第3話 あるテンプレ勇者のいつもの。
「汚ねぇ、こいつ漏らしたぜ」
さっきまで俺を殴っていたガキどもが遠ざかっていく。こんな最低な経験が、俺のトラウマ……原点だ。
「きみっ、やめてよ!!」
そして、高校生になった今、目の前で似たような光景が繰り返されている。
今は修学旅行のバスの中だ。
ほんと、こんな所でよくやるよ。
周りのやつらはクスクスと笑っている。
どいつもこいつも、暇人なのか?
クソのターゲットにされているのは、クラス委員の女の子だ。彼女は正義感が強くて、前にイジメられていた他の子を庇った。
それから、クソの次のターゲットにされたのだ。クラス委員は顔も可愛くてモテていたから、嫉妬も相まったのだろう。クラスの誰も異を唱えなかった。
クソは身長190以上ある強面で、歯軋りしながら、クラス委員に食ってかかる。
……俺は空気。
見ていて気持ちいいものではないが、無難にやり過ごそう。俺はそう自分に言い聞かせて俯いた。
俯いた視界に、クラス委員の真っ白な足が見えている。膝は震えていた。
「あぁ? どうなんだよ!?」
クソがさらに凄むとそれは起きた。
クラス委員の太ももからツツーっと液体が伝って、床を濡らした。……失禁?
トイレを我慢していたのか、怖かったのか分からない。でも、高校生で、それも女の子が皆んなの前でお漏らしとか……。
——汚ねぇ、こいつ漏らしたぜ
俺の頭の中に、クソガキに言われたあの日の言葉がフラッシュバックした。
この世界はクソだ。だからこそ、汚れなき者には価値がある。それが汚れるのは見たくないし、……許されないことだ。
俺は濡れた床にカバンを置いて。
「ちょっと待てよ!!」
気づけば、俺はそう言って立ち上がっていた。
「あぁ? おい。空気。なんか文句あんのか?」
クソは激昂している。
(あー、柄にもないことしたからな。おれ死んだわ……。ほんと。こんなクソな世界は、終わってしまえ)
クソが俺の胸ぐらを掴んだその時。
急にバスがハンドルを切った。
キュルキュルとタイヤが鳴り、ドンッという音がした。次の瞬間、俺らのバスは空を飛んでいた。
しかし、飛んだのは一瞬。
すぐに万有引力の法則がしゃしゃり出てきて、俺たちは崖下に真っ逆さまに落ちた。
…………。
……。
目覚めると、俺たちはどこかの神殿にいた。
目の前には、嫌味なほど女神チックな女性が1人。
「おぉ。魔王を倒すべく召喚された勇者たちよ……この水晶玉に手をかざしてスキルを……」
あぁ。こういうのか。
よくあるやつね。
どうせ、先の展開は決まっている。
俺だけハズレスキル引くんだろ?
それぞれ水晶の前に並び、順番にスキル名が判定されていく。結果は悲喜交々《ひきこもごも》で、泣いている者もいた。だが、俺にはどれも使い方次第では有用なスキルに思えた。
次は俺の番だ。
水晶に手をかざすと「スマイル」と表示された。
…………効果は対象を笑わすこと。
…………。
ま、予想はしていたが。
予想の斜め下の下だぜ。
「ギャハハ。なにこの空気。スマイルってスキルじゃなくて、ソーシャルアクションっしょ……!!」
さっきのクソは腹を抱えて爆笑した。
全員のスキル判定が終わると、女神はパンッと手を叩いた。
「お静かに。転移者の皆様は、あまねく貴重な戦力です。ただ、1人。何の役にも立たないお笑い芸人を除いてですが」
クソが声を上げた。
「この空気ヤローはどうなるんですか? 粗大ゴミで排除ですか? 要らないなら、俺のドラゴニックバスターで殺していいですかぁ?」
これもお決まりだが。
クソは上位スキルで、俺は欄外のゴミスキル。
「女神はそんなことはしません。力に劣る彼には、餌……冒険の手助けをして差し上げます。魔王にすぐ会える場所まで、テレポートサービスです」
このクソアマ。
俺だけ魔王領に吹っ飛ばすつもりか?
俺は飛ばされた先で、野垂れ死にするのか。
お前の都合で呼び出しておいて、ふざけるな。
絶対に復讐してやる。
なにか俺にできることは無いのか。
スキルは一つだけ。
「スマイルっ!!」
俺がスキルを使うと、女神は腹を抱えて「ヒヒヒヒ」と笑い始めた。
俺のスキルは、女神にも通るらしい。
ま、通っても仕方がないが。
女神は俺を指差した。
「このゴミっ。高貴なわたくしに恥をかかせおって。くそ。油断して障壁を解いておったわ。飛んだ先で死んでしまえっ!! 惨たらしく死ね。死ねっ」
女神が叫ぶと、俺の周りに巨大な魔法陣が出現した。
(俺はこれで転送されて死ぬのか)
「勇者くんっ!!」
声の主は、クラス委員だった。
俺に手を伸ばしてきた。
助けてくれようとしているらしい。
尿まみれの手で。
視界が暗転し、気づけば、俺は狭い部屋の中にいた。扉は一つあるが鍵がかかっている。目の前にはクラス委員。彼女も俺に巻き込まれてしまったらしい。
俺は彼女は言った。
「巻き込んじまってごめんな」
「わたしこそ、さっき、勇者くんが助けてくれて、嬉しかった」
「ん。あぁ、いや、それほどのことでは。ってか、勇者くんって……。俺ら皆んな勇者じゃん」
クラス委員は、ふるふると首を振った。
「みんな違う。わたしにとって勇者クンは君だけ。ところで、あの。ごめんね。臭いよね」
まぁ、ほどよくアンモニア臭がしている。
「いや、全然。(美少女のお漏らしなんて、界隈には)ご褒美だし」
「ご褒美? えと、わたしに恥をかかせないように、勇者クンは優しいんですね」
「ところで、そろそろここから出たくないか?」
そろそろ、匂いがきつい。
スキルウィンドウを確認すると、「スマイル:対象を必ず笑わせることができる。対象が望む種類の笑いを引き出す」書いてあった。
ため息がでた。
正真正銘のゴミスキルだ。
「そういえば、クラス委員はどんなスキルなの?」
すると、突然、扉が開いた。
扉の向こうには、筋肉質でツノを生やした鬼のような生物がいた。
鎖に繋がれて連行された先には、見上げても顔が見えない程、巨大な鬼がいた。
胸には名札らしいものがついていて、「魔王」と書いてあった。
こいつが魔王なのか?
