第10話 ラブコメヒロインは三姉妹。
俺には、幼馴染がいる。
幼馴染と言っても、優しくて良い感じの女子とかではない。かろうじて性別は女性ではあるが、妹……いや、弟みたいな存在だ。
というか、相手は俺を人間とすら見ていない。絶対に産業廃棄物と思われている。
小さな頃は、いつも「おにいちゃーん」って付いてきて可愛かったんだけれどなぁ。今じゃ、「デブ」とか「ハゲ」って呼び捨てられるのだ。
いや、確かに。
俺は俺で、あの頃より、かなり太ったんだけどさ。でも、ハゲてはいないぞ。繰り返す。毛髪はフサフサだ。まだ高2だしね。ほんと、あのディスっ子のせいで胃が痛いよ。
ちなみに、そのディスっ子は、同じ高校の高1で、名を美月という。
「いってきま〜す」
朝食を終えて家から出ると、美月がいた。家が近いし同じ高校だからかな。何故か毎朝、バッタリ出くわす。
「おはよ」
俺が声をかけると、美月は横を向いた。
「ふんっ。あっちいけ。デブ」
よくラブコメで、ツンデレで『実は好きでした』とかあるけれど。こんな酷い扱いに淡い期待を抱けるヤツがいたら、そいつは、すごいを通り越して病気だと思う。
挨拶しただけで、睨まれてコレですから。
無言で歩き始める2人。会話がなくて、しんどい。一秒でも早くここから離脱したい。
すると、クラスメイトに声をかけられた。
乳をプルプルさせ、歩くエロ本みたいなあの子は、クラス一の変態だ。……名前は羽月という。
羽月は、亜麻色髪を編み込んでおさげにしている。縁のついたメガネで、なぜかいつも上目遣いだ。
なぜ彼女が変態なのかって?
それは、その性癖にある。
なんと彼女は『デブ専』なのだ。
そんな羽月には、俺が超カッコよく見えるらしい。羽月は近づいてくるなり、俺の腕に抱きついた。
「ねっ。この前のこと考えてくれた?」
「いや、好きなところは脂肪とか言われても、素直に喜べんのだけれど」
俺は先日……というか、数年前から、羽月に継続的に告白されている。
でも、絶対に揶揄われているだけなのだ。
なんだかノリが軽いし、好きなポイントはお肉とか言われても。それに羽月とは長い付き合いすぎて照れくさいし、嘘っぽすぎて、いつも断っている。
すると、羽月はむくれた。
「ひどぉーい。まぁ、いいや」
おいおい。
いいのかよ。
羽月は続けた。
「告白の答えは、またでいいから。週末、デートしてよ。縁結びの絵馬を買いに行くの」
いや、週末は美月と約束が……。
美月の方を見ると、俺らをメッチャ睨んでいた。
「美月ぃ。デブはキライなんでしょ? なら、わたしに譲ってよぉ」
羽月は、美月にくってかかるように話しかけると、めっちゃ意地の悪そうな笑みを浮かべた。美月は口を尖らす。
「別にいいし。そんなゴミあげるし」
面と向かってそう言われると、さすがにムカつくのだが。羽月は美月の様子を見ると、わざとらしく俺にうなだれてきた。
「ねぇ。律。きみは、わたしと美月、どっちが可愛いと思うの?」
って、この人。
とんでもない質問するね。
確実にみんなが不幸になる質問だ。
羽月は可愛い。
でも、正直なところを言うと、顔は美月の方が好みだ。美月は奥二重なのにまつ毛が長い。少し切長で表情豊かなのだ。色白で幼い顔つきもいいし、いつも俺を睨んできて……まるで、聞かん坊の子猫みたい。
でも、これだけ毎日、ゴミとかデブとか言われてるのだ。たまには仕返ししたい。それに、美月だって、産業廃棄物の俺に嫌われたって何とも思わないだろう。
だから、言ってやるっ。
「んー。ぶっちゃけ、羽月の方が好みかな。第一、俺にだけは優しいし」
ちなみに、この羽月は、実は俺にしか優しくない。俺以外のことについては、超合理主義者で冷めている。
すると、美月が頬をぷーっと膨らませた。
「律なんていらないし!!!! ばかぁぁぁ!! わーん。律がイジメるぅぅぅ」
そういうと、美月は走ってどこかに行ってしまった。
「ほんと、あの子はガキなんだから……」
羽月は冷静だ。
(いやいや、ガキって分かってて挑発したのは、あなただし)
「ねっ、律。あんな子、放っておいて、いこっ。あ、そういえば、如月姉がね。こんど、ご飯を食べにおいでって」
ちなみに、律は俺の名前だ。
そして、仲の悪いこの2人に、高3の如月を加えると、花暦家の3姉妹になる。
如月姉は、俺にとっても姉のような存在だ。たった一つ上なだけなのに、艶のある黒髪が大人っぽくて、優しくて優しくて、優しい。そして、致命的に鈍臭い。できる風でやる気もあるが、とても要領が悪い。
だから、料理をご馳走してもらうには、俺はその数時間前に現地入りして、如月姉を手伝わなければならない。
週末、羽月と出かけた。
待ち合わせ場所にきた羽月は、黒の大きめのパーカーに、デニムのショートスカートを合わせている。
周りの男たちが皆んな振り向いている。
「やぁ、羽月」
「ご感想は?」
「なんの?」
羽月は口を尖らせた。
「服っ!! 感想を次のうちから選べ。1、めっちゃ可愛い 2、ありえないくらい可愛い、3、女神なみに可愛い」
選択肢の上下関係が、よく分からない。
そもそも、女神って可愛さの基準にならないでしょ……。
わからんけど、たぶん。
後の方にある方が良さそうだ。
残り物には福があるっていうし。
「……3?」
俺が答えると、羽月は笑顔になった。
ふぅ。
どうやら、正解したらしいぞ。
デートと言っても幼馴染だから、そんな特別な感じではない。花暦ママに頼まれた食材をスーパーに買いにいったり、雑貨屋さんに行ったり。日常の延長上だ。
「美月のこと、あれから見かけないんだけど、大丈夫?」
俺が尋ねると、羽月はニヤっとした。
「ふーん。朝も偶然会わなくなったんだ。まぁ、あの子、天邪鬼の泣き虫だしねー」
末っ子の美月は、クールなしっかり者に見えるが、その実は甘ったれだ。人を叩くのが好きなくせに、打たれ弱い。考えてみれば、最悪な性格だ。
「俺の前じゃ泣かないけどね」
「そうなの? 家で鼻垂らして泣いてたけど。ま、ライバルが脱落するのは歓迎だけど。ねっ、願掛けにいかない? 学校の近くにある神社、お願いが叶うんだって」
ライバル?
