付いていた。」彼らはシステムに耐えきれず、自らの言葉を失い、ただ虚空を掴もうとしていた。
「犯人『フラワー・アーキテクト』は、ここから生まれたのかもしれない」
カイが冷徹に分析する。
「システムを作った側が、システムの限界に絶望し、真実を呼び戻すために『死』という極端なバイブレーションを用いている」
その時、ノイズに満ちた地下の静寂を切り裂き、深部から一筋の鋭い波形がモニターに走り込んだ。それはデジタルな合成音ではなく、確かに人間の喉が奏でる、重厚なバリトン― それは、レンの声だった。
『問いかけるぜ、その命の震え. ……カイ、俺をDigできるのは、お前だけだ』
「レン……!」
カイが叫ぶ。その声は、スピーカーの電子的な冷たさを突き破り、カイの鼓膜と閉ざされた喉の奥を直接震わせるかのような、凄まじい熱量を帯びていた。カイの胸は激しく波打ち、かつて失ったはずの鼓動の痛みが、耳の奥で火花のように弾けた。
レンは生きている。しかし、彼は犯人の「実験場」の最奥に囚われているか、あるいは……。
カイは楽曲のBPMを逆算し、マップ上の座標と重ね合わせた。鼓動と同期するように示された地点は一つ。エーデルワイス社が主催する式典の舞台、巨大植物園『エデン』。そこが、すべての『あだ花』が散らされる終焉の地だ。




