10.魔法の杖
ルドルフ殿下がお怒り、の回です。
四話連続投稿します。
マリアガさんが、私とルドルフ殿下の関係を疑っている。
私の魔力貯蔵量が天井知らずであること。ルドルフ殿下が魔力過多症なため、私が殿下の魔力を毎日取り込んでいるということ。それはちゃんと伝えたつもりなんだけど。
マリアガさんは脳内がお花畑な人なのだ。
恋愛脳で私とルドルフ殿下の関係性を見ると、『殿下に近づくことを特別に許された庶民の女が美しい殿下に畏れ多くも一方的に恋心を抱き殿下を執拗に追いかけまわして困らせしかも優越に浸っている』、という解釈になるらしい。
お優しい殿下はあなたを直接諫めたりはなさらないかもしれないけれど、あなたはきちんと身の程をわきまえなさい、あたくしの婚約者予定のルドルフ殿下に、余計な事しないでいただける?! と指を突き付けられてのたまわれた。
顎を上げて指を突き付けたりしてくると、本当に悪役令嬢みたいだよ、マリアガさん。
そもそも、誤解なさらないように。
私は殿下を追いかけ回したりしてません。
魔力の譲渡は給料もらってる仕事です。
魔力譲渡自体も、いつも護衛さんに見守られて行ってます。清廉潔白な身の上です。
殿下に関わることは完全に仕事です。
殿下はそりゃ綺麗な人だから、ちょっとドキッとすることはあるけどさ。最近殿下のイタズラが度を越している気もするけどさ。この前なんかファーストキ……も奪われて。いや違うぞ、ノーノーノー。
恋愛みたいな、そんなものは存在しない、ありえない。ない、ないんだ。ないって言ってんだ。そこんとこ疑うな。
だからマリアガさん。闇雲に嫉妬心をたぎらせて私にちょっかい出すのはやめてほしい。しかもやり口がくだらなくて、本当にどうしたもんかと思っている。
赤いブドウジュースを制服にぶっかけたり、階段から突き落としたり、クラス内女子を使って私を孤立させようとしたり。
ジュースがかかったら生活魔法のクリーンでシミ消しできるし。階段から突き落とされても防御魔法で衝撃吸収しちゃえばいいし。クラス内女子はマリアガさんの「あたくしセレフィにイジメられてますの」発言に明らかに疑いの目を向けていたので、彼女の言葉に踊らされることはない。マリアガさん、イジメられるようなタマじゃないし。
ひとりでキーキー怒ってるマリアガさんは、完全に独り相撲の状態だ。
その他細々とした嫌がらせもあったけど、私としては大したことじゃなかったので、目をつぶっていたわけだ。
だけど、どうにも困ったことが起きてしまった。
ルドルフ殿下から賜った、魔法の杖がなくなったのだ。
マリアガさんの、ほんの些細な嫌がらせだった。
座学の授業中は魔法の杖は使わないから、みんな教室の後方にある杖置き場に置いておく。私も例外なく縦置きの杖置き場に、殿下から賜った杖をぽんとさしておいたのだ。
その一瞬のスキをついて、マリアガさんが私の杖を隠してしまった。教室の外に置いてあった空き箱に入れて、知らんぷりしていたわけだ。次の授業の時に、杖を失くして慌てる私を目いっぱい馬鹿にしてから、あたくしが見つけてあげましたわよと返してやる、っていう作戦だったらしい。
マリアガさんは知らなかったのだ。
教室の外にたまたま置いてあった空き箱は、月に一回魔法関係の不要ゴミを集めるための箱であること。魔法学校の管理用務員のおじさんたちが不要ゴミを回収し、魔法処理の必要なものとそうでないものを分別して廃棄していること。
珍しく私が悲鳴を上げながら真っ青な顔で杖を探している姿を見て、マリアガさんはおののいた。おそるおそる自分の罪を告白した時には、私の杖を入れた箱はとっくに管理用務員さんに持っていかれていて、存在は確認できなかった。
そして私たちは現在、にこやかなルドルフ殿下の前に立たされているわけである。
急ぎの件なのでマリアガさんも男子寮に連れ込んでしまった。ルドルフ殿下に報告が遅れる方が恐ろしい。当事者不在とか、何を言われるかわからない。とりあえず、いつでも五体投地の準備だけはしておこう。
