21.聖女を魔改造
王族は、王室の宝物について学ぶ機会がある。
魔力過多症の症状が落ち着き、ベッドから出ることを許された十一歳のルドルフ殿下は、少しずつ王子としての教育を進めていた。宝物庫で宝物の一つ一つの説明を受けていたルドルフ殿下は、ある日、一本の魔法の杖と出会う。
稀代の聖女、聖女アニエスの杖だ。
そもそもアニエスという聖女は抜きんでた魔力量と聖魔法の強さで、他の聖女とは一線を画していたと伝えられていた。あまりにも常識はずれなアニエスの功績は、おとぎ話のような逸話も多い。
魔物の出現に悩まされていた村にまるごと祝福を与え魔物の侵入を防いだとか。けが人が多発した大規模な工事の現場で杖の一振りで全員を治したとか。魔族の侵略から杖一本で国を守り、その眷属を封印したとか。
ルドルフ殿下は臣下から説明を聞きながら、心の中でこっそり思っていた。
(そういう人なら、私は知ってる)
すさまじい魔力量、強い聖魔法使い、慣例に囚われない発想の持ち主。
(セレフィは聖女アニエスみたい。セレフィなら聖女みたいになれるのに)
聖女みたい、ではなくて、聖女になってしまえばいい。セレフィが聖女になったら、そうしたら――
(セレフィを聖女にしよう)
ルドルフ殿下は聖女アニエスの杖の、精巧なレプリカを用意し、自分の魔力を充填しておいた。それを隙を見て王室の宝物庫で入れ替えた。
秘密裏に魔法局長と会談し、聖女の製造を打診した。二百年ほど聖女は降臨していないところに、聖女が誕生したらとてつもなく話題となる。それに携わることができれば、魔法局長としての地位は安泰だ。魔法局長は全面的にルドルフ殿下の提案にのった。
聖女アニエスの魔法の杖を完璧に扱える人間が現れれば、それは聖女と認定できる。ルドルフ殿下は魔法局長と共にひそやかに認可をおろし、アニエスの杖の成長を見守っていた――
「そして、強力な聖魔法を放つと共に、アニエスの杖はセレフィの魔力で満たされた。セレフィは聖女と認定された」
「でんかあああ!」
「何?」
「私、それ、そんなの、一個、も、聞いて、ない!」
「せレフィ、なんだか言葉がたどたどしいよ。どうしたの?」
「動揺してるに決まってんでしょ!」
殿下の策略で、私が聖女に仕立て上げられてる!
先に言っておけよ……と思ったが、先に言われたら速攻お断りする。断固としてやめろって言うな。さすが殿下、私が断ることを完全に見越してた。
それにしても、なんでそこまでして、私を聖女に仕立てあげたいかな? 特別殿下に得するの事も、有利な事もないような気がするんだけど。聖女を抱える国になるってことで、殿下の国からの評価は上がるとか……。そういう功績を誇るようなこと、殿下は興味なさそうなんだけどな。
ルドルフ殿下は、ふいにとろりと甘い顔をした。柔らかく私の髪に触れてくる。殿下のなめらかな指が、私の茶色の髪をすくった。
「聖女アニエスの正式名は、アニエス・グレイテス・ホーリー・ゴールデンガイヤという」
「あー、そうですね。たしか教科書に書いてあった気がします」
「ところで、せレフィは私の正式な名を知ってる?」
「バカにしてんですか?
ルドルフ・ヴァリアエル・フォン・ゴールデンガイヤ第四王子でん、か……あれ?
ゴールデンガイヤ?」
「歴代の聖女は、王室に嫁いでいるんだ。聖女の血を王家に取り込みたい、ご先祖さまの策略だね」
「……あ」
ルドルフ殿下はにこりと微笑んだ。
私の髪を指に絡めたまま。
「ちなみに私の兄たちは、既婚か、すでに婚約者がいる」
「存じてます。この国の王子様で婚約者がいらっしゃらないのはルドルフ殿下だけです。だから、マリアガさんが婚約者候補だって」
「今言ったよね。歴代の聖女は王室に嫁いでいるって」
「はい。聖女は王室に嫁ぐ……んん?」
「セレフィは聖女と認定されたから、王室に嫁がなくてはね」
「え? あれ? それって……」
「すでに父上……国王陛下には打診済み。しかもかなり乗り気だし。
過去に前例があったから話が早くていいよね。強欲なご先祖さまに感謝しなくちゃ」
「ちょっと待って。かなり待って。それって、つまり」
「私の正妃は、セレフィ。君だよ」
太陽もかくやというほど輝かしい笑顔で、のたまうルドルフ殿下。
いや。
いやいやいや。
おかしいって! 私が殿下の……なんておかしいって。ありえないって!
動揺して口をパクパクしかできない私を、殿下はおかしそうに見つめてきた。……今日はなんだか、いつもと違って視線が執拗だ。いたたまれなくなるくらい見つめてくる。
「私は初めから、セレフィ以外を娶る気はなかったから」
「は、初めからって」
「出会って、会話ができるようになってから、かな」
「殿下、いくつの時ですか」
「十一、か」
「本当に出会ったばっかの時じゃないですか!」
「せレフィが、私の世界を変えたんだ」
ルドルフ殿下は懐かしそうに目を細めた。
出会った頃の幼い殿下が、私の適当な話をキラキラした目で聞いていたことを、私も思い出していた。
すべてはセレフィを正妃にするための策謀です。殿下が長く計画していた、聖女計画がついに実を結ぶ時。
はい、このヤンデレ、気が長い!




