6.肉食いてえ
第二幕!
なんでだか、焼肉メインで進みます……
魔法学校の寮生は、朝夕の食事を寮の食堂でまかなう。
魔法は摂取した食事によって能力が増減すると言われている。この辺は魔法薬学との関連が深い。
魔法薬学の理論では、自分の属性に分類された食物を積極的に食事に取り入れるのが望ましい、といわれている。たとえば火属性であれば加熱した肉類、水属性であれば魚介類、土属性であれば根菜類、などといったところか。
もちろん学校の寮だから、属性別に食事を作るなど不可能だ。男女合わせて三百人以上の魔法使いの卵がいるのだから、無理もない。
そこで魔法薬学的に、満遍なく魔法に効くとされる食べ物は何かというと。
穀物と野菜。
ということで、メニューは穀物と野菜が中心のメニューが多くなる。
ロールパンと野菜スープとか。
野菜たっぷりパスタとか。
バゲットと野菜シチューとか。
野菜サンドとか。
もちろんスープにぺらっと薄いお肉が入っていたり、野菜サンドにほんの気持ち程度のツナが挟まっていたりはする。
でも、根本的に、肉が少ない。
そんなわけで寮生は慢性的に、お肉食べたい欲が高くなっているのである。
「あー……肉食いてえ……」
というクラスメイトの男子のつぶやきに、マリアガさんが眉をひそめた。ライムグリーンの瞳が少し不快そうにゆがんでいる。
マリアガさんは実家から通っているし、食うに困ることのない大貴族のご令嬢なので、この肉不足からくる身を切るような切実な響きが伝わらないのだろう。
眉を寄せたまま私に耳打ちしてきた。
「あれはなんですの? お下品ではありません?」
「ド直球の本心が漏れただけです。
私も寮生なので、気持ちはわかりますよ」
「セレフィも、肉食いてえ、なんですの?」
「食いてえ……食べたいですねえ。
ハムをたっぷり挟んだサンドイッチとか、お肉がほろほろになるまで煮たシチューとか」
「シャトーブリアンのブール・メートル・ドテルとか?」
「何その呪文。食べたことない」
ステーキの定番ですのに、とマリアガさんが言っている。くっそ、金持ち貴族め。
マリアガさんて肌ツヤいいもんな。きめの細かい肌質で髪もつやつや。何かしらボタ二カルなネイチャー的な何かを塗り込んでるのかもしれないけど、食生活がいいのは間違いない。胸もおしりもおいしそうなのは、着替えの時に確認済みだ。
でも逆に貴族だからこそ、食べたことがないものも、あるかもしれない。
例えば……魔物の肉とか。
私は育ちが田舎の孤児院なもんで、食べられるものは何でも工夫して食べる生活をしていた。郊外の草地にいる弱い魔物とかもそう。孤児院の仲間たちで罠を仕掛けて、貴重なタンパク質を確保したものだ。
そういえば、ルドルフ殿下の魔力調整係として王宮に上がってから、魔物肉なんて食べたことがない。普通に肉屋で卸している家畜肉の方がおいしいんだから、当たり前だ。
でも魔物肉だって、独特な食感と味わいで、美味しかった気がするんだけど。
「……ブラッククロウマウスの肉とか食べたいなあ」
「なんですの、それ」
「うちの地方の草原にいる、小物の魔物ですよ。ウサギくらいの大きさのネズミです」
「あなた、魔物の、それもネズミの肉を食べましたの?!」
「驚くようなことじゃないですよ。田舎の貧乏人なら当たり前」
「だって、ネズミ!」
「子供が仕掛けた罠でも捕れるんで、よく捕まえて食べましたよ。嚙まれたり引っかかれたりすると、大けがしますけどね」
