11.魔法の杖を追いかけて
管理用務員のおじさんの一人が、セレフィの魔法の杖を見つけてたってよ。
そう教えてくれたのは、男子寮の殿下の部屋から私たちが出てくるのを待っていてくれた、クラスメイトだ。魔物焼肉メンバーの一人である。頼りになるぜ。
急いで管理用務室のおじさんに聞きに行ってみた。管理用務室は男子寮のすぐそばなので、呆然としているマリアガさんにはその場で待っててもらった。だってマリアガさん、視点が定まってないんだもの。
年配のおじさんは私の杖を見て、古臭いけどまだ使える杖だと見抜いたそうだ。
「たまに、わりといい品なのにゴミに出す先生っているんだよ。もったいねえよな。俺はこの仕事長いからよ。魔法の品の良し悪しくらいは分かるからさ」
「その杖、どうしました?」
「魔法力学の先生のとこだ。あの先生は骨董にも興味あるから、古臭いもん持ってくと喜ばれるんだよ」
「魔法力学の先生!」
「これはいいものだって何度も言ってたから、まだあるだろうよ」
魔法力学の先生がいるところ。
職員室か、教務棟に魔法力学の研究室があるから、そこかな。
私はマリアガさんの手を引いて教務棟に急いだ。
マリアガさんはルドルフ殿下からの叱責で白い灰になっていたと思ったら、その衝撃が去った途端に感情が戻ってきたらしい。グスグス泣き始めていた。殿下に嫌われたと思ったんだな。まあ、その通りなんだけど。
貴族のお嬢さんは打たれ弱くていけないわ。泣くなら帰ってから泣きなさいよ。やることは目の前にあるんだからさ。
私は杖が見つからなくてブチ切れる、殿下のほうが怖いから。
泣いているマリアガさんは廊下に置いておき、私は教務棟の二階にある魔法力学研究室をノックした。
魔法力学の先生に杖の行方を尋ねると、あれならとすぐにうなずいた。
「あの杖は珍しい木材でできていてね。今は使われていない素材なものだから驚いたよ。場合によっては歴史的な価値もあるかもしれない。
そうなると学長の方が詳しいから。今は学長室にあるよ」
「学長室!
……先生、学長室って生徒が行っていいんですか?」
「いいよ。勝手に行ってはいけないように思われているけど、学長室は生徒に向けていつでも開いているよ。何かあったら直接学長室のドアを叩けばいい」
「知らなかった!」
「生徒手帳には書いてあるんだけどねえ」
私たちはそのまま学長室へ向かった。学長室は一階の職員室の隣だ。やたら立派なドアを勇気を持ってノックする。
マリアガさんの涙も、ようやく止まったみたいだった。
魔法学校学長は恰幅のいいおじさんだ。イベント事の挨拶の時に遠くから見たことがあるくらいで、ご縁がない。見た目よりすごい魔法使いだって、噂は聞いている。学長は生徒が訪ねてきたことが嬉しいようで、にこにこしながら迎え入れてくれた。
「……ああ君たち、ダンジョンでやらかした子達だね。私も現場を見に行ったんだけど。そうか、あれはあの魔法を放った杖だったのか」
「あのう、その節は、大変ご迷惑を……」
「いいんだいいんだ。みんな無事だったことだし。厄介な魔物も退治してくれたし。
君があの杖の持ち主なんだね。それは大変な目にあっただろう」
「……わかるんですか」
「あの木材を制御できる職人が丹精込めて作った杖だからね。杖自体の癖が、強くないわけがない。
貴重なものだから鑑定に回したほうがいいかと思って、今魔法局の鑑定室に持ち込ませたところだよ」
「ま、魔法局、ですか? 魔法のトップ機関の?」
「古い貴重な魔道具の鑑定なら、あそこが間違いないからね」
「あのう。魔法局って魔法学校の生徒、入れますか?」
「無理だろうね。特別な許可がないと」
魔法局かよ!
