7.魔物焼肉隊
今回は、主に焼肉をしています。焼きたて熱々を堪能しています。
忘れないでください、魔法学校の話です。
魔法学校ダンジョン。
五階層からなり、階層を進む事に魔物の強さが強力になっていく。
一・二階層は低級魔物が出現する階層である。今回のアルバイトの内容は、一・二階層を巡回し中級魔物を目撃したら討伐すること。職務内容に照らし、低級魔物を寄せ付けない魔道具『守りの腕輪』が学校から貸与される。雑魚にかまけることなく中級魔物の排除を目的とする措置だ。
中級魔物が出たとしても、レイスだとかスケルトンサージェントのような闇属性の魔物なら、私が出張ればいいだけだ。私得意の聖魔法、ホーリーレイだのホーリーレインだのぶち込めば消えてなくなる。
我々が求めているのは、肉体を持つ魔物だ。しかもゴブリンサージェントみたいな、人型は断固お断りしたい。できれば、おっかない鳥とかでっかい豚とか凶暴なヒツジとか、そういうのが希望である。
そんな我々の前に現れたのはクライムレッドバイソンなる、牛の魔物だった。火属性なため口から火炎放射を放ち、強力な角の突き上げは人体を貫き、巨大な身体を使っての体当たりは弱い魔法結界では耐えられない、そんな力強い中級魔物である。実体のある、お肉がたんまり付いた、大きな魔物だ。
ああ、怖い。こんな悪い中級魔物はただちに討伐しなくてはいけない。一、二年生の安全のために上級生は果敢に挑むよ。絶対にここで倒さなければ。いや、倒してやる。今日がお前の命日だ。覚悟しろ、でかい牛。
やったぜ、でっかいお肉だぜ!
目の前の巨大な赤い牛が、長いツノを振り回し炎を吐きながら体当してくる。小屋くらいあるでかい体躯のくせに動きが敏捷だった。筋肉が躍動しているのが見て取れる。つまり、引き締まった赤身肉が躍動しているわけで。
雄叫びのような声を上げて、男子たちは魔法詠唱を始めた。
男子たちの魔法は素晴らしかった。攻撃も防御も授業中に見た魔法とは気迫が違っていた。あれが試験で出せたらAプラスが貰えると思う。
もちろん私も、魔法攻撃上昇・魔法防御上昇・物理防御上昇・回避上昇・詠唱速度上昇・耐熱耐冷力上昇と、持てる補助魔法を大盤振る舞いした。なんなら体力回復なんて全体回復で何度もかけてやった。普通の魔法使いなら一回の戦闘で一度か二度しか使えないやつだ。魔力量が桁違いの私にしかできない援護である。わっはっは。
我々は(嬉々として)一致団結し、クライムレッドバイソンを討ち取ったのだった。
可哀想なクライムレッドバイソンは、お肉欲にまみれた学生たちに、お肉として討伐されてしまった。
しょうがないよね。討伐するべき魔物としてひょっこり現れたのが、よりによってたまらなく美味しそうな、極上ビーフだったんだもの。
その場で男子たちは巨大な牛さんの解体を始めた。魔物解体用の道具を借りてきた男子は、実家が肉屋だそうだ。頼りになるぜ。
私は周囲に魔法で防御結界を張る。『守りの腕輪』の効果で低級魔物は私たちのことに気づかないが、さすがに触れたらバレるし、焼肉パーティ中にのこのこ入って来られても嫌だし。
討伐の間、いやそれどころか魔物を見かけるたびにキャーキャー言ってたマリアガさんが、こそっと私に近づいてきた。解体されてグロテスクな見かけになっている魔物を、一生懸命見ないようにしているのが可愛いらしい。
「あたくし、あの方々をみくびっていたかもしれません」
「男子たちのこと?」
「授業中の魔法を見てましたけど、それほど大した方はいらっしゃらないと思ってましたの。でも今回は皆さま、攻撃も防御も凄く強い魔法をたくさん使ってらして」
「そうだねえ」