「俺はアサルトボアかなあ」
先ほどの「肉食いてえ」の男子が視線を宙に向けてつぶやいた。
「でかいし凶暴だから大人が何人もかかってようやく討伐できる魔物だけど、味はうまかったな」
「あ、私も食べたことある。クセも少なくて脂のノリがすごい魔物だよね」
肉の話に引寄せられて、数人の男子がやってきた。肉って単語は男子を引き寄せるものらしい。ぱっと見たところ、全員寮生だ。
「アサルトボアは串焼きにすると最高だぜ。弾力はあるけど噛めば噛むほど味が出てくる」
「したたる脂で口がいっぱいになると、すげえ幸せになるよな」
「酸味のある柑橘絞ると、さっぱりして無限に食べられるよ」
「マジかよ。アサルトボア一頭いけるんじゃねえか」
「僕、エアロバードが食べたいな。皮をカリカリになるまで焼いたやつ」
「エアロバードなんて村に出たら大騒ぎだぞ。かまいたち使う魔鳥じゃん」
「討伐にコツがあるんだよ。それさえ知ってれば、食べ応えのある肉の塊」
「まじかー」
「食いてー」
「焼きたての肉食べたいねえ。口の中火傷しそうなやつ」
「カリッとじゅわっとジューシーなやつな」
「焼きたてじゃなきゃ味わえないからなあ」
みんなでヨダレ垂れそうな顔で宙を見上げた。ぽやんぽやんと、それぞれのお肉映像が宙に浮かんでいる。どれもこれもが湯気を立てて、脂が垂れてる肉料理。じゅるり。
マリアガさんがくいくいと制服を引っ張ってきた。まだ眉をひそめているが。
「魔物のお肉なんて、野蛮じゃありませんこと?」
「でもおいしいですよ」
「その……焼きたてって、どうやって食べますの?」
「そりゃ、コンロで炙ったり鉄板で焼いたり。野外なら焚き火で串焼きですかね」
「野外で焼いたものをお皿に移してソースをかけていただきますのね」
「んなわけないじゃん。焼きたてを串のままガブッとかぶりつくでしょ」
「く、串のまま? ガブッと? かぶりつくって、そんな……」
「マリアガさんもしかして、お肉と言ったらお皿の上でナイフとフォーク使って、でしか食べたことないの?」
私の言葉に男子たちが目を見張ってマリアガさんを見た。信じられない生き物がいると目が語っている。
気持ちはわかるぞ。でもこれが上位貴族だ。皿に乗って出てくる料理がどんな工程を経て目の前にあるのか、考えたこともない人種だ。
マリアガさんはつんと顎を上げた。
「当然ですわ。あたくし食事のマナーは完璧ですもの。どのような食材でも、優雅に上品にナイフとフォークを使って……」
「「「可哀想に」」」
マリアガさんの格上自慢は、男子たちの憐れみで地に落とされた。
目を白黒させているマリアガさんをよそに、男子たちは焼きたての肉について盛り上がっている。
「焼きたて熱々の肉ほど、美味いものはないよな!」
「皿なんていらねえよ。皿に乗せた時点で冷めるじゃん」
「焼きたてをそのままガブリッ」
「ほとばしる脂と肉汁」
「鼻に抜ける、肉の香ばしい匂い」
「焼いた肉のじゅわじゅわとした焦げ目」
「一口食べれば、全身が狂喜で震える」
「身体が肉を求めていたと理解する」
「飲み下す度にさらに口が肉を求めて止まらない」
「そこで重要なのは、肉はおかわり自由であること!」
「できればパンも!」
「それこそが正に、正義!」
「肉の神がその場に降臨し、我々に祝福を与えるであろう」
「肉を敬え」
「肉を讃えろ」
にーく、にーく、にーく、にーく!
