5.アレですアレ
放課後、ルドルフ殿下の魔力譲渡のため男子寮に向かうと、いつものように護衛さんが殿下の部屋まで付き添ってくれた。さすがに男子寮内を女子一人で歩かせるわけにはいかないので、毎回男性の護衛さんがつくのだ。
顔見知りの護衛さんは、なんだかいつもより青い顔して私に声をかけてきた。
「殿下がお怒りだぞ、セレフィ」
「なんでっ」
「とある情報を得た瞬間から、ヴィクターは殿下の前でずっと正座してる」
「ヴィクターさんが正座っ。
……あのう、とある情報って」
「おめでとう、クラス内公認カップルの片割れ。ラブラブの気分はどうだ?」
「ぬああっ! なんでそれを!」
「ヴィクターが昨日、殿下の発熱を受けて教室へお前を呼びに行ったからだろ。ただそれだけで、これだ。
おれだって明日は我が身だからな。ほんとに、昨日お前を呼びに行かなくてよかった」
ほら、きっちり釈明してこい、と護衛さんは殿下の部屋のドアをノックした。
室内には数人の護衛さんと正座したヴィクターさん。ヴィクターさん、昨日の今日で、なんだか老けましたね!
それに、ソファで足を組んで、にこやかに怒っていらっしゃるルドルフ殿下。
うわあ、怒ってるううう! すんごい、にこやか!
目の笑ってない、にこやかな殿下。
怖いいい!
「やあ、セレフィ。君に恋人ができたそうだね」
「そんなもん、いません!」
「まさか、私の護衛と愛を育んでいたとは思わなかったよ」
「「違います!」」
「ほう。二人で声を揃えて。仲のいいことだね」
「殿下、話を聞いてください」
「言い訳したら許されるとでも思ってる?」
ルドルフ殿下は優雅ににこりと笑った。お美しいのになぜここまで冷え冷えして見えるのだろう。
……怖えええぇぇぇ。
しかも殿下、聞く耳持ってないじゃん。
そりゃあまあ殿下に聞く耳があれば、ヴィクターさんがとっくに説明して事なきを得てるよね。正座なんかしてないよね。
こんな話を聞かない人、どっかの悪役令嬢と一緒だよ。
こりゃあダメだと悟った私は覚悟を決めた。勢いよくルドルフ殿下の足元にひれ伏した。私自慢の、流れるようなきれいな五体投地だ。なりふりなんて構ってられない。ここはもう、最終手段に出ることにする。
私の隠された秘技。いや、隠されたんじゃなく表立って言えないだけだが。
喋りながらこの場を何とかする方法を考える、ぶっつけ本番リアリティ口八丁である。
「殿下、まことに大変、僭越ではございますが!」
「なんだ」
「私ごときがこんなお願いをするのは畏れ多いと存じておりますが。怒られること覚悟の上で申し上げます。どうか、どうかこの場の、お人払いをお願いします!」
「なぜ」
「殿下は魔力過多のため冷静さを失っているものと思われます。早急な魔力譲渡が必要です。いやもう、すぐにでも大量の魔力を吸い上げないと」
「そうだろうか」
「そうに決まってます。いつもの殿下ではございません!
