第8話 テンプレ令嬢のいつもの。
『……助けてあげて。分かった?』
これは……夢?
だってアンタは……。
昨日、飲みすぎたかな。
頭が割れるように痛い。
出勤でもないのに、宅飲みで二日酔いとは。
俺も焼きが回ったか。
まだ20歳なのにな。
それにしても、変な夢を見たものだ。
夢に幼馴染が出てきて、今日出会った女の子を助けろだって? ほんと、命日に夢に出てきてまで他人を助けろとか、あんたどんだけお人好しなのよ。
俺は女嫌いなんだ。
お前以外の……ましてや、初対面の女を助けるなんて、あり得ない。
それにしても、今じゃ俺の方が年上なんだぞ?
いつまでも、姉貴面しやがって。
俺にはかつて、姉御肌の幼馴染がいた。でも、彼女は俺が高校の時に死んだ。車にはねられて目の前で冷たくなっていく彼女を見て、……俺は医師になると決めた。
自分に力がなくて助けられないのも、力があるのに見過ごすのもゴメンだ。あんな思いは、もう二度としたくない。
医学部に行くには、私立なら1人あたり2,000万円ほどかかる。そんな大金を、普通の会社員の親父に負担させることはできない。
だから、俺は。
割のいい仕事をしている。
いわゆる、ホストだ。
女を侍らす夜の帝王。
この響き、ちょっとカッコよくない?
まぁ、実際には、本音では他人と話せない、ただの女性不信のコミュ障ホストなのだが。
ズキッ
「クソ。まだ頭がガンガンする。今日、解剖学の実習だったっけ。おれ、あの先生、苦手なんだよなぁ」
解剖実習とは、テキストで学んだ人体への理解を、経験レベルに落とし込む演習だ。そこでのご遺体は献体されたもので、キチンと敬意をもって実習に臨まなければならない。
それこそご遺体を適当に扱ったら、1発で退学処分ものだ。さすがの俺も、そのへんは弁えている。
「ちょっと走り込んでくるか」
仕事の後の日は、酒が残ることがあるので、よくジョギングをする。
「いつも同じコースだし、今日はコースを変えるか」
すると、七叉路に行き当たった。
こんなん、うちの近くにあったっけ?
んっ。人がいる。
分岐点で、拝んでる女がいるぞ。
あの感じだと、まだ中学生くらいか?
なにやら、泣きながら一心不乱に拝んでいるんだが。
二日酔いなのに、あんな見るからに面倒そうなのと関わり合いたくないですわ。いや、マジで。
『……助けてあげて』
そっと立ち去ろうとすると、今朝の夢を思い出した。夢で幼馴染が言ってたのは、この事かよ。
(……チッ。しかたねーな。俺にどうにかできることなのか、話を聞くだけだからな)
解剖実習は午後からだったよな。
俺は大学の親友に、「遅れる」とメッセージを送った。
「君、どうしたの?」
俺が声をかけると、女の子はこっちを向いた。もしかしたら、実は幼馴染と瓜二つだったりするラブコメ展開かと思ったが、そんな運命的なことは無かった。
美人系の幼馴染と違い、その子はなんというか超地味。丸顔で目が大きくて、顔立ちは悪くはないのだけれど、姉貴というよりは、歳の離れた妹? 田舎のロリっ子?
どちらにせよ、まだ女にはほど遠い。
まぁ、女じゃないなら、助けてやってもいいか。
「そこの喫茶店で話を聞くよ」
店に入ると、女の子……ロリっ子は堰を切ったように話し始めた。
この子が言うには、数年後の未来でフィアンセに婚約破棄されて、恋敵に酷い目に遭わされたらしい。そして気づいたら過去に戻っていたと。
ほんと、どこの悪役令嬢ものだよ。
アニメの見過ぎなんじゃねーか?
(やっぱ、話しかけなければ良かった。めっちゃ痛い子じゃん)
しかも、リベンジするどころか、怖いから関わり合いたくないとか言ってるし。悪役令嬢ものは、フィアンセのバカ王子と恋敵にリベンジするって相場が決まってるんだよ!!
ハッキリ本音で話したらいいのに。
聞いててイライラする。
しかし、話を聞いているうちに見逃せない事実が分かった。そのバカ王子は、俺と同じ医大の同じ学年らしい。そして、そいつが数年後に俺を退学に追い込むと。
つまり、この子を捨てたのは、どうやら同じ医大に通う高校からの親友……さっきメッセージを送ったアイツらしいのだ。
その親友……バカ王子は、夢に出てきた幼馴染のあの子の弟だ。俺はアイツの姉貴を見殺しにした。ただ立ち尽くすだけで何もできなかった負い目がある。
でも、それにしても。
医大までやめてやる義理はない。
それに、幼馴染が夢に出演する程の頼み事だしな。彼女に贖罪するチャンスなのかも知れない。
(どうやら、本当みたいだしな)
だから俺は、その女の子の願いを聞くことにした。このロリっ子が今度は違った人生を歩めるように協力する。
「お礼はどうしたらいいですか?」
話がひと段落すると、女の子はそう言った。
そうだな。俺が欲しいのは……。
俺は人の心理を読むのが得意だ。だから、女の子の心の底が見えてしまって、およそ女性というものを好きになることができない。
俺が誰かを好きになれるとしたら、その子は、幼馴染以上の聖女か、とんでもない悪女だろう。
もし、この白紙のキャンパスのような女の子に、俺がありったけの知識を教え込んだら……、この子は、俺の遥かに上をいく稀代の悪女になって、俺を気持ちよく騙してくれるのだろうか。
もし、それをしてくれるのなら。
それが最高の報酬なのだけれど。
でも、まぁ。
いまは。とりあえず嫌われとくか。
「じゃあ、報酬は君の処女でお願い。あ、成人してからの成功報酬でいいから」
すると、その子は少し考えてから深く頷いた。
(おいおい、マジかよ。普通、ドン引きする所だから)
俺は言葉を続けた。
「じ、じゃあ、まずはそのビッチを見返そうか。作戦名はそうだな……『黒髪メイドでクラスの男を全員落として、ビッチを追い詰める作戦』。どう?」
すると、女の子は絶賛してくれた。
こうして、俺と女の子は出会った。ビッチとバカ王子を地獄の底に落として、俺はこの妹のような子に、夢中にされる訳だが。
それはまだ、ずっとずっと先の話だ。