第7話 ハロウィンじゃないお化け。
「明日、流星群が見えるらしいぜ」
俺らは大学からの友達だ。
クラスも学部もバラバラだけれど、ひょんなことから一緒に行動することになった。
まぁ、ともに色々な経験をすることになるのだが、今日はその中の一つの話をしたいと思う。
あれは数年前の……誰かが、何かの流星群が見えるかも知れないと言い出して、俺らは流星群を見に行く事にした。
車は、FRのスポーツクーペだった。
狭い車に3人で乗り込み、誰かが気に入ったリストの音楽を再生する。出発が夕方過ぎということもあって、サブウーファーの低音にあわせて、気分は高揚していった。
3人とも免許を持っていたので、運転は交代だ。最初は友人が担当することになった。
だが、早々に気持ち悪いことが起こった。
まず、スタートして30分程で、民家にトレーラーが突っ込むところを目撃したのだ。自動車事故は珍しい事でもないが、あの光景は衝撃的だった。
「……なんか、縁起が悪いって言うか、気持ち悪くない?」
荷台を浮かせたトレーラーを横目に、誰かがそんなことを言った。
そして、目的地の富士宮の高台についたころ、天気は雨だった。雲が厚くて、流星群どころか星すら見えていない。
すると、運転していた友人が言った。
「なぁ。雲より上にいけば見えるんじゃないか?」
「雲より上?」
「あぁ。ここ、富士山に近いだろ? 裏の須走からなら、この季節でも入れるはず。富士山に登れば、雲より上にいけるって」
季節は10月中旬だった。
今なら雪に警戒したと思うが、当時の俺らは10月の関東近県で雪が降るとは夢にも思わなかった。
須走口から入り、細い県道を登っていく。5分ほどすると雨脚が強まり、すぐに、線状降水帯の下にいるような豪雨になった。
まだ10月だし、もちろん、車はスタッドレスタイヤなど履いていない。
「これ、やばくね?」
「あぁ、戻った方がいいかな?」
友人がそう言うと、一瞬で豪雨が雪になった。すぐに道路が白くなり始める。
山では普通にあることなのかも知れないが、登山経験のない俺達にとっては、山の天候の目まぐるしい変化は、まるで手品を見せられているかのようだった。
道は片側一車線で幅員に余裕がないので、すぐに転回はできない。転回できそうな場所に出た時には、道路は真っ白で、轍ができていた。
「ここでUターンするわ」
運転手の友人はそう言うと、ハンドルを右に切って、車体を横に向ける。逆ハンドルにして後退をはじめると、車体は真横を向いたまま、坂下に向かって滑り出してしまった。
「つっ!!」
友人は反射的にカウンターをあてて、辛うじて車体を制御する。だが、いつスピンしてもおかしくない状況だ。もちろん、ブレーキなど全く効果なし。
車は崖沿いの道を滑りながら下りていく。
俺は後部座席から前のシートにしがみついて、ただ見ていることしかできなかった。
よく、走馬灯のようにというが、まさにそれだった。俺はゆっくり流れていく風景を眺めながら、「落ちたら、明日のニュースに出るのかな」などと考えていた。
道が急カーブになり、いよいよ、どうしようもなくなった時。
「山側にぶつけて、車を止めてみる」
友人がそう言ってハンドルを切り始めた。すると、数十メートル先に砂盛りのスロープが見えた。ブレーキが効かなくなった車のための緊急待避所だ。
俺たちの車は、砂利山に乗り上げ、なんとか助かった。
車から降りて崖下を覗き込んでゾッとした。崖の下が見えない断崖絶壁だったのだ。
もし、ここから落ちていたら、全員、バラバラだっただろう。
まだ星すら見ていなかったが、俺らは疲れてしまって帰る事にした。
