18.魔力勝負
魔法の杖を正眼に構え、私とエリザベス姫様は対峙していた。剣の試合でもないのに、なんで正眼なのかというと、なんとなくその方が格好つくからである。サムライみたいでしょ。
魔法は使わず、魔力だけで相手を転ばせた方が勝ち。というルールなわけだが。
姫様、杖に魔力をのせることは、できるんだな。杖から魔力を発射する圧力で、相手を転ばせることができるくらいの練習はしてきたと。
エリザベス姫様の杖は、漆黒のつやつやと光る本体に、複雑な金の模様が入った、なんか高そうな杖だった。魔法はまだ使えないと言っていたけど、いいものを渡されてるんだろう。だって王族だし。
「容赦しませんわよ。覚悟なさい」
「ハイハイ」
「ハイは、一回ですわよ!」
「ヘーイ」
エリザベス姫様は侮辱されたと思ったのか、ますます顔を赤らめた。挑発に簡単に乗るお姫様。底の見える子供らしい単純さ。ハイハイ、もう。可愛い可愛い。
エリザベス姫様の杖の先端に、魔力が集められる気配がした。目には見えないが、そう感じる。こちとら伊達に毎日魔力を取り扱って生活してるわけじゃないんだ。魔力の気配には敏感になる。しかも思ったよりエリザベス姫様の魔力量、多い……
ひゅんっ、と体の脇を姫様の魔力が掠めた。かなりな量の魔力が通り過ぎた気配がした。
おおっ、これ結構、ヤバい……?
恐る恐る振り返ると、背後で着弾した魔力はドカンと音を立てて、土煙を上げていた。
私はじとっと、着弾した魔力弾の痕跡を見た。土がえぐれている。
……ははっ。転ばせるとかいうレベルじゃないじゃん。当たったら怪我するやつじゃん。
魔力弾を放ったエリザベス姫様は、きいいっと地団駄を踏んでいた。
「あなた、なんで当たりませんのよ!」
「自分から当たりに行くわけないでしょー?!」
「練習の時は当たりましたのよ!」
「練習に付き合わされた姫様のお付の方々に、深く哀悼の意を表します」
「死んでませんわよ! ちょっと痛そうだったけれど!
ほら、当たりなさいよ! このっ、このっ!」
姫様は魔力弾を連射し始めた。
もちろん、私も黙って当たってやるつもりはない。走って跳ねて転がって魔力弾を避け続ける。ついでに大声で周りの観衆に声をかけた。
「見学のみなさん、流れ弾食らわないように、魔法防御張ってくださーい」
「りょーかーい!」
「威力は強いですけど、スライダーもカーブもシンカーもない、ド直球のストレートのみです。読みやすいですよー」
「おー、だったら打ち返してみろよ」
「その言葉、そっくりあなたにお返しまーす」
「セレフィ! あなた、なんでそんなに余裕なんですの!」
「だってさあ」
私は魔法の杖をちょっと振った。最近かなりコントロールがつけられるようになったので、出力の加減に集中する。
エリザベス姫様の肩が、何かに突かれたように跳ね上がった。私の軽い魔力弾である。
「痛っ」
「あ、大丈夫?」
「あなた、わたくしに魔力当てましたわね?!」
「姫様が決めた、そういうゲームでしょうが。
姫様の魔力量には驚かされましたけど、姫様転ばせるなんて楽勝です。ねえ、もうやめませんか?」
「やめませんわ! わたくし絶対あきらめないんだから!」
「不屈の精神はそれは素晴らしいんですけど」
実力差がありすぎる。
それすら分かっていないあたりが、子供なんだよなあ。周りの大人が負けを認める、という経験を積ませてるとは思えないし。実際に自分のすごい魔力値を数字で見せられて、自分最強と勘違いしてると思われる。
でもねえ、エリザベス姫様。
魔法は鍛錬と実践の数だけ、練度が違ってくるからね。さらに魔法学校生は、学校で実戦を積まされてるわけだ。
初めから勝てる勝負じゃなかったんだよ。
姫様が真っ赤な顔してまた連射を開始する。それを掻い潜りながら私は姫様を観察した。
一弾一弾が重い魔力量だ。そろそろ魔力が枯渇してくるんじゃないだろうか。魔力欠乏を起こされても問題だ。あれは復活するまで時間かかるし、気分も最悪。そもそも姫様が言い出した事とはいえ、王族を卒倒させるなんて一大事だ。
もう、やめよう? あきらめよう?
