2.魔法実習
「いったいどういうことですのっ?」
「実技試験に、失敗しました。来週、再試験になります」
「あなた何やってるのよ! あたくし試験に落ちるなんて生まれて初めての経験よ! あたくしの経歴に泥を塗ったわね!」
「マリアガさん、何もしないから」
「こういう時は付き人のあなたがなんとかするべきじゃなくて?!」
「私、付き人じゃないですし」
「百歩譲ってバディでしょう?!」
なのにどうしてそういうことになったんですのっ?! ってキンキン声で怒鳴らないでほしい。しょうがないじゃん、失敗したんだから。
私は更衣室でマリアガさんに八つ当たりされていた。怒鳴ってないで早く着替えた方がいいよ。次の授業もあるんで。
今日の実技は動体射撃試験だった。自由に空を飛ぶいくつもの円盤を魔法で撃ち落とす、という試験だ。
我が国は魔物の襲来に脅かされていた過去がある。今でも地方で時々魔物の出没はニュースになったりもする。対魔物戦については魔法が有効であるという実績があるため、魔法学校では魔法戦闘に関する実技は必修科目になっている。実際に戦闘系の魔法が得意な生徒は軍の魔法隊に入隊する人も多い。めっちゃ給料いいし。
だけどねえ、魔法って向き不向きがあるのよ。
私は聖魔法と呼ばれる浄化魔法とか、治癒魔法・防御魔法は鼻歌交じりでできるんだけど、戦闘系の魔法は苦手。弱いやつを撃てないわけじゃないけど、当たらない。
しかも、身近にいるやんごとなきお方に、魔法の杖をプレゼントされていて。「ちょっと扱いは難しいけど出力の強い杖なんだよ」と、高貴な微笑みとともに下賜された杖がある。その、出力の高い魔法の杖ってやつは、コントロールがとんでもなく難しすぎた。今日も見事に空振りの連続だったし。
しかし、王族から下賜された魔法の杖を、使いにくいから使わない、という選択肢はないのだ。
私は実習着を脱ぎ始めたマリアガさんに目を向けた。さすがのマリアガさんも、次の授業は座学だから実習着から制服に着替えなきゃいけない、ってことに気づいたらしい。
おお、さすが貴族のマリアガさん、すんごい高そうな下着着てる。レースとかふんだんに使われて、しかもなんだかキラキラもついてるやつだ。
しかも下着の中身なんて、ちょっとお目にかかれないくらいのアレである。溢れんばかりのボリュームである。うっわあすごーい大きーいどうなってんのあれー、と私は心の中で大はしゃぎした。
ルドルフ殿下。マリアガさんは、脱いだら極上のすごくアレな人ですよ。
私は彼女に比べて可哀そうなくらいまっっっすぐな自分の身体に、テキパキと制服を纏わせながら、マリアガさんに言った。
「普通バディ組むときは、お互いの得手不得手を補える相手を選ぶんです。実技試験はバディで受けるから、スムーズに単位が取れるように。
バディ決めの時、みんな相談しあってませんでした?」
「……ちょっと、内容まで聞いていなかったけれど。盛んに会話はしてましたわね」
「みんな、お互いの爵位とか聞いてたんじゃないんですよ。
戦闘系なのか、防御系なのか、回復補助系なのか。どっちも使えるなんて言ったらその人のこと奪い合いですね。自分が楽できるから」
「そ、そんな大事なことを話してましたの、あの時!」
「……私もその場にいたかったですよ」
仮病使った殿下のせいでさ。バディ決め交渉の現場にも立てなかったじゃないか。回復・防御寄りの私は、どうしたって攻撃魔法系のバディがほしかったのに。
マリアガさんは攻撃魔法に適性あるのに回復系を目指してる変わり種なんだもん。婚約者様のご病気を治す一助になればっ、とかキラキラした目で言っていた。まだ婚約もしてないのに。
とりあえず殿下の病気の手助けしたいなら、殿下の病気の事をよく知ってから言って欲しいよね。ルドルフ殿下に回復魔法かけても、治らないどころか魔力過多になって症状悪化するよ。
私は不満そうなマリアガさんを急かして更衣室を出た。
そこにたまたま居合わせたのは、実習着姿のルドルフ殿下と、お付きの人たちだ。殿下は淡い金髪を一括りにしていて、すっきりとした顔のラインを顕にしていた。そうしていると、なんだかいつもより男らしく精悍なご様子である。きれいな人、よりも、いい男って感じだ。
ルドルフ殿下が実習参加とは珍しい。今日はかなり体調がいいようだ。実習の足りない単位は、大体特別補習という名の個人レッスンで取ってるのに。
実習着のルドルフ殿下を目の前にして、にわかに盛り上がったのはマリアガさんだ。目がバチバチのギラギラに輝いて、頬が紅潮している。恋する乙女、圧が強い。両手を胸の前で組んでずいずいと殿下に近づいた。
「まあああ、ルドルフ殿下あああ!!!
こんな所でお会い出来るなんてっっっ。光栄でございますわっっっ」
「やあ、マリアガルテ嬢。かなり魔法学校にもなじんでいるようだね」
「もう、それについてはゆっくり殿下とお話したいですわ。だってバディになった平民の子が全く使えないんですの。あたくしは寛容な質ですから、少しずつ魔法のなんたるかを教えていくつもりですけれど」
「そう」
「必要な時に魔法の使えない魔法使いなど、世の中で何の役にも立ちませんことよ。あたくし、身分の差など気にせずにあの子にしっかりと社会性を備えた立派な魔法使いになれるよう指導をしていきたいと考えてますの」
「ほう」
「だって聞いていただけます、ルドルフ殿下。今回の動体射撃試験で、あの子ったら一つも的に当てることもなくて……」
「マリアガルテ嬢」
「なんでしょう、ルドルフ殿下」
「君のバディ、すごい勢いで一般棟に向けて走り出してるけど、大丈夫?」
「ええっ???」
私は殿下たちの会話を尻目に実習着の入った袋を抱えてダッシュを開始していた。次の授業は一般棟五号棟の五階の教室だ。実習棟から最も遠い上に、遅刻に厳しい魔法史のルン先生の授業だ。休み時間十分以内で、実習着から制服に着替え・ロッカーに実習着ぶち込み教科書ゲット・五階まで階段猛ダッシュ、をこなさなければいけない最も過酷な移動のタイミングなのだ。週一のこの移動はクラスの間で『強制ブートキャンプ』と呼ばれ、カリキュラムの山場として忌み嫌われている。
「ちょっと、セレフィーーー???」
「ルン先生は遅刻したら、マイナス一点」
「ええええーーー???」
「殿下、御前失礼しまーすっ」
「ああ」
「ちょっと、お待ちなさいよセレフィ!!!」
置いていかないでえええ! というマリアガさんの悲鳴を背に、私は一般棟にむけてさらに加速を開始した。
体育の後の特別教室とか、大変だった気がする……




