19.格好をつける
私が新たに魔法を重ねようと、魔法の杖を構えなおした時だ。
目の前に淡い金髪が割り込んできた。私の顔より高い位置から、軽やかな魔法詠唱が聞こえてくる。私を背に庇って、優美に魔法の杖が振られた。
「水の檻」
大量の水が螺旋を描くようにケルベロスを飲み込み、その黒い巨体を覆いつくした。球状になった水の中に、ケルベロスが閉じ込められていく。三つの頭が苦しげにのたうっていた。
ルドルフ殿下だ。
ルドルフ殿下の水魔法だ。殿下のここまでの巨大魔法を見るのは初めてのことだ。この質量の水を操るなんて、さすがの魔力です、殿下。
「セレフィ、これはどうなっている?」
「殿下こそ、なんでここに」
「君がエリザベス姫と喧嘩していると連絡が来たら、私が止めに行くしかないだろう」
「言われてみれば」
「今はそんな軽口叩いている場合じゃないと思うけど?」
お綺麗な顔をさらしながら、ルドルフ殿下は水球を大きくしていく。さらに質量を増やしていくなんて、どんだけ強い魔法だよ。
私の放つ身体拘束魔法への抵抗が弱くなっていく。殿下の水の檻が私の拘束魔法より効果があるんだ。私の負担を減らすための魔法ですか、殿下。
くそ、かっこいいな。
殿下は私に向けて片頬を上げた。
「聖女アニエスが、魔物を封印した箇所に噴水を設置したんだ。水に意味がないわけがないだろう」
「ケルベロスは水が弱点ってことですか」
「弱点とまでは言い切れないが、得意ではなさそうだな。
セレフィ、状況説明」
「エリザベス姫様の魔法の杖が暴走しました。姫様の意思に反して魔力弾を乱発し、姫様の手を離れた後、そのまま空を切り聖女像に刺さりました。聖女像が壊れた途端、黒いモヤが出初めて」
「聖女アニエスの封印が解かれたのか。エリザベス姫の杖にも何かあるだろうな」
離れた場所で、エリザベス姫様が青ざめた顔をしているのが見えた。殿下の読み通りのようだ。
かたわらでマリアガさんが杖を構えているのも見えた。エリザベス姫様を守るつもりだ。他に姫様の護衛さんもいるけど、マリアガさんの意思が頼もしい。
くっと、ルドルフ殿下の表情がゆがんだ。ケルベロスが聖女像から下半身を引きずり出し、全身を表したところだった。モヤを纏っているが、身体は完全に具現化している。三つの黒い犬の頭がこちらにむけて威嚇してきた。ライオンの身体は油断なく殿下に向き、たてがみの蛇は鎌首をもたげ、長い竜の尾は何度も己を囲む水の膜に向けて叩き下ろされていた。大きい、長い尾まで含めば庶民の家一軒分くらいある獣である。
その巨体が聖女アニエスの封印から解き放たれ、殿下の魔法一つで抑えられているのだ。殿下の負担は相当だろう。
眉をひそめて魔法を維持する殿下を見て、私は必死に考えた。殿下だってずっと魔法を放ち続けることはできない。どんなサポートをすれば殿下の役に立つのか。殿下の手助けになるのか。考えないと。何とかしないと。
私は手に馴染んだ古い魔法の杖を握りなおした。
早く殿下をお助けしないと!
殿下の負担をなくすにはどうしたらいい。殿下の魔法はケルベロスを抑えつけているだけで、ダメージを与えているわけではない。魔力過多症とは言え、これだけ大規模な魔法を維持するのは不可能だ。そして、殿下の魔力が途切れた途端、ケルベロスが襲いかかるのはルドルフ殿下だ。あいつはすでに殿下を敵として認識し、殿下に狙いを定めている。殿下から目を逸らしていない。
どうしたらいいんだ。
ケルベロスの弱点。水は苦手みたいだけど、行動を阻害するくらいでダメージを与えられるわけではない。誰か他の人に水魔法を重ねて撃ってもらっても、おそらく意味がない。
ケルベロスが火炎放射ができるなら、火魔法も無効。
同様に毒も効かない。
氷結魔法は……水から解き放たれて襲いかかってきそうだし。土魔法・風魔法は殿下の水の檻があっては効果が半減だ。
いろんな属性の魔法を考えたけど、今有効な魔法が分からない。
じゃあ、三百年前の聖女アニエスは、どうやって魔族を撃退したんだ。ケルベロスだって封印できてた。どんな手段で魔族を攻撃した。なんの力を使ったんだ。そんな大事なことは魔法史ではやってなかった。授業で聞いたことがない。そこは具体的に伝えとけよ、昔の偉い人!