それゆえに秘伝の魔力譲渡術、かつて封印された、あの、いわゆる、アレ。アレ
を行いたいと思い」
「……アレ」
「えーとそうです、アレですアレ。いにしえの、古式ゆかしいアレですよ。
アレにて殿下のお心を鎮め、お身体のご不快を楽にできれば重畳でございます! アレはアレですので繊細な調整と集中力が必要です。アレしてみて、なんか痛かったら嫌じゃないですか。
なので、ぜひともどうにか、頼むから思い切って、お人払いを!」
ルドルフ殿下は少し悩むようにして、護衛さんたちに向けてそっと手を払った。
護衛さんたちは一礼して、黙って部屋を出て行った。足の痺れたヴィクターさんは、人の手を借りながらの退室だったけど。
誰もいなくなったことを確認して、私は五体投地からそろーっと立ち上がった。
アレについては、先程なんとか思いついた。上手く殿下を誤魔化されればそれでいい。それでだめなら再び五体投地からのリベンジ口八丁だ。
鋭い目つきの表情のない殿下に近づく。やだもう超怖い。
「失礼しまーす」と小声で声をかけて、私はソファに膝立ちになった。
殿下の背後にあるソファの背もたれに手を置いた。ルドルフ殿下の身体に触れないように気を付けながら、殿下の額と、私の額をくっつけた。私はそのまま目を閉じた。
私の額に、殿下の魔力が流れ込んできた。
殿下に初めてお会いしたのは七年前。その日から、私たちは毎日魔力譲渡を行うことになった。毎日手をつないでじっと魔力を取り込んでいたのだが、ものすごく暇である。なにせ十歳と十一歳の遊び盛りの子供だ。魔力過多の負担も軽くなり、殿下もかなり活発になってきていた頃だった。
私たちは魔力譲渡の方法を、いろいろ試してみることにした。
服を挟むと魔力はよく流れないので、素肌を合わせる方がいい。てのひらはいつもやってるから、前腕をくっつけてみよう。肘を合わせたときはすごくビリビリしたので、二度とやらないことにして。足の裏もゾワゾワして面白かったけど、額はもっと面白い。顔中がぽやぽやじんじんして、額だけ熱くなる。頭から全身に魔力が巡っていくのがわかる。すぐ目の前にあるロイヤルブルーの瞳がにいっと細められて、「おでこペタン、面白いね」って笑っていた。小さい殿下が楽しそうにしてるのがうれしくて、私も声を上げて笑った。
もちろんすぐに見つかって、私は大目玉をくらったけど。
平民が王族のベッドに上がり込んで畏れ多くも殿下の顔に触れるとは何事か! と偉そうな女官にすごく怒られたのだ。
殿下がかばってくれたおかげで罪にはならなかったけど、楽しい遊びを取られた不満は二人に残った。こっそり「またアレやりたいね」と内緒話をすることもあった。
七年ぶりの『アレ』である。アレ、という単語を連呼して思い出したのだ。
ルドルフ殿下の額から私に魔力が流れ込んでくる。顔中がじんじんとして火照ってくる。触れた額が熱を感じる。頭の奥がじんとして体中に魔力がかけ巡る感覚。
久しぶりの感覚だ。てのひらより多くの魔力が供給されているのが今ならわかる。すごい魔力量だ。この魔力が殿下を苦しめているんだ……
「セレフィ、目を開けて」
殿下の言葉で私は目を開いた。
とんでもない近さで、ロイヤルブルーの瞳が光っていた。長い金色のまつげが瞬きして、私を見ている。
うわ……これは。きれい。
「この距離でセレフィを見るのは久しぶりだ」
「七年ぶり、ですね」
「やっぱり、額からの魔力譲渡は面白いね」
「殿下の魔力、こんなに熱かったんですね」
「額だとセレフィをより近くに感じられる」
「これ、女官長には内緒ですよ?」
「わかってる」
くすくすと殿下と笑いあう。
王宮にいるおばあちゃん女官長はすぐ怒るから、女官長には内緒、っていう遊びも当時はいっぱい考えた。大抵バレて私が怒られてたけど。
幼い頃の私たちはこういう距離感だった。魔力譲渡が前提だけど、なんでも思ったことは口にできる間柄だった。十二歳で殿下が魔法学校に入学してから、その距離は遠のいていったけど。
あの頃の……子供のころに戻ったみたいだ。
いたずら好きの子供のような目で、殿下は私を見た。子供のころの面影が確かに殿下にあった。
「護衛たちは、私たちが何をしているのか気を揉んでいるかな」
「そうですね。殿下が怒りに任せて私を魔法でくびり殺してなきゃいいけど、とか思ってるんじゃないですか」
「ひどいな。私はそんなに残虐じゃない」
「どっちかっていうと冷酷ですかね。綺麗な顔して容赦なく断罪する神のような冷たさというか」
「私は優しいよ?」
ほう、優しいってか。
私はじとっと、近距離の殿下を見つめた。
「優しい殿下は、ヴィクターさんをどうするつもりでした?」
「そうだね。ヴィクターの実家は天領地の隣だから接収して爵位は降爵、ヴィクター自身は辺境の警備隊にでも追放かな」
