16.魔改造失敗
マリアガさんがエリザベス姫様の案内役になったおかげで、午前中の私は悠々と授業をこなせるようになった。座学がちゃんと寝て過ごせるなんて最高だ。マリアガさんが隣にいるとすぐ起こすからな。
実習もあったが、バディが休みだった男子と組んで好成績をあげてやった。『対・重量物撃破実習』なんていうゴーレムぶっ壊す実習は、私がゴーレムに物理防御低下を何重にもかけて、風魔法使いの男子が強烈な風の刃ぶっ放せば、手ごたえも感じないほど楽勝だった。かーっかっか。
時間内にゴーレムを五体撃破して、臨時バディの男子と高笑いしながら実習場を出ると、見慣れたふんわり赤毛が二つ見えた。なんだよ目の錯覚かと思いきや、マリアガさんとエリザベス姫様である。マリアガさんが二人いるのかと思った。実習場を見学してたのか。
マリアガさんは私に気づくと、ゆっくりと近付いてきた。頤が上に向かっている。なんだか会ったばかりの頃の強気なご令嬢の感じがした。おお、なんだこれ?
「あら、セレフィではなくて?」
「うん。マリアガさんは実習場を案内してたの?」
「そうですわ。あたくし、エリザベス様にこの学校を隅々までご案内する崇高な使命を授けられたのです」
「う、うん」
「マリアガルテお姉様、どちら様ですの?」
マリアガさんの背後から、小さなマリアガさん……じゃなかった、エリザベス姫様が顔を出した。マリアガさんより深い緑の瞳が興味津々で私を見ていた。
「エリザベス様、こちらはあたくしのバディのセレフィですわ。魔法学校ではバディを組んで授業を受けることはご存じでしたわね」
「ええ、伺っています。マリアガルテお姉様のバディでいらっしゃるのね」
エリザベス姫様は顎をつんと上げて私を見てきた。すごくマリアガさんに似ていた。……出会った頃のマリアガさんに。
それに、マリアガさんを『お姉様』って呼んでるんだ。身分はエリザベス姫様の方が上なのに、マリアガさんをお姉様呼ばわりって。この短時間でめちゃくちゃ懐かれてないか。
なんだか嫌な予感がよぎったが、気のせいだ。きっと。多分。おそらく。
私は嫌な予感を断ち切るように、深々と姫様に頭を下げた。
「……マリアガさんのバディの、セレフィと申します」
「まりあが? マリアガルテお姉様のこと?」
「エリザベス様、申し訳ありません。セレフィは庶民なものですから、あたくしの名前を覚えることもできませんの」
「まあ」
「あたくし、魔法学校の理念、『魔法の下において我らが生徒は平等である』を遵守しておりますから、これくらいの無礼には目をつむっておりますの。庶民のすることですから、いちいち目くじらを立ててはいられませんわ」
「すごい、寛容ですのね、マリアガルテお姉様。わたくし尊敬いたします」
「おーっほほほほ。エリザベス様も庶民の扱い方を覚えていたほうがよろしいですわ!」
……マリアガさんが優越に浸っている。エリザベス姫様の尊敬のまなざしに浮かれている。魔法学校で得られなかった、圧倒的ちやほや感を満喫している。
得意げな表情に人を見下す態度、権力を笠に着た居丈高な威圧感。
ちょっと待ってよ。
そのあからさまな尊大な態度。人を見下す視線。
あんなにも可愛く育てた女の子が、もとの悪役令嬢に戻っちゃったじゃないか!