男子のお肉コールを眺めながら、私は共感すると共に、こいつら馬鹿だなあと思って見ていた。肉が食いたい気持ちはものすごく分かる。
だけど、そんなにお肉欲高めると、寮のごはんの味がしなくなるぞ。
ふと一人の男子が、思い立ったように手を打った。
「確かさ、学校内の掲示板に、ダンジョンの清掃バイトの募集が貼られてたよね」
「ああ。浅い階層の、低級は見逃して中級魔物がいたら討伐しろっていう、清掃バイトな」
「低級魔物だけをうろつかせたい、学校の措置だね」
「一階層と二階層のみのパトロールだったから、時期的に、一・二年生のダンジョン実習のためだな」
「安全確保の対策だ」
魔法学校の地下にはダンジョンがある。
昔、とんでもなく力のある魔法使いが、小型でレベルの低いダンジョンを持ち帰って学校の地下に備え付けたらしい。王都の真ん中にある魔法学校では、魔物相手に実戦で魔法を使う機会がない。そこで校内のダンジョンで、学生に実際に経験を踏ませる場所を設けたわけだ。おまけにダンジョンから魔法素材も取れるってんだから、一石二鳥。
実際のところ、実戦は重要だ。魔物を見たこともない人間がいきなり魔物相手に魔法を使えって言っても、無理な話。大概竦んで身動きすら取れなくなる。どんな環境でも冷静に魔法を操れるようになること。それが魔法学校の目指すところだ。
そんな教育目的のダンジョンのバイトに、お肉欲にまみれた男子たちはお肉目的で額を寄せて相談していた。お肉寄りの密談となっているが、そんな素振りは表面上見せてはいない。キリリとした至極真面目な姿勢が、大変滑稽である。
「五・六年生限定でのバイトだってよ。まあ、五年の俺らなら、一・二階層は問題ないレベルのダンジョンだし」
「中級の魔物が出たら討伐か報告だけど、一・二階層ならほとんど中級なんて出ないしな」
「まあ、中級一体なら俺たちで余裕で勝てるし」
「勝てなくても、学校に報告すればバイトは達成するし」
「これはあくまで仕事だし」
この辺りから、男子たちの雲行きが変わってきた。ひそっと、お互いの出方をうかがっていた。
「一・二階層に出現の魔物といえば。
ゴブリン、コボルトが相場だ」
「まあ定番だけど」
「人型は嫌だな」
「スライム、スケルトン」
「ないわー」
「ないない」
「なんといっても、身がないな」
「ホーンラビット、ダークストレイシープ、マッドラット」
「いいぞ! 食える! いい肉だ!」
「なんなら食ったことある!」
「一体や二体や三体、低級を討伐しても気づかれまい」
「学校にはバレなきゃいい」
「後片付けはしっかりやろう」
お肉欲の目で見ると、学校のダンジョンでも肉の塊がいた。どうやら美味しいらしい。
肉の塊があるということは、創意工夫次第で魔物焼肉パーティができる。しかも男子たちのモチベーションは明らかに高い。
彼らはテキパキと物事を進め始めた。
「おれ、焼肉セット用意するわ」
「俺、魔物解体用の道具借りてくる」
「もうバイト申し込んだ方がいいよね」
「ここにいる男五人と、セレフィ足して六人な」
「よし、いいメンツだ」
「ちょっと待って。あんたたちの魔物焼肉隊に、私入ってるの?」
驚く私に、男どもは当たり前のように頷いた。
「セレフィ、魔法技術大会の回復補助部門、三年連続一位じゃん。回復のエキスパートじゃん」
「俺たちだって回復職なしでダンジョン潜るほど無謀じゃないって」
「いや、あんたたち。そもそも学校のダンジョンで焼肉しようって考え自体が、無謀でしょうが」
「だってセレフィ、魔法防御張れるし、怪我の回復に加えて状態異常もすぐに治せる。おまえは必須」
「魔物肉調理経験も、得難いスキル」
「いや、だから私を巻き込むなって」
「セレフィには肉の一番いいとこやる」
「柔らかくてジューシーな貴重部位とか」
「脂と赤身のバランスの取れた、サシの入った部分とか」
「新鮮なレバーは、臭みなんて全くないんだぜ」
……ジューシーな赤身肉……ジュワジュワの脂の乗ったサシの部位……コリコリのレバー……ヨダレが口の中から溢れんばかり……。
「……塩だけじゃ物足りないから、タレとかも用意してよ」
当たり前だっての、任せろよー。俺、東洋の『辛味噌』っていう調味料持ってくるわ。俺、ピンク岩塩持っていこう。当日の朝飯の時、パンをいくつかくすねていこうぜ。私、薬草園に忍び込んで、酸っぱい柑橘もいでくるね。今度の休日に行くか。お、いいねー。豪華ランチだぜ。肉食うぞー!