さすがに私たちじゃ追いかけるの無理だ。よりによって国の機関だよ。偉い人しか入れない所でしょ。
私たちについてきていたルドルフ殿下の護衛さんに、殿下の指示を仰いでもらった。護衛さんたちは直接声を届けられる魔道具を装備されている。護衛さんは声を潜めてやり取りをしていたが、すぐに魔道具をしまった。
殿下からの指示は短かった。
『行け』
馬車も用意するってよ、と護衛さんが言っている。
人を使うってこういうことかあ、と私はしみじみ思った。雲の上の人って、当たり前のように人と金と物を動かすんだな。
私たちは魔法学校前につけられた馬車に乗りこんで、魔法局に向かった。馬車だって庶民が使う一頭立てじゃない。二頭立てだ。とにかく急げってことだ。
その頃にはマリアガさんはどん底まで落ち込みまくって、沈痛な面持ちでうつむいていた。いつもはよくしゃべるマリアガさんだから、本当に深く反省しているんだろう。殿下の言葉は手厳しかったからな。放っておいた方がいいかな。
到着した魔法局を前にして、私は思わず空を見上げた。改めて近くで魔法局を見たのだ。
魔法局は巨大だ。見上げた建物の先に雲がかかりそうなくらい、高くてでかい。国の魔法関連のことを牛耳っているところだもの。偉そうで巨大である。当たり前か。
魔法局ではすでに私たちの用件が通っていて、ボディチェックと魔法チェックをうけて建物の中に入れた。本来魔法学校の一生徒が入れるようなところではない。ルドルフ殿下の権力の強さを実感する。
大人が働いているところを制服で歩くのはとても緊張した。場違い感がすごい。お邪魔してすみませんと、小さくなりながら進む。
案内されたのは鑑定室の受付だ。
そこのお姉さんに話を聞くとーー
「ここにはないっ?!」
「はい。鑑定にかけようとしましたら、杖が反発しましてね。鑑定用の魔道具が壊れてしまいました」
「ええええ!」
「こんなこと初めてなものですから、今魔法局の役職者を集めて会議中です。会議の席に杖が持ち込まれていますので、ここにはないんです」
「会議が終わるまでここで待つ、ってことはできますか」
「いいですよ。そちらの椅子をお使いください」
学生にも丁寧なお姉さんは、魔法学校の卒業生だそうだ。
その制服懐かしいです、と目を細めていた。
マリアガさんと並んで待つことになった。
私の魔法の杖を追ってきたら、とんでもない所に来てしまった。徐々に、立場が上の人の手に渡っていっている気がする。どうなってんだ。なんなんだ、あの杖。
マリアガさんはだいぶ落ち着いたようだった。顔色もいつもくらいに戻ってきている。握りしめていたハンカチをカバンにしまって、マリアガさんは私に身を寄せてきた。
「……ルドルフ殿下は、セレフィのことがお好きなのよね」
「な、なんですか、唐突に」
「そう考えるのが自然ではないですか。あなたは特別そうだから」
「殿下にとって都合のいい駒だし、殿下の体調管理の主体ですからね、私。特別っていうより、手放せない人材ってとこじゃないですか」
「そうかしら」
「そうですよ」
そうでなきゃ困ります。
殿下の行動に、他意なんてありません。
マリアガさんはきゅっと顔をしかめた。
「あたくし、セレフィのいない時に、ルドルフ殿下とお茶をいたしまして」
「おお、いつの間に」
「お父様のコネを使ってですわ。
殿下があまりにセレフィを重用してますから、ちょっと思うところがありまして。セレフィの代わりならあたくしもできます、って殿下に申し上げましたの」
「いや、それは無茶な」
「ええ。無茶でした。
魔力譲渡をやってみるかい、とルドルフ殿下がお手を出されたので、その手を取ってみたら」
「……無事でしたか?」
「手が弾かれて赤く腫れてしまって。
あなたの魔力柔軟度と魔力貯蔵器官はどうなってますの? おかしいですわ」
「あはははは」
あはははは……あーあ。
殿下、マリアガさんに全力で魔力突っ込んだな。
さすがに手が弾かれるような経験したことないもん。マリアガさんには手に負えない症状だって分からせるためとはいえ、なんて危険な。
マリアガさんは俯いて話を続けた。
「あたくし、殿下をお慕い申し上げておりますけど、殿下はあたくしには興味がありませんの。あなたのことはそばに置くのに」
「だから、私は都合のいい殿下の手駒なんですってば」
「お気に入りの手駒でしょう。
本当は、こんなこと認めたくないんですけど。身分のことを考えれば、将来あたくしは殿下の正妃になって、あなたは殿下の妾になるのでしょうから」
「……………………は?」
「あなたを一方的に排除するのではなく。愛妾として認知し、受け入れていくべきではないかと、思い始めてきたのですわ」
……は?
はあ?
えーーーーーと。
……はあ? 私がなんだって?
殿下の ……愛妾。
まず、妾って、なんだっけ。
えーと。脳内辞書検索。妾とは……妻としてではなく持続的な男女関係にあり、その男が生活の面倒も見る、女。そんな感じか。
そうかそうか。
私はいつか殿下の妾……いや、ちょっと待て。なんだそれ。
私、ルドルフ殿下の愛人になるの!