「連携というんですか? 足止めをする人がいて、主に攻撃をする人がいて、回復する人がいて。魔法理論で学んだことが目の前で行われていたんです。バディではないのにすごいことだと」
「はあ」
「あの程度は連携ではない、とセレフィは思いますの?」
「えーと、私としてはある程度想定内というか。
魔法って戦闘系、防御系、回復補助系に分かれるので、役割はおのずと決まってくるんです。授業だとバディの二人だから、足りないところは補っていくしかないですけど。今回は人数がいたので、自分の役割に徹して戦えましたからね。余計な事しなくていいんで、余裕を持って討伐できたかなと」
「……そうですか」
マリアガさんが触れたことのない世界だもんなあ。
貴族のお嬢様が戦闘なんて体験することないもの。よくもまあ、ダンジョンについてきたよね。焼きたてお肉目的だろうが、女子一人の私に貸しを作りたいんだろうが、行動力は褒めていい。
男子の一人が、巨大な肉を持って私の所にやってきた。
持っていたのは、クライムレッドバイソンの巨大な舌。いわゆるベロだ。
男子はそれをほいっと私に渡してくる。
マリアガさんが肉塊を見て、ひいいいっと声を上げた。
「なんでそんなものを持ってきますの!」
「おお、うまそうなタンだね!」
「セレフィ、薄切りにしてくれる? タン元だけでいいから」
「タン先は? 歯ごたえあってうまいよ?」
「他にも食う部位が多いからさあ。美味いとこだけ食ってあとは破棄」
「うわ、もったいないね」
「これは食べ物ではありませんわ!」
ベロの形そのまんまの肉塊をマリアガさんは見ない。いや、見れない。
高貴な方は素材を見たこともないんだね。
わたしはひょいとマリアガさんの目の前にベロを掲げてみた。
「マリアガさんだって、肉牛のベロは食べたことあると思いますよ」
「あるわけないですわ! こんなグロテスクなもの食卓に上がったことありません!」
「タンシチューとか、出ません?」
「タンシチュー……時々上りますわ。わりと、それなりに、結構美味しくいただいてます」
「タンって、もとはこんな見かけですよ。タンシチューにするなら時間かけて煮込む必要がありますが」
「……そうなんですの?」
「食材のことを知っておくと、普段の食卓が楽しくなりますよ。どんなふうに調理されてこのひと皿になるのかな、とかね。
あと、食べるんならお手伝いお願いしますね」
私は牛の解体を終えて肉を一口大にぶつ切りを始めた男子の元にマリアガさんを連れて行った。肉を金串に刺すくらいのことはマリアガさんにだってできるだろう。
……結果的に、マリアガさんに生肉を素手で触るというところから体験させなければならなかったので、ものすごく時間がかかったが。
「んんー! んんー! んん、んー!」
お口の中に物を入れた状態でしゃべってはいけません。
という教育のたまもので、マリアガさんは始終うなっていた。
焼けたお肉の香ばしい香りが、辺りに漂っていた。
匂いにつられて串焼きをガン見しているマリアガさんに、焼きたて熱々をそのまま与えてみたのだ。熱いからしつこいくらいふーふーすること、口ん中火傷したら自己責任であること、肉汁こぼしたって拭いてあげないこと、などさまざまに言い聞かせてからの一口である。
ライムグリーンの目が驚愕で見開かれて、すごくキラキラしている。もぐもぐの口は止まらない。これ、絶対美味しいやつだ。
焼きたてのお肉というものを始めて食べる深窓のお嬢様、を見学していた男子たちは、満足げにそれぞれ持った肉串にかぶりついた。
「うめー!」
「うめえええ!」
「やっべ、これうますぎ!」
「誰だよこの辛味噌持ってきたやつ、天才か!」
「セレフィ、タン塩と柑橘の汁が神!」
「おい、追加焼くから。食いたい部位希望言え」
「レバー」