クソ女神め。本当に魔王の至近に飛ばしやがって!!
俺が戻ったら絶対に殺してやる。
魔王は言った。
「そこのお前。勇者か? 死ぬ前に言い残すことはないか?」
どうやら、勇者は問答無用で抹殺らしい。
まぁ、そりゃあそうか。
俺は答えるフリをして叫んだ。
「スマイル!!」
運がよければ、クラス委員だけでも逃げる隙ができるかも知れない。
「ギャハハハハ。ひーっ。ギャハハ」
魔王は腹を抱えて笑いはじめた。
どうやら、スマイルは魔王にも通るらしい。
すると頭の中に、変な声が聞こえてきた。
レベルアップしました。
レベルアップしました。
レベルアップしました。
レレレレレレレレベルアップしました。
どうやら対象を笑わすと経験値を得ることができるらしい。笑わした相手がラスボスだったことで、膨大な経験値を得ることができたようだ。
ステータスウィンドウを確認すると、レベルは3200000になっていた。この世界のレベルの概念は分からないが、320万が尋常じゃないのは分かる。
俺の基本ステータスは低くて、レベルアップしても各ステータスは一ずつしか上がらないが、レベルが上がりすぎて、HPを初め全てのステータスが320万になっていた。
これは、たぶん。
クソよりも強いだろう。
魔王はまだ笑い続けている。
「生まれて初めて笑った赤ちゃんみたいだな」
俺がそう言うと、クラス委員が答えた。
「本当に生まれて初めてなのでは? 魔王ですし」
たしかに。
そうなのかも。
俺のスキルは、相手が望む笑いを与えることができる。だから、魔王に聞いてみた。
「魔王さん、あんた笑いたかったの?」
「あぁ。愉快痛快。おぬし、気に入ったぞ。褒美をとらそう。願いはないか? ただし、嘘はつくなよ。わしは嘘を見抜くことができる」
「じゃあ、魔王の息子にしてください。俺、女神をぶっ殺したいんです」
すると、魔王はまた笑い転げた。
「勇者が魔王の息子? 女神を殺したい? ありえないでしょ……ヒヒヒッ」
いまは別にスマイルスキルを使っていないんだが。なんか笑われすぎて納得いかない。
こうして俺は、魔王の息子になった。
魔王には他に子供がいない。
ということは、順当にいけば、俺が次期魔王ということだ。
くくくっ。
女神め。自分の手で、次期魔王を召喚したとか。とんだポンコツだぜ。
「スキルがレベルアップしました」
また変な声が聞こえた。
スマイルがレベルアップしてどうなるんだか。
その後、俺は魔王の力で、女神の神殿に飛ばしてもらった。テレポートして目を開けると、目の前にあの時のクソがいた。
クソは俺に気づくといきなり叫んだ。
「ドラゴニっ……」
クラスメイトの顔を見るなり、いきなり攻撃してくるとか。さすがに野蛮人すぎだろ。
俺はクソを指差した。
すると、クソは笑い転げた。
「おま、なんで。スキル名いってな…い、息ができな……。ひーっ。ギャハハははは!!」
クソは笑い転げている。
いまの俺にスキル名の宣言なんて必要ない。
何せ俺のスマイルはレベル320万だからな。
もはや、無詠唱が可能だ。
そして、スキル説明にはこうある。
「スマイルLv3200000:対象を必ず、呼吸が出来ないほど笑わせることができる。スキル時間の調整も可能。スキルタイム上限3200000秒」
888時間、相手を無呼吸で笑わせ続けさせることができる。そして、俺のスマイルは必中、つまり、魔法、物理防御貫通。
「ひひひひっひっ。…………」
クソが意識を失った。
失神しても失禁脱糞して笑い続けている。
もう少ししたら、死だろう。
俺のスキルは、かかりさえすれば、必ず相手を殺せる。
やがて、クソは笑わなくなった。
死んだらしい。
俺は息をしなくなったクソの顔を踏みつけた。
……驚くほど、何も感じなかった。
どうやら俺にとって、汚れていない者以外は、どうでも良いみたいだ。きっと、クラスの奴らが邪魔をするなら、クラス全員を皆殺しにしても、俺は何も感じないだろう。
「んじゃあ、いこうか。クラス委員」
すると、彼女はむくれた。
「勇者クンっ。だーかーらー、わたしの名前は……!!」
俺はこれから女神に復讐する。
障壁がどうのとか言っていたが、関係ない。
なぜなら、相棒のオシッコ姫のスキルは……。
「レジストセイント:神属性の障壁を無効化する」なのだ。
女神め。必ず殺してやる。
笑って死ねるなら、神冥利につきるだろうよ。
……さぁ、楽しい狩りの時間の始まりだ。