8.あなたのファイヤが必要です
ただ今戦闘中!
「セレフィ! この魔法障壁はどれくらい保つ?!」
「まだ平気だけど、フリージングウルフが仕掛けてきたらわかんない!」
「あいつの足止めもセレフィがやってんだろ。さすがのセレフィも魔力欠乏おこすよ!」
「アイスウルフがすごい数で……倒しても倒してもキリがない」
「ボスが死ぬかあきらめれば、アイスウルフは引くよ。フリージングウルフを何とかしないと」
「どうにもなりませんの? 何か手はありませんの?!」
マリアガさんも男子たちもわたわたしている。今は私の魔法障壁がみんなを守っているけど、私が倒れたら魔法障壁も消えてしまう。さらに、私はフリージングウルフに身体拘束魔法をかけている。拘束はできているが、暴れ狂って抵抗がすごい。魔力がじわじわ削られていくのがわかる。しかも遠いところで身体拘束魔法をかけてるってのに、こんこんと冷気がここまでやってきているのだから、とんでもない力を持つ魔物だ。
どうにかしないと。
男子たちはクライムレッドバイソン討伐の時に、かなり魔力を使っていた。現在の魔力で束になってかかっても、フリージングウルフにダメージを与えられるかどうか。かと言って、このまま持久戦に持ち込むのも悪手だ。狼一族は執拗で執念深い。私たちの魔力と体力が尽きるまで、諦めることなく攻撃してくるだろう。
今も次々とアイスウルフが体当たりしてきている。私の魔法障壁に体当たりされる度に、私の身体に衝撃が走っている。いままで気にもならなかったのは、私の魔力が豊富にあったからだろう。つまり、私の魔力も尽きようとしている?
まずい。本当にまずい。
私はルドルフ殿下から渡された魔法の杖を握りしめた。汗でぬめっているのが自分で分かった。
私が死ぬということは、魔力過多症のルドルフ殿下も無事では済まないということだ。殿下も子供の頃より体力もついて、魔力を発散する力量も備えてきてはいるが、それでも余分な魔力を取り除かなければ命に係わる。
今日は夕方までにダンジョンを終わらせて、いつものようにルドルフ殿下の魔力を取り込む予定だったのだ。こんなところで私がどうにかなるわけにはいかない。ルドルフ殿下の元に行かなくてはいけない。
フリージングウルフの弱点は何か。
当たり前に分かってるのは火、火炎だ。火魔法の使い手の男子はかなり疲弊している。もう魔力も残り少ないんだろう。額には汗が浮いていた。
火魔法はアイスウルフにも有効だから、かなり数を減らしてくれているのだ。ありがたいが、残りの魔力をぶつけてもフリージングウルフを倒すには至らない。風魔法、水魔法の使い手もいるが、フリージングウルフを倒せるような使い手ではない。
まてよ。
火魔法いるじゃんか。
ふわふわの赤い髪が目の前にある。マリアガさん、属性は火で攻撃魔法に適性ありだよね!
ファイヤかましてるの見たことあるし!
「マリアガさん、手伝って!」
「あ、あたくし?」
「マリアガさん、フリージングウルフにファイヤ撃ってくれないかな」
「あたくしがやるんですの?!」
「やるの! マリアガさん、今日は魔法一回も使ってないよね? 魔力は十分だよね?!」
「そうですけど……あんな大きな魔物、あたくしのファイヤで倒せるような魔物ではないのでは?」
「私が補助する! マリアガさんのファイヤが必要なの!」
私はルドルフ殿下の魔法の杖を掲げて見せた。くすんだ古い杖だ。マリアガさんには常々「平民にお似合いの汚い杖ですわね」と言われている。ルドルフ殿下からもらったとか絶対言わんほうがいいな、と毎回思っているが。
「この杖、コントロールはゴミですが、出力だけは一級品なんです。最近コントロールもなんとかなってきたので、私と一緒に火魔法撃ちましょう。マリアガさんの魔法に私の魔力全部乗っけますから」
「そんなことできるんですの?!」
「やったことないですけど、やらないと勝ち目ないんです!」
「そんな、何の保証もない……」
「このまま何もしなければ、ここで死ぬことは保証できます!」
マリアガさんの顔から血の気が引いた。本当に死に直面しているとようやく理解したようだった。お嬢様は状況判断がニブくて遅い!
私は男子たちと相談する。私の全力でマリアガさんに魔力を乗っけるということは、私の魔法障壁がなくなるということ。魔法障壁がなくなった瞬間に、近くにいるアイスウルフが一斉にとびかかってくるだろう。男子たちにはそれを防ぎきってもらう。
タイミングがずれると、文字通り痛い目に合う。ぶっつけ本番の作戦である。
私はマリアガさんを抱えるようにして魔法の杖を構えた。マリアガさんは私の握った杖の上のほうを両手で握った。こうしてみるとマリアガさんは細い。細いくせになんでこんなに胸と腰は豊満なんだよと、関係ないことを思う。
大丈夫、私は冷静だ。
男子たちからも準備オーケーと合図があった。
よし、やるぞ。
私はまず、フリージングウルフの身体拘束魔法を解いた。
白い巨体がぶるりと身震いした。解放されたフリージングウルフは光る双眸をこちらに向けた。すさまじい冷気が押し寄せてきた。
怒りに身を任せたフリージングウルフは飛び跳ねるようにしてから、咆哮を上げてまっすぐにこちらに駆けてきた。白い巨体が躍動している。すごく速い。すぐにたどりついてしまう。
「ま、まだですの?」
「まだ! 敵から目を離さないで」
マリアガさんの震えが伝わってくる。寒さと恐怖のせいだ。私だって怖い。男子たちがアイスウルフを私たちに近づけないよう、背後を固めてくれている。彼らだって怖いはずだ。
フリージングウルフがみるみる近づいてくる。怖い。すごく怖い。食われる。嫌な想像が頭をよぎる。
でもこの杖のコントロールは完璧じゃないんだ。外さないくらい近づかないと。
巨体が地を蹴る音がすぐそこまで近づいてきた。光る青い眼は明らかに私たちを獲物として捕らえていた。私たちを血祭りに上げる欲望が吹き寄せてくる。フリージングウルフにとって私たちは、抵抗する腹立たしい敵であり、餌になる肉でしかないのだ。
血塗られた口が私たちを狙って大きく口を開けた。鋭い牙がギラギラしながら獲物を仕留めに迫っていた。
私は魔法障壁を解除した。同時に全力で声を上げた。
「今です! ファイヤー!!!」
マリアガさんの魔法が杖を伝うのが分かる。私はそこに自分の魔力を全力で乗せた。
私は魔力を全開放するという経験を初めてした。自分の中に当然あるものが全てなくなるというのは、とても不思議な体験だった。
最後に見たのは視界を埋め尽くす炎。それがいつまでも続いたように感じられた。
暴れ狂う炎をまぶたに焼き付けたまま、魔力を使い尽くした私は、そのまま意識を失った。
セレフィ、人生初の魔力欠乏ですね。