「……ほら、全然優しくなんてない」
「もちろん、噂が故意であったなら、だよ。
ヴィクターは巻き込まれたんだろう」
「わかってらっしゃるなら、長時間正座なんてさせなきゃいいのに。
ヴィクターさんは、昨日の殿下の発熱を受けて、私を教室まで迎えに来てくれただけです」
「そうなのか」
絶対分かってたくせに。
ちょっと腹立たしいから、ヴィクターさんに当たったんだよね。急に子供みたいになって人に当たるなんて。
私は殿下をチラリと睨んだ。
「そうですよ。ヴィクターさん以外の人が迎えに来たら、その人が私の恋人だって噂になったんじゃないですか。
なんせお迎えの現場を目撃したのは、マリアガさんですから」
「……噂を広めたのは、悪役令嬢か」
「教室でもエライ目に会いました。ヴィクターさんが恋人だってことが前提で話が進んでいって、彼氏じゃない違うんだって言っても全然聞いてもらえなくて」
「へえ」
「マリアガさんがそんなだから。
ある貴族のクラスメイトにですね、『お幸せにね♡』とか言われたんですよ。思わずうるせえって返しちゃうじゃないですか。そしたら、何てひどいこと言うの絶望的な絶壁のくせに! とかいらんこと言うから、やかましいわ乳牛クラスのデカおっぱいめミルク搾って縮めてみろよって返したんですけど、ひどい私悪くないのにどうしてこんなこと言われなきゃならないのって泣かれて、結局私が悪者になったんです。
私そんなに悪いですかね?」
「うん。口が悪いね」
「悪いか、そうか悪いのは私か!」
殿下がくすくす笑っている。凍てついていたロイヤルブルーの瞳が柔和に細められている。よかった、いつものルドルフ殿下だ。
殿下の誤解も解けたようだし、魔力もかなり取り込んだし。私はそっと殿下から額を離した。
長い時間額をくっつけていたせいで、殿下のおでこが赤くなっている。ちょっとお間抜けだ。その赤い跡を隠そうと、私は殿下の金色の前髪を寄せた。
ルドルフ殿下は、髪に触れる私の手を取った。そのまま私の頬に手を伸ばしてくる。優しく頬を触れられて、私はどきりとした。殿下がこんな風に私に触れてきたことはない。優しい触れ方だけど、拒絶できる気がしない。ちょっと上を向かされる。
何? これ何? どういうこと?
真面目な表情を作った殿下が、私に顔を寄せてきた。
「……一応、念のため聞いておくけど。
セレフィはヴィクターのこと、なんとも思ってないんだね」
「お、思ってません。思ったこともありません」
「ヴィクターもそう言ってた。では今回の件は、本当にマリアガルテ嬢とその取り巻きの暴走だったんだね」
「その通りです。
……よかったです、誤解が解けて」
「そうだね、本当に。
私を裏切ったらどんな目に会うか、その身をもって知るところだったね」
「へっ?」
「セレフィは私のものなんだから。
私から奪おうとするならば、それ相応の痛みを感じてもらわなきゃ」
「殿下」
「それは、セレフィも同じだからね」
近すぎるルドルフ殿下の顔がさらに近づいてきて、私は固まった。
殿下が近づいてくる。殿下との距離が縮まる。触れそうになる。
なんだこれ。
なんだこれ、なんだこれ。
近い近い近すぎる、これは主と臣下の距離じゃない。
こんなの知らない。こんな殿下見たことない!
そのタイミングで遠慮がちなノック音がした。
ルドルフ殿下はすっと私から離れて、「入れ」と声をかけた。
護衛さんが恐縮しながらドアを細目に開けた。
「……ルドルフ殿下、魔法局長との面会のお時間です」
「分かった。執務室に通せ。
セレフィ、ご苦労。下がっていい」
「……かしこまりました」
唐突にお仕事モードになった殿下に、私は深々と頭を下げた。殿下の顔が見れなくなってホッとする。
なんだよ、変わり身早いよ殿下。こっちはまだ心臓がバクバクしてるってのに。いきなりわけのわからん行動取るんじゃないよ。
そのままぎくしゃくと出ていこうとする私を、殿下が呼び止めた。
「セレフィ、あの悪役令嬢はまだまだ改造が必要だね。さらに改良を重ねろ」
「うええ」
「少なくとも、私を不快にさせることのないように。今回はとても不愉快だった」
「……はい。全力をつくします」
ルドルフ殿下を怒らせることだけはしない。
だって、めちゃくちゃ怖いもん。怖いうえに……予想外な感じなんだもん。いまだに意味わかんないもん。
殿下は何を思ってあんな……あんな、ねえ。
私はぐちゃぐちゃな感情を持て余したまま、とぼとぼと男子寮を後にした。
ところで。どうしてルドルフ殿下はあんなに怒ってたんだ?
みなさん、お気づきでしょうか。
ヤンデレが少し垣間見れました……
五話連続の予約投稿はここまでです。
続きが纏まりましたら、また投稿します!
また読んでいただけたら嬉しいです!!