セレフィが無礼をさらすかもしれませんから先に行きましょう、マリアガルテお姉様は庶民を躾けていらっしゃるのね素晴らしいわ、公爵家の人間として当然のことですわ、まあなんて崇高なわたくしも見習わなければいけませんね、何か非礼を働く方でもいたらあたくしにおっしゃって、お優しいマリアガルテお姉様との出会いに心から感謝いたしますわ……などという、ものすっご上からの会話が遠ざかっていく。
なんだろう、この置いてけぼり感と徒労感。
ここしばらく私は、悪役令嬢の改造、頑張ってたよね。悪役令嬢を素敵な女の子に変身させたよね。
マリアガさんはやっと女の子らしい女の子になり、誰とでも朗らかに世間話に興じ、魔法学校で浮くことなく授業を受けられるようになったのに。可愛い女の子になってたのに。
元の木阿弥、水泡に帰す、白紙に戻る、徒労に終わる、無駄骨を折る。
ああっ、余計なことわざや慣用句が私に突き刺さってくるっ。
がっくりと膝をつく私に、「セレフィ早く着替えろ。次、一般棟に移動だぜ」と男子が声をかけてきた。
分かってるよ。分かってんだが、少し落ち込ませてくれ。
ルドルフ殿下、悪役令嬢改造の、失敗を認めます……。
◇ ◇ ◇
午後になり、エリザベス姫様がルドルフ殿下と『魔法談義』をされる場所は、来賓室と決まった。学長室の隣で、この部屋も学長室同様偉そうな部屋である。凝った装飾の壁だの高そうなソファだのテーブルだの、絶対自腹払って買いたくない(そもそも買えない)家具がそろっている。魔法学校には国の偉い人とかが来ることもあるので、しつらえられたのだろう。
そんな高級品に囲まれて、制服姿のくせにしっくりと納まっているルドルフ殿下はさすがである。淡い長めの金髪を揺らしてソファに腰を落とす殿下は、それだけで芸術作品だ。どっちかっていうと家具の方が負けている。普段教室で、安っぽい机と椅子で授業受けてる方がおかしいのだ。
しかし正面に座るエリザベス姫様もさすが王族だ。違和感なくこの場に存在しておられる。まあ、姫様は簡易とはいえドレス姿であるため、なじみがいいのだろう。
邪魔なのは、ルドルフ殿下の片方の御手を預けられている私である。殿下の隣で床に両ひざをついて御手を取っているのだが。高級感あふれる空間に、女子の制服着た、平らな体の庶民が紛れ込んでいるのだ。明らかに浮いている。そんなことは自覚している。
だから目立たないようにひそやかに控えているのだ。
しかしエリザベス姫様は、真っ先に険しい目つきを私に向けてきた。
「……あなた、マリアガルテお姉様のバディではありませんの?」
「はい」
「ここで何をしてますの」
「ルドルフ第四王子殿下の、魔力調整を承っております」
「それは、今必要なことなの?」
「はい」
「目障りだわ。あなた、外れなさい」
なんだろう、すごく当たりがきつい。
マリアガさん、調子にのって庶民の私の至らないところをオーバースペックで話してないよね。セレフィみたいな庶民は本当に迷惑、とか吹き込んでないよね。
私は目立たないことにかけては一級品な人材なんだぞ。目障りになることのない、天下一品の地味女子で通ってるんだ。
それが初めから攻撃的に私に食いついてきた。
裏をかきたくなるってもんだろう。
「私の体質について、エリザベス姫は聞いておられないのか」
ルドルフ殿下が助け舟をだしてくれた。
殿下ごめん。王族相手じゃ誰も手出しできないもん。説得頼むよ。
エリザベス姫はルドルフ殿下に花のような笑みを向けた。憧れのお美しいルドルフ王子ですわっ、と顔に書いてある。やっぱりルドルフ殿下への学校案内指名は、顔で選んだ結果だと想像ついた。
「もちろん聞いておりますわ。魔力過多症という御病気なんですのよね。おかわいそう」
「体内の魔力が許容量を超えると体調を崩します。それは外部からの魔力を取り込んだ場合もです」
「ええ。おつらいですわね」
「エリザベス姫が、今現在発している魔力も同様です」
「あら、わたくしの魔力制御の件ですわね。これまで魔力制御というものが、わたくしの元に伝わってなかったんですの。