聖女の力ってなんだ。聖女だって魔法使いみたいなもんでしょう? 聖女の魔法って何なんだ。
焦った私は、手にした魔法の杖を落としかけた。
……が、杖は手に張り付いたまま。私の手にへばりついていた。さっきのエリザベス姫様の杖みたいだ。
なんだこの杖。だけど手に馴染んだ感覚は確かだ。私は長く、この感触を知っている。それなりにこの杖を信頼している。
自分の手に張り付いた魔法の杖を、私は呆然と見つめた。
殿下のくれた私の古ぼけた魔法の杖は、なんだか光っているように見えた。やわらかなアイボリーの、まぶしくない、優しい光だ。なんだかその光に見覚えがある。
回復魔法を使うとき、アンデッドに対しての攻撃の時、同じような光を杖が発していた気がする。感覚的なもので、本当は光ってないのかもしれないが、私にはそう見える。
魔法の杖が意思を持っているかのように、ぶるりと震えた。
魔族の倒し方なら、杖が知っている。
杖が私に命じてくる。魔法の杖がルドルフ殿下の傍に寄れという。
私は殿下の傍に寄り添って、殿下の水魔法を維持し続けている杖と、自分の杖を重ねた。驚く殿下に「しっ!」って言って黙らせて、私は魔法の杖に魔力を乗せる。
殿下は訳が分からないまま、二本の杖と私の手を握り込んでくれた。大喜びで魔力を食らう魔法の杖に、私は働けと念じた。そうだ、私の言うことを聞かないこの杖は、とんでもなく魔力食らいだ。ずっと空腹で機嫌が悪くて、コントロールできなかったのだ。
たらふく魔力を食ったのなら、そのぶんちゃんと仕事してよね。
わかってるよね。魔法の杖の言う通りやってやるから。
殿下の水魔法、その水を――水の質を変えてやる。殿下の作ってくれた水の檻を利用して、ケルベロスへの攻撃に変えてやる。魔法の杖がやりたいのは、そういうことでしょう!
「聖水になれ!」
私はケルベロスを捕らえた水球に、聖なる魔法を注ぎ込んだ。水球の中の水を、聖水に変えてやるんだ。魔属性のケルベロスがただでさえ苦手な水の中、高濃度の聖水にさらされたらどうにもできまい。凄まじい水量だけど、全力でやってやる。聖なる力でねじ伏せてやる。早く弱れ、くたばれ。
異変に気付いたケルベロスが暴れまくるのを、殿下は真剣な面持ちで制御していた。私だって必死だ。持てる魔力をガンガンつぎ込んで聖水化しているのに、ケルベロスはまだ大暴れしている。どんだけ耐久力あるのよ。
くらりと魔力切れの感覚がした私を、ルドルフ殿下が支えた。
「顔、よこせ」
珍しい殿下の焦った声がして、私は殿下に顔を向けた。後ろ頭を抑えつけられておでこがピタリとつけられた。殿下から、いつものように大量の魔力が送られてくる。あ、すごい魔力量。魔力が全身に巡る。気持ちいい。
殿下がケルベロスから目を逸らさないまま、魔法の杖を握る私の手を強く掴んだ。その真剣な目はいつもの殿下じゃないみたい。なんだか、すごく……男の人。
「コントロールは私がする。セレフィは魔法を続けることに集中しろ」
「殿下……」
「魔力欠乏など起こさせない。私がいる。だから全力で放て」
「殿下のくせに……今日はなんで、おきれいじゃなくて、格好いいんですか」
いつも、おきれいで麗しい人なのに。
余裕があって落ち着いていて、慌てたり必死になったりするところなんて誰にも見せないのに。
今日は男らしくて格好良くて、見ているとドキドキするくらい真剣で。同じルドルフ殿下とは思えないくらいだ。
ルドルフ殿下は力を込めて額を寄せてきた。
セレフィ、と聞き取れないくらいの小声が、私の耳に流れ込んできた。
「男はね、好きな女性の前では恰好つけたがるものだよ」
「で、でんか……!」
「特に、本気で惚れた女性が、とてつもなくいい女に見えたときにはね」
「……それって」
「やれ、セレフィ。反論は許さない」
……好きな女性。
好きな女。
わあ……。
わあ。
わ――――――!!!
……私、のことですか???
ルドルフ殿下が好きなのは、私!!!
殿下の今までの、おかしないたずらやちょっかいが、からかいじゃなくて本気の行動だったってこと。
全部好きから行われた、アレでナニってわけ??
抱きしめられたり髪をなでられたり、キ、キスとかされたから、うっすらそんな気も、しないでもないかもしれないけど、そうかなあ、ってことにしてたんけど。
もやもやっ、とさせてたのに。ふんわり流していたのに。
今言うか――――今なのか?
すべては気付かないふりをし続けた私のせいなのか? もっと他にいいシチュエーションはなかったのか???
ていうか、好きって。ルドルフ殿下が、好きって。本気で惚れたって……ぎゃ―――――!!!
衝撃でぶっ飛んだ脳のせいだろう。
私は今までにない最大出力で、聖魔法をぶっ放していた。
ようやく殿下に、好き、と言わせました。
高貴な方は、奥ゆかしくあらせられていて。
さっさと言えよコノヤロウ!という私の懇願をはねつけて、ようやくだよコノヤロウ……ジレジレだったぜコノヤロウ……
たまたまなんだけど。投稿日がバレンタインデーだったぜ、コノヤロウ!