しかし、交通費をかけてここまで来たのだ。なんの成果もなく、手ぶらで帰るのはもったいない。俺らは、ドライブがてら箱根を通って帰る事にした。
「さすがに箱根は雪は降らんでしょ」
ルートは、芦ノ湖を南北に横切って箱根峠に抜ける峠道を通る事にした。
途中、芦ノ湖の畔にある自販機スペースで、車を止めて休憩した。
ジュースを飲んでいると、友人の1人が、しきりに首を揉み始めた。
「なぁ。皆んな怖がるから言わなかったんだけどさ。なんかさっきの雪道から頭痛して肩凝りがすげーんだけど……、肩が重い」
「ははっ。四十肩なんじゃねーの?」
「んなわけねーだろ。俺はまだ二十代……」
俺らは知っていた。
首を揉んでいる友人は霊感が強い。
でも、その話はそこで終わった。
ドライバーを交代して、ここから峠道に入る。次の運転の順番は俺だ。
県道に入ると、すぐにアップダウンが激しくなった。そして、一瞬で濃霧になった。
後にも先にも、あんな濃霧には出くわしたことがない。本当に数メートル先も見えない。そんな霧だった。
ライトをハイビームにしたり、フォグランプをつけても、光が霧に反射して、余計に見えなくなる。
だが、雪とは違う。
周りには建物はないし、こんな山の中で立ち止まることもできない。
……慎重に走れば大丈夫だ。
俺らは真夜中の峠道を、慎重に慎重に進んでいった。
突然、後部座席の友人が叫んだ。
「おい。後ろからすげー勢いの車が来るぞ!! すげーパッシングされてる」
「は? こんな濃霧でスピード出せる車なんているわけが……」
その瞬間、俺の右側を真っ赤なスポーツカーがすごい勢いで抜いていった。
まるで、霧なんて無いかのようなスピードだった。
エンジン音は全く聞こえない。窓にはフルスモークが入っているらしく、ドライバーの顔を見る事はできなかった。
不思議な事に、こんな濃霧なのに、その車のテールランプだけはハッキリ見えている。
「おい。追いかけろよ。煽られてムカつくし、あの車の後についていけば、楽できるっしょ」
友人はそう言った。
濃霧での単独走行は精神がすり減る。
だから、俺もついて行きたい衝動に駆られた。
でも、やめた。
その車の存り様が、あまりに不自然だったからだ。
こんな濃霧の中を、フルスモークでブレーキも踏まずに運転できるハズがない。シフトチェンジの音もアクセルを踏み込む音も聞こえなかった。
その後、前の車のテールランプはしばらく鮮明に見えていたが、やがて、ブレーキランプを点灯させることなく、フッと消えた。
すると、目の前に崖が現れた。
おそらく、トンネルを掘った後に放置された旧道だろう。旧道はトンネルから分かれたところで右に急カーブしていて、パッと見は、道がそこで途絶えているように見える。
徐行なので止まれたが、もし、あの車を追いかけていたらと思うと、ゾッとした。
その後は特に何もなく、俺たちは無事に東京に戻り解散した。気持ち悪い体験だったけれど、しばらく経つと、誰もその話をしなくなった。
それから半年くらい経った頃だ。
親戚の集まりがあった時に、怪談好きな従兄弟から、こんな話を聞いた。
「おまえ、知ってる? 箱根の峠道に真っ赤なスポーツカーの霊が出るんだぜ? なんでも、昔、崖下に落ちて死んだ走り屋らしくて、スポーツタイプの車を見つけては、崖下に落としているらしい。俺もこの前行ったんだけど、何もでなくてさ……」
山道で怖い目に遭ったとは話したが、箱根とも言ってないし、真っ赤な車だったとも話していない。
もし、従兄弟の話しが本当だったなら。
あの車を追いかけていたら、今頃、俺達は崖下だったのかも知れない。
世の怪談には、こんなものより怖い話は沢山ある。だけれど、……これはマスターの経験談。
大筋においては本当の話だ。