「な、ないないない! そんなのないよ!」
「何を言ってるんです。分かりきっていた未来じゃありませんの」
「知らないよ! 誰にも言われたこともないよ!」
「そんなこと誰も言いだしませんわ。既成事実がそうなっていくだけですから」
「既成事実が先! それが貴族の常識?」
「女性の身分が低ければ愛妾として囲うのはよくあることですわよ」
「うえー。聞きたくない。
貴族の現実、闇深え。大人、怖い」
「貴族間だって、政略結婚が当たり前ですもの。跡継ぎさえ作れば、他に恋人を作ることはよくありますわ。
それに王族はより血を重視しますでしょう。現にルドルフ殿下のご兄弟だって、母上様は違います。
だから、あたくしがどんなに殿下のことを想っても、殿下から愛を返されるとは限りませんの。他にお気に入りの女性がいたら囲うことを許すのも、貴族女性の懐の深さですから」
「……全然わからん。ついてけない」
「それでも誠実に殿下に仕えていたら、いずれはそれなりの愛をいただけるのではないかと考えてはいたのですけど」
マリアガさんは疲れたように、椅子の背もたれにもたれた。いつもしゃんとしているのに、珍しかった。
「……先程の、お怒りになられた殿下を見て、あたくし自信をなくしましたの。あの方と共に紡ぐ未来が見えなくて」
「はあ」
「あたくし、ルドルフ殿下の表面的な事しか見えていなかったんじゃないかと思いました。この国の第四王子で、美しく聡明で、人当たりがよくにこやかで、ただ重い病を患ってらっしゃる方だと」
「概ね合ってるとは思いますが」
「そんな方が、あんなに取り付く島もないほどあたくしのことを断罪してくるなんて、思わないでしょう。自分の懐に入れる人物以外は、殿下は信用していないんだとつきつけられて。
このままではあたくし、正妃になれたとしても、殿下の愛をいただくことなんて叶いません。あたくし、これからどうしていいか、わからなくなりました」
そうだねえ。
ルドルフ殿下の取り扱いの難しさに、マリアガさんも気づいたんだね。それで自信を失くしたと。
殿下はね、難しいんだよ。にこやかさを装いながら、冷静に自分の立場を分析して、冷徹に周囲の人間を観察してる人だから。自分にとって必要な取捨選択を躊躇わないし、明晰な頭脳はその選択を誤らない。
ここは、ルドルフ殿下とそれなりに付き合いの長い私から、アドバイスしときますか。だってマリアガさん、未来のルドルフ殿下の正妃予定だしねえ。
「えーとですね。ルドルフ殿下はバッサリ人を切る人ですが、実績を上げるとすごく重用してくれます。使えるヤツだって、見せることが大事です」
「……そうなんですの?」
「例えば、殿下の護衛のヴィクターさん。先日すごい失態を犯してクビになりかけたんですけどね」
「まあ」
なんでクビになりかけたかは、黙っておこう。私の恋人だって誤解されての解雇寸前だもんね。
あれ? あの事件は、マリアガさんが起こした騒ぎじゃなかったか?
「ヴィクターさんはこの前の近衛隊の競技会で、剣技部門で優勝してその剣をルドルフ殿下に捧げました」
「それって、すごい事ではないのですか?」
「すんごい事です。ヴィクターさん、悲壮感漂いながら訓練してましたもん。ルドルフ殿下からクビを言い渡されるということは、近衛隊をクビになると同じ意味なので」
「まあああ」
「おかげでヴィクターさんは、今や殿下の護衛の中でも位が上がってますよ。頼れる力量と揺るがない忠誠をきちんと見せましたから。
だからルドルフ殿下は、一度失敗しても実績を上げればちゃんと使ってくれる人なんです。マリアガさんも努力次第で、殿下の信頼を勝ち取れるんじゃないですか」
「……そうでしょうか」
「そうだと思います。殿下、そこまでぶっちぎりの冷酷男ではないです。
……たぶん、おそらく」
マリアガさんは私をじっと見て、自信なさげに頷いた。どうしていいかわからないが、でも殿下をあきらめることはできない、と思ってる。切ない表情が見てるこっちまで、きゅんとさせてきた。
マリアガさんの様子が、とても女の子らしい。
キツメに見える女の子が、気弱になって落ち込んでいる姿。いじらしい仕草。
なんていうか、恋する乙女が挫折から立ち上がろうとする感じで。
やだー、けなげー、かわいいー、推せるー。
私は一人で、可愛い女の子を愛でる貴重な時間を味わった。
ルドルフ殿下、この恋する悪役令嬢、かなり可愛いですけど!
命短し恋せよ悪役令嬢。
マリアガさん、殿下のことほんとに好きだねえ
この後も二話、毎日投稿で予約してきました。