「ハツ」
「シロコロ」
「この珍味好き共め!」
「カルビ五本追加ー」
「ロースとハラミ」
「あたくしも同じものを!」
マリアガさんがすっかり焼肉隊に馴染んでいた。
「何ですの、この辛味噌というのは!」「あたくしこの甘口タレというものを考えた方、うちのシェフに紹介したいのですけど!」などと、反応がいちいち大げさで面白い。
その辺で生えてた回復ポーションの材料となる薬草で、焼いた肉を包んで食べたり。毒キノコに状態回復をかけて、おいしいキノコに変えて焼いてみたり。おかげで「セレフィの魔法、天才かよ」と呼ばれてみたり。魔物焼肉隊のパーティは盛大に盛り上がっていた。
初めに異変に気付いたのは、私だった。
パーティ会場(ダンジョンのど真ん中)に張った魔法障壁に、何かが当たっている。しかも、断続的に。
魔法障壁に目をやると、いくつもの目がこちらをうかがっていることに気付いた。一つや二つではない。よく見るとすごい数に囲まれていた。ときおり魔法障壁に体当たりしてくるやつもいる。
……低級魔物、アイスウルフだ。
アイスウルフは低級に分類される狼型の魔物だが、集団で襲いかかってくるので厄介な存在だ。群れのリーダーの指示のもと、執拗に追いかけてくるので、できるだけ避けたい魔物である。
おかしいな。みんな『守りの腕輪』をしているから、低級魔物は私たちに気づかないはずなのに。
『守りの腕輪』の加護は生きているはずだから、その加護をものともしない中級以上の魔物がいるということ? アイスウルフはその魔物の支配下にある?
私の様子がおかしいことに気づいた男子たちも、周囲の暗闇からこちらを窺う複数の目に気づいたようだ。一人があっと声を上げた。
「セレフィ、ダンジョンの奥……」
「ダンジョンの奥?」
「クライムレッドバイソンの残骸が、まだそのまま」
「なんで焼却処分してないのよ!」
「焼肉用の肉も食べきれないだろうから、余ったやつもまとめて処分しようと思って」
「その残骸にアイスウルフが気づいたってこと? それにしたって、守りの腕輪してるのにこっちに気づいてるの、なんでよ?」
男子の一人が青ざめた顔で手を挙げた。
「……俺、聞いた事あるんだけど。上級生でもかなわないヤバい上級魔物が、このダンジョンの最下層にいるんだって」
「なにそれ」
「そのヤバい上級魔物ってのが、フリージングウルフ。アイスウルフを手下にして組織的な攻撃をしてくる、やっかいなやつ」
「そんなのここにいるの?!」
「……いるんだよ。しかも、あそこにいる」
「はあああっ?!」
「クライムレッドバイソンの残骸、食ってる」
ひきつった顔で一点を見つめている男子の視線の先を追う。ダンジョンの奥、三階層へ下りる階段の近くだ。
アイスウルフより巨大で真っ白な狼が、食事の真っ最中だった。
フリージングウルフだった。
お肉になったクライムレッドバイソンよりは小さいが、膨大な魔力とすさまじい俊敏性を備えた魔物だ。上級魔物だから、体力も桁違い。
本格的に戦闘となると、フリージングウルフだけでなく同時に数の多いアイスウルフも相手にしなくてはならなくなる。討伐するには計画をたててもっと大勢で挑むことになるかなりの強敵、それがフリージングウルフだ。
そのお食事中のフリージングウルフが、クライムレッドバイソンの血で汚れた鼻先をこちらに向けた。真っ赤な口が私たちに向けられた途端、すさまじい冷気がやってきた。ギラギラとした青い目が私たちを認識して――
「アオーーーーーン!!!」
私たちが、獲物と認定された瞬間だった。
焼肉パーティからの、魔物との戦闘です!
しかも大物が出てきたんだけど……セレフィ、牛さんとの戦闘の時に、ぜいたくに魔法使いまくってなかったか?