ルドルフ殿下の私室は、明らかに気温が下がっていた。ソファに座ったにっこにこの殿下の周辺に、霜が降りている。殿下、氷属性適性ありだもんなあ。怒りのあまり、ちょっと氷結漏れてるかなあ。ロイヤルブルーの瞳が光りすぎて凍って見えるなあ。
マリアガさんは社交辞令を伴わない素で怒ってるルドルフ殿下を、初めて見たことになる。初めはあまりにも美しく壮大なスケールの微笑みに息を飲んでいたようだが、その怒りが自分に向けられていることに気づいたマリアガさんは凍り付いた。一瞬殿下が氷結魔法放ったんじゃないかと疑うくらい、ビシッと固まった。
初めて見るんだもんね。わかるよ、わかる。この笑顔すごいよね、怖いよね。
「私が渡していた、魔法の杖を失くした、と」
「……はい」
「探してるんだよね」
「もちろんです。管理用務員室に友達に行ってもらって杖の行方を聞いてもらってるし。殿下の護衛さんたちにもここに来る間に話したら、すぐ動いてくれましたし」
「そして、こんなことになったきっかけが、マリアガルテ嬢のイタズラだと」
ロイヤルブルーの瞳がマリアガさんを射抜く。視線で人を殺せる人間がいるとするならば、それはルドルフ殿下のことかもしれない。マリアガさんがビクンと姿勢を正した。ナイフで刺されたくらいの衝撃は受けているようだ。
「ほ、ほんの、ほんの些細なイタズラだったんです。杖もすぐに返すつもりで」
「ほう」
「まさか、セレフィのあの汚い古臭い杖……じゃなくて、あの味のある杖が、ルドルフ殿下から賜ったものだったとは、知らなかったんです。セレフィは何も言ってくれないから」
「王族から下賜された物でなかったならば、どうなっても構わなかったのに。マリアガルテ嬢はそう言いたいのか」
「ち、違います! そうではなくて」
「自分は悪くない。悪いのは自分以外の誰かなのだから、自分が責任を取るなどありえない。
あなたはこれまで、そういう生き方をしてきたのかな」
「そんな……」
「あなたの言動を見ている限り、私はあなたの品性を疑わざるを得ない。
その卑しい品性のまま、私の隣に立つつもりだったのか」
「!」
「この程度の人間を私の伴侶に推薦するとは。王室も舐められたものだよね」
マリアガさんは真っ白になった。
将来夫になるかもしれない憧れの男性から、卑しい品性なんて言われたら、そりゃ灰のようにもなるか。マリアガさんとの婚約に関しても、これはあからさまに拒絶だよ、殿下。
存在感を灰にしたマリアガさんにはもう興味はないらしく、ルドルフ殿下はにこやかに私に目を向けた。今度は私かっ!
麗しい笑みはそのまま怒りの強さを現している。今まで見た中でも、なかなかの激怒クラスだ。今ここが五体投地のタイミングだろうか。ははーってひれ伏したいけど、殿下の目が私を射抜いて動けない。ヘビに睨まれたカエルってこういう気分なのか。カエル、今度どこかで出会ったら優しくするよ。
「セレフィ」
「はははははい!」
「なんとしても杖を見つけ出せ」
「はい。なんとかします、どうにかします」
「人はいくらでも使っていい。必ず取り戻せ。いいか、必ずだ。なるべく早急に」
「……珍しいですね。殿下、もしかして焦ってます?」
「そうだね。さっさと動き出せと今すぐ君を蹴りつけたいくらいには、焦ってるかな」
「行ってきまーす……」
私は灰になったマリアガさんの手を引いて、殿下の部屋から退室した。二人とも体の動きが油切れのようにギクシャクしているのは、怖かったんだから仕方ないだろう。
殿下の部屋を出ると、やたら空気が暖かく、世界は愛で溢れているように感じた。
寒かった。めちゃくちゃ寒くて空気が薄かった。
早いとこルドルフ殿下の杖見つけて、殿下の部屋をあっためよう。護衛さんたち、このままじゃ風邪ひいちゃうもん。
ところで私の魔法の杖、どこいっちゃったんだ?
杖を探しに行かなくてはいけないけれど、マリアガさんの様子も心配……




