17.勝負なさい
「……これにより、稀代の聖女とされたアニエス・グレイテス・ホーリー・ゴールデンガイヤは、邪悪な魔素を聖なる光で浄化し……」
ふと、私は目を覚ました。
魔法史の授業中だが。
魔法史のルン先生の声は抑揚がないので、いい子守唄となる。隣にマリアガさんもいないもんで、魔法史の授業はほどよい睡眠時間となる。
三百年前の聖女の話なんて知らないよ。それまでは何代か連続で聖女様が出てたらしいが、現れなくなって二百年経つんでしょ。もう聖女様はいないって世界線でみんな動いてんじゃん。そんな知識入れたって、無駄ムダ。意味無い。
そう思いながら欠伸をダダ漏らして魔法史の授業を終えると、教室の外に赤いふわふわの二つの頭が見えた。大小のマリアガさんが……違った、マリアガさんとエリザベス姫様が私を待っていた。ほんと、見かけ似てるよね。
素知らぬフリで「姫様、こんにちは~」とか言いながら一般人に擬態して通り過ぎようとした所を、マリアガさんに素早くとっ捕まえられた。ガシッと私の両肩を掴むという捕獲方法だ。マリアガさん、庶民のバックれ方を熟知しておられる。
「ちょっとあなた。セレフィとかいいましたか。あなた、わたくしと勝負なさい」
チビな方のマリアガさん、もといエリザベス姫様が小さな仁王立ちで私を睨みつけていた。小さな子のイキった姿って可愛いよね。うん姫様、可愛い可愛い。
「何をほっこりしてますの?! わたくしあなたに勝負を挑んでますのよ!!」
「唐突に勝負を挑まれましても。私としては受ける必要性がないというか、めんどくさいというか」
「王族のわたくしが命じているのに、面倒くさいとは何事ですか!」
「そうですわ! 勝負をお受けなさい、セレフィ!」
マリアガさんまでイキっている。こっちの方は普通に悪役令嬢だ。
私はぽりぽり頬を掻いた。
「魔法学校は、魔法の元にみんな平等なんで」
「!!!」
「王族の方の命令でも拒否できるんですよね」
「マ、マリアガルテお姉様! この方信じられませんわ!」
「セレフィ、無礼ですわよ!」
「ふーん、へー、そーなんだー。
知らんけど」
「きいいいいっ!!!」
エリザベス姫様は地団駄踏んで悔しがっている。王族でも地団駄って踏むんだな。
マリアガさんは、ふとポケットから小さなポーチを取り出した。小さな紙片が数枚入るくらいの小さなポーチである。マリアガさんのそのポーチ、中身知ってる。食堂で度々見かけたことがある……。
ポーチから目を離さない私を確認して、マリアガさんは私に片頬を上げてみせた。
「セレフィ、これでどうかしら」
「いや、いやいや。それじゃあ、ちょっと」
「二枚出しますわ。それならいいでしょ」
「二枚……二枚かあ。どうすっかなあ」
「庶民だけあって欲深いわね。では五枚でどう?」
「エリザベス姫様、その勝負、つつしんで受けましょう! 負けませんよっ?」
マリアガさんのポーチの中身は、学食の食券。マリアガさんがランチの時に取り出しているのをよく見ている。わりとしっかりめに食券を買っていることも知っている。
私は学食の食券五枚で、勝負を受けた。
やったー、五食分浮くじゃん。腹減ったらおやつに使ってもいいじゃん。
キラキラした目のエリザベス姫様が「マリアガルテお姉様、どのように深遠なる策謀を用いてあの者を操ったのですか!」とか聞いている。「おーほほほ、大人だけが使える秘術がございましてよ!」とか言ってるマリアガさんも、本当のことは言えるまい。
ただのランチ買収だし。
◇ ◇ ◇
勝負は魔法学校の前庭、噴水前で行われることになった。なんか、女神様的な女の人が祈りを捧げている像の背後を、噴水の水がバシャバシャ出てるやつである。魔法学校入学の時に女の人の謂れを聞いた気もするが、もちろん私は忘れている。
私とエリザベス姫様は、魔法の杖を持って噴水の前で対峙した。エリザベス姫様の後ろではマリアガさんが控えていた。
「勝負は魔力の量よ。わたくし、まだ魔法は使えませんので、魔力をぶつけて相手を転ばせた方が勝ちとします。わたくしだって魔法の杖を使って、魔力に圧力を加えることくらいはできますから。
あなたはもちろん、魔法を使った時点で負けだから!」
「あのう、その前にお聞きしたいことが」
「何かしら」
「これ、何の勝負なんですかね」
エリザベス姫様は瞬時に真っ赤になった。感情がすぐに表に出てくるあたりが、お子様らしくてとてもいい。王族として感情を表に出さない訓練とかは、これからなのかな。
「あなた、わたくしに恥をかかせたでしょう! しかもルドルフ王子の前で!」
「いや、あれはどっちかってーと、殿下が見かけによらずよく回る弁舌でもって、姫様に恥をかかせたんじゃ」
「お黙りなさい!
あなたがいるとわたくし落ち着きませんの。あなたなんて、ルドルフ王子の魔力調整係なだけでしょう。調子に乗らないでいただきたいわ」
「はい、調子になんて乗ってません。だからあの時、すっげ大人しくしてたじゃないですか」
「御託はいいのよ! わたくしが勝負に勝ったら、きちんと謝罪して! そしてあなたはもう、ルドルフ王子と喋らないで!」
「はあ。謝罪は全く構わないんですけど。ルドルフ殿下と喋らないで、っていうのがね。
あんな見かけで、殿下ってかまってちゃんだから、ちょっと無理じゃないですか」
「ちょっとあなた!
唐突にわたくしの知らないルドルフ王子のお可愛いエピソードを、差し込んでこないでちょうだい!」
エリザベス姫様がますます真っ赤になって叫んでいる。後ろでマリアガさんも「ルドルフ殿下がかまってちゃん……お可愛い」と頬を赤らめている。勝負してるすぐ外野で萌えるなよ。
エリザベス姫様がきゃんきゃん喚いているおかげで、噴水の周りには人が集まりだしていた。目立つ場所で目立つ声上げてるからね。なんでこの場所選んだんだか……ただの目立ちたがりか。
「とにかく! わたくしが勝ったらルドルフ王子とは距離をおくこと。いいわね?!」
「はーい。
じゃあ、私が勝ったら……」
「わたくし、あなたの言うことも聞かなくてはいけませんの?!」
「当たり前じゃん、勝負なんだから」
エリザベス姫様は後ろのマリアガさんに説明を求めている。マリアガさんはこそこそとエリザベス姫様に耳打ちしていた。
庶民と対等に渡り合う、がよく分かってなかったんだろうなあ。祀り上げられて育てられたんだし。
そう考えると、ルドルフ殿下ってすごいな。序列はしっかりしてるけど、排他的では絶対にない。
マリアガさんに説得されて、しぶしぶ姫様は勝負の条件を飲んだ。
私の条件は単純だ。
私がエリザベス姫様に勝ったら、金輪際、私に構わないこと。
そう言われて、エリザベス姫様はキョトンとしていた。
なんだ、そんな簡単なこと。といった風情だ。
その簡単なことができてないから、今よくわからない勝負をすることになったんですけどね。その辺分かってんのかな。こっちは迷惑なんだからね。
私とエリザベス姫様は、魔法の杖を掲げて正面から対峙した。
わがまま姫様、書いてて楽しい。ルドルフ殿下のわがままと違って感情だけで動くのがいいよね。
さて次回は。いざ勝負! です。