同じことを思ったのか、マリアガさんがエリザベス姫様に近づいた。姫様にそっと話しかける。
「エリザベス様、思っていた以上にセレフィは手練でした。ここは、引き分けとして勝負はお終いに……」
「それが……マリアガルテお姉様。わたくしも疲れてきてしまって、杖を下ろそうとしたのですけど。
手が、離れないのです」
「はい?」
「杖から手を離そうとしたのですけど、手が杖に張り付いてて」
「エリザベス様っ」
「わたくしの手が、魔法の杖から離れないのです!」
気付けばエリザベス姫様は青ざめていた。青ざめたまま魔力弾を打ち続けていた。
マリアガさんが慌ててエリザベス姫様の手を魔法の杖から引き剥がしにかかった。杖を掴む形で固まっている姫様の指を一本一本外していく。
十本の指が剥がされた姫様の黒い杖は、そのまま空中に浮かんでいた。
マリアガさんが、その異様さに気付いてエリザベス姫様を引き摺るようにしながら後退した。目は黒い杖から離さないままだ。
宙に浮かんだままの魔法の杖は、ゆっくりと方向を変えた。杖の先端は、噴水の女性の像に向かい、ピタリと止まった。そのまま突風のような勢いで像に向けて飛び出した。
エリザベス姫様の杖は、女性像の胸をドスンと貫いた。貫かれた箇所からピキピキと音を立ててひび割れが起こり、女性像が壊れていく。同時に黒いモヤのようなものが立ち上り始めた。
モヤはわだかまり、形を変え、徐々に姿を現してきた。黒い体躯はライオンのよう。竜のような尻尾に蛇のタテガミ、何より特徴的なのは三頭の黒い犬の頭。あれは、あの姿は……
「……ケルベロスっ!」
魔界の番犬が、魔法学校に現れた。
今から300年ほど前、魔界からやってきた一人の魔族が、人間界で大いに暴れたという。しかし時代は稀代の聖女とされた、アニエスの降臨していた時代。アニエスの聖なる力は魔族を凌駕し、これを討ち取ろうとしていた。
魔族は魔界からケルベロスを呼び殿を任せると、己は命からがら魔界へ逃げ帰ってしまった。聖女アニエスは魔族との戦いで疲労困憊であり、ケルベロスを倒すには至らなかった。
魔界から召喚されたケルベロスは、そこで討伐されることなく、聖女によって封印された。ケルベロスは今もアニエスの力によって、かの場所で封じられている――
「……って、魔法史の授業でやってましたわね!」
「マリアガさん、よく覚えてますねー。私その話の最中、いい感じの夢物語として、睡眠学習をしてましてね」
「入学の際に、噴水の像は聖女アニエスだと教わりましたわよ!」
「私の入学って、五年前ですし。そんなはるか昔の堅苦しい説明、忘れますよね」
「セレフィあなた。魔法学校一年生から、やり直したらいかがかしらっ」
私はケルベロスに身体拘束魔法をかけて踏ん張っていた。地獄の番犬は今や物置小屋くらいの大きさに成長している。黒い体躯に三つの頭、赤く光る六つの目。黒いモヤのようなものを放出しつつ、実体化を加速させているような状態だ。魔法の杖がケルベロスの抵抗により杖先がブレるほどの、凄まじい抵抗が伝わってきていた。この前ダンジョンで相対した、フリージングウルフよりも、断然強い。
今もなんとかなっているのは、他の生徒もケルベロスの拘束や攻撃を手伝ってくれているからである。私とエリザベス姫様の勝負を見守っていた野次馬たちが、身体拘束魔法を多重にかけてくれ、攻撃魔法でケルベロスの体力を削ってくれている。おかげでこの危険な魔物は解き放たれることなく、拘束されてはいるが……
それにしてもさ、昔の聖女様が封印したケルベロス、魔法学校内でそのままにしておくって、どういうことだ。厄介なやつだってわかってんなら、放置しないでなんとかしてよ。三百年間何してたんだよ魔法学校、とっととやっつけときなさい!
ケルベロスの下半身は、まだ女性像の中にある。聖女様の封印がまだ生きているのだろう。私たち学生風情の身体拘束魔法で抑えられているのは、そのためだ。
しかし、ケルベロスも激しく抵抗している。黒いモヤはケルベロスの身体から際限なく湧き出し続け、近くにいた生徒に絡みついている。生徒は途端に咳き込みはじめ……
「マリアガさん、ケルベロスの攻撃って、毒とかありました?」
「毒ブレスがありますわ!」
「え、あんの?」
「火炎放射もありましてよ!」
「やべえやつじゃん!」
あの黒いモヤも毒が含まれてるとしたら、魔法防御であいつを囲わないとめちゃくちゃ被害でるじゃんか! 現に咳き込んでる学生もいて……くそう。
どうしたらいい。どうしたら、あのバケモノに勝てる。そもそも私たちの魔法で太刀打ちできるのか。あいつ、地獄の番犬だぞ。
解決策が見当たらず、焦燥ばかりが先に立 ってしまう。
私の背中を、冷たい汗が伝っていった。
イタズラみたいな勝負からの、激ヤバ案件!
次回は、ようやくルドルフ殿下が登場します。殿下の強力な魔法と、どさくさ紛れの告白をお届けしますよ。お楽しみに!