午前中にしっかりと教えを受けましたわ。ちゃんと魔力は制御できたと学長が」
「できてませんね。魔力が漏れています」
エリザベス姫様は不快そうに眉をひそめた。そんなはずはないと殿下を見返している。
そんな視線は気にせずに、殿下は私とつないだ手を見せた。
「ここにいるセレフィは優秀な魔力の使い手です。私の強い余分な魔力を抵抗なく受け入れられる、稀有な存在なんです。今も私の魔力を取り込んでくれている。魔力制御ができていないあなたの前で、セレフィを下げるわけにはいかない」
「わたくし、ちゃんと魔力は制御できています!」
「もっと集中して制御しましょう。学長の前では、できていたのですね。
このままではあなたとお話しすることもままなりません。その前に私が倒れてしまう」
「わたくし……わたくしは……」
「今日はこれまでにしましょう。もう一度魔力制御のやり方をおさらいしてください。魔法についてお話しするのは、また明日以降に」
ルドルフ殿下が立ち上がった。手をつないだ私もそろーっと立ち上がる。
ソファに座ったエリザベス姫様は頑張って耐えていた。頑張っていたが、緑の目から次々と涙が零れ落ちてきていた。だってまだ十一歳だもの。感情の制御なんてできないよね。ぽろぽろといくつもの雫が頬を伝っていた。
ルドルフ王子と話したい、でもできない、魔力制御できているはずなのに、制御できていないと言われた、やだ行かないで、悔しい、頑張ってるのに、ルドルフ王子が行ってしまう、誰か止めて、どうして誰もなんとかしてくれないの……
そういうぐちゃぐちゃな感情が爆発しようとしていた。
私はエリザベス姫様の様子を確認すると、殿下を引っ張って走り出した。護衛さんたちが止めようとするが、殿下の「どけ!」の一言で彼らは躊躇する。その隙をついて私は来賓室を飛び出して、校舎の外に出た。
「やあああああああっっっ!!!」というエリザベス姫様の悲鳴と、色のついた空気のようなものが押し寄せてきた。私は殿下に抱き着いて木陰に飛び込んだ。
制御しきれなかった、エリザベス姫様の魔力爆発だ。感情の爆発とともに魔力も爆発したのだ。魔法を乗っけてなかったから周辺に被害はないが、魔力は相当量飛散した。
つまり強制的に魔力を浴びせられたルドルフ殿下の被害が一番ひどいわけで。
「殿下っ!!」
木立の下でくったりとした殿下は、意識がない。殿下、と呼び掛けながら頬を叩くが反応がない。私はあわてておでこぺたんを実行した。殿下の額と私の額をくっつける、アレだ。
殿下から魔力を吸い上げる。すぐに額が熱くなるが、いつもと違う。殿下の意識がないからだ。殿下も今まで意図して魔力を私に流してくれていたのだ。私は力を込めて額を密着させる。ダメだ、流れる魔力の量は変わらない。
どうしよう。殿下の意識が戻らない。
このまま意識が戻らなかったら。
やだ! やだやだ!
ルドルフ殿下、帰ってきて!
お願い、なんでも言うこと聞くから!
無茶ぶりでも変な命令でも聞くから!
だから、お願い。目を開けてください。
静かに目をつぶるルドルフ殿下は、まるで綺麗な人形みたいで。
生きてる感じがしなくて。
まるで。
……まるで、死……!
だめだ! そんなの絶対だめ!
殿下を黄泉の世界になんか行かせない!
絶対生きるんだから。
一緒に生きるんだから!
私はルドルフ殿下の額から顔を上げた。
もう一つ、魔力譲渡の方法があった。
あの時は、すごい量の魔力が私にやってきた。今までで一番の魔力量だった。
あの時みたいに、すれば……
私はルドルフ殿下の唇に、自分の唇を押しつけた。
唇から殿下の魔力を吸い上げる。もっとたくさん吸い上げたいのに、焦れったいくらい流れてこない。私はルドルフ殿下の両頬を押さえつけた。お願い、殿下、気づいて。
どれだけの時間そうしていたのかわからない。
ほんの数秒だったのかもしれない。
もぞっと殿下の唇が動いて、私は顔を離した。
ロイヤルブルーの瞳が瞬きして、私を捕らえたところだった。
殿下。
ルドルフ殿下。
……生きてた。
殿下生きてた。
生きてた……!