焼肉♪ 焼肉♪ 焼肉♪ 焼肉♪
うっかり男子たちとワイワイしていたら、ずずいとマリアガさんが割り込んできた。ひそめられた眉が不機嫌そうにピクピクしている。
あ、マリアガさんほったらかしで盛り上がっちゃった。もしかして機嫌を損ねたかもな。めんどくせーな、悪役令嬢。
マリアガさんはつんと顔を天井に向けながら、言い放った。強気な姿勢はいつも通りのマリアガさんだった。
「あたくしも、ダンジョンに行きます」
「えー」
「なんでー」
「俺たち呼んでないのにー」
「あたくしがいては、いけませんの?!」
「だって、野蛮でお下品で貧乏くさい魔物焼肉パーティだもん。マリアガさん、魔物肉には文句しか言ってなかったからさー」
「そもそも、あなたたちはアルバイトが主目的でしょう! 焼肉パーティ目的ではありませんのよ?
ダンジョンという閉鎖された空間に、男子五人に女子のセレフィ一人で行くなんて。どんな余計な噂を立てられるか、わかりませんことよ!」
男子五人と私はお互いの顔を眺めた。
考えていることは同じだ、という顔をしていた。
「……女子って言っても、セレフィだぞ」
「ここにいる男は誰一人として女認定してなかったセレフィだぞ」
「もしいわゆる、『女子』とダンジョン行けるなら、もうちょっとわくわくするんだけど」
「俺たちの期待は、美味い肉にしか上がってないぞ」
「セレフィ、この方たち、ろくでなしじゃありませんこと?!」
マリアガさんが怒ってくれている。ありがたい話である。
しかし、私も複数の男の中に女一人という状況に、何の違和感も躊躇いも持っていなかった。やっぱり美味いお肉に軍配が上がっていた。
そうか。世間の目からしたら、そんな状況、淫らな想像がかきたてられるのか。考えもしなかった。
とにかく! とマリアガさんは男子たちに鋭い視線を投げかけた。
「あたくしも同行することで、セレフィにあらぬ誤解で悪い噂が立たないようにいたしますから! わかりましたね!」
「……はーい」
「別に魔物のお肉に興味があるとか、火傷しそうな焼きたてのお肉とはどんなものなのかとか、やったことのないアウトドア的なイベントにわくわくっとしてるとか、そういう訳ではありませんのよ。あくまでも、セレフィのため!」
「……ほーう」
「女性として身の潔白を明らかにするために同行いたしますの! 他意はございませんのよ!」
「へー。そうか、わかったー」
「本当に分かっていらっしゃるの? その、白々しい目であたくしを見るのやめていただける?!」
必死で言い募るマリアガさんを、私も男子たちも、生暖かい気持ちで受け入れた。プライド高くて素直になれないけど、食べたことのない美味しそうなものって、興味あるよね。
わかるわかる。
建前が弱いけど必死に言い募るマリアガさんが、なんだか可愛い。
ぜひ美味しい部位を焼いて、熱々を食べさせてあげたいな。
うちの近くの焼き鳥屋さんの、辛味噌がバツグンに美味くてね……塩の焼き鳥に辛味噌つけたら、なんぼでもいける。キャベツにつけても美味い。
今回も予約投稿を利用してみました。
四話連続、毎日19時20分に投稿します。なぜ時間を刻むのか。予約投稿は10分刻みで設定できるから、なだけです。興味本位です。