「殿下ぁ……」
私はルドルフ殿下に縋り付いた。
あああーーー!!!
生きてた、殿下!
もう動かないんじゃないかって、もう話せないんじゃないかって。
心配したんだから、ばかー!
本当に、嫌な覚悟するところだったんだ。
もうダメなんだと本気で思ったんだからね!
殿下はゆっくりと起き上がった。私を軽く抱いたまま。
……というか、起き上がって平気なの?
「殿下、ご無事ですか」
「ああ」
静かな問いかけはヴィクターさんだ。
気づいたら私たちがいる木立に背をむけて、ヴィクターさんが立っていた。他の人から私たちが見えないように。
ハンドサインで殿下の無事を伝えているから、殿下の護衛さんにはすぐに情報が行きわたることだろう。
殿下は私におでこを預けてきた。すぐに大量の魔力が入ってくる。殿下に意識があるってすごい。私の力で、これくらい魔力を吸い取れればいいのに。
「……セレフィ、あのね」
「殿下ぁ、もうダメかと思ったぁ」
「魔力爆発を見越して部屋を飛び出すまではよかったんだけどね」
「ヤバいと思いました。だからとっさに」
「そう、とっさに私に抱き着いて木立に逃げ込んだのも英断だ。だけど勢いがすごくてね」
「……ハイ?」
「私は頭を打って、軽い脳震盪を起こしたようだね。すぐに気が付いてヴィクターには知らせたけど」
「……え?」
ルドルフ殿下は滑らかな手で自分の後頭部をなでた。「たんこぶできてる」とつぶやいている。ぎゃあ!
「パニックになったセレフィというのを初めて見たかも。あんなに慌てるんだね」
「あ、当たり前じゃないですか!」
「額はぐいぐい押し込んでくるし、体も密着させてくるし、ずいぶん積極的だなと」
「ぬああああ!!」
「……おまけに顔を押さえつけられて、長いキスまでしてくるし」
「あれはキスとは違いますから! 魔力譲渡の手段でしょうが!」
「ヴィクター、見てた?」
ヴィクターさんはこちらに背中を向けていた。固まった背中が、短く答えた。
ものすごく素っ気なかった。
「自分、すぐに彼女作るんで」
「がんばれ」
ルドルフ殿下はちょっと額を離して、私の目じりを拭ってくれた。濡れた感触に私は今気づいた。
……泣いてたんだ、私。
だって、本当に、殿下がいなくなっちゃうと思ったら。
もう会えないって思ったら。
この後自分がどうしたらいいかなんて、全然わからなくなった。
ルドルフ殿下が、私の茶色い髪を愛おしそうに撫でてきた。甘さを含んだロイヤルブルーの瞳が近づいてくる。
なんて顔して近づいてくるのかな。そんな顔をこんなに近くで見たら、殿下に向かって傾いてしまうって、分かってんのかな。自覚しちゃいけない感情がこちらにあること、殿下は気付いているのかな。
唇がほんの少しだけ重なった。
すぐに額を合わせての、魔力譲渡に切り替わったけど。
私は激しく動揺していた。急な行為に何も言えずに硬直したまま、今のはなんだと自問する。どういう意図なのか混乱する。
……ルドルフ殿下。
ねえ殿下、魔力譲渡を伴わない唇同士の接触は、ただのキスって言うんですよ。
おいたが過ぎるやつです。胸の奥が絞られるほどドキドキするやつです。どうしたって自覚せざるを得なくなるやつです。身分の違う恋の行く末なんて、ろくな事にならないって知ってるから、避けて通ってきたんです。
今までずっとそうしてきたんだから。
素知らぬ顔をしてる殿下に、全部ぶつけたくなってしまった。
ねえ。そこんとこ、分かってる?
ただのおいた、ではないよね。
ヴィクターさんはセレフィの事を、「全くもってけしからん庶民のバカ女だが、もし将来どこにも行き先がないのだったら俺が面倒見てやってもいい」くらいには、好きです。おかげでセレフィに向けた背中が、固くなっちゃったね。そして殿下は、ヴィクターさんの気持ちを薄々察しているのかも……?