あぁ。美月と羽月は、事あるごとに張り合っている。羽月の俺への態度も、どうせ美月への当てつけだろう。
だからこいつも、美月がいない時にまでベタベタしたり演技することないのに。
少し歩くと、神社の参道の入り口に露店が出ていた。今はお祭りらしく、いつもより人が多い。
「ちょっと待ってて!!」
羽月は数軒先の露店に駆けて行った。その露店には垂れ幕が掛かっていて、こだわりのチョコバナナ、と書いてある。戻ってきた羽月は、チョコバナナを持っていた。
「あれ、俺の分はないの?」
「一緒に食べようよ」
羽月は笑った。
いやいや。
チョコバナナのシェア食べとか、聞いたことないんですけれど。
「いや、意味不明なんだけど。おれももう一つ買ってこようかな」
「一緒がいいのっ……!!」
そういうと、羽月はチョコバナナを食べ始めた。右手で顔にかかる前髪をかき上げながら、舌でペロペロしている。
そして、なぜか上目遣い。
食が進まないのかな?
ってか、あんなに舐めまわされたら、俺が食べる場所が無いのだが……。
しばらくすると、羽月は言った。
「……ご感想は?」
「いや、そんな食べ方してたらチョコ溶けるし」
「わたしに性欲かんじないんだ……」
そういうと羽月は、いきなりチョコバナナを噛み切った。……態度激変すぎて、なんだか怖い。
それに変な食べ方をしているから、口の周りがチョコだらけになっている。
「そんな食べ方してるから、口の周りが汚れてるじゃん」
俺はハンカチで羽月の口を拭いた。
すると、羽月が逃げようとするもんだから、俺の指にもチョコがついてしまった。
ペロッ。
俺は自分の指を舐めた。
(へぇ。こだわりだけあってこのチョコ、美味しいな)
すると、羽月は俯いて話さなくなってしまった。耳まで真っ赤にして、変な子だ。
そこで俺はようやく気づいた。
「ごめん、羽月。今頃分かったよ。チョコバナナに欲情したんだな?」
羽月はぷーっと頬を膨らませた。
「……全然違うもん。恥ずかしかっただけ」
ほんと、大胆なのかシャイなのか分からない子だよ。
本殿近くでは、巫女さんが居て絵馬を売っていた。なんでも、ここに願い事を書いて奉納すると、願いが叶うらしい。
2人で願い事を書いて、柵に掛ける。
「なぁ、羽月は、何をお願いしたの?」
すると、羽月は急に絵馬を裏返してお願い事を隠した。なにやら、顔を真っ赤にして動揺している。
いつも余裕な羽月にしては珍しい。
「……内緒。こういうのは人に見せたら叶わないんだよ?」
「そうか、ごめん」
野暮な質問だった。
「で、律は何て書いたの?」
おいっ。
他人に言ったら叶わないんだろ?
なら俺にも聞くなよ。
でも、まぁ、隠すことでもないか。
「『美月が素直になってくれますように』って書いたけど」
いくら幼馴染でも、毎日、酷いこと言われるのは傷つくし。
すると、羽月は眉間に皺を寄せた。
「えっ。あの子に素直になられたら困るんだけど……」
「どう言う意味?」
「いや、あの子。律のこと、デブで無理って言ってたし。律も知ってると思うけれど、あの子、面食いじゃん? だから、そこは絶対に妥協できないみたい」
そうなのか。
だから俺はあんなに嫌われているんだ。一層のこと、美月とは、俺から距離を置いた方がいいのかも知れない。
次の日から、美月に会うのがイヤで、登校する時間を変えた。美月に会わないまま、2週間くらいが過ぎた週末のある日。
玄関を出ると、美月がいた。
「どうしたの?」
まさか、こいつ。
ずっと待ってたのか?
今は10月末。
晩秋だし朝夕は冷える。
(肩が震えてるじゃん)
美月は俺と目が合うと、俯いた。
ちょこっと袖に掴むと、軽く握った拳を口に当て、言った。
「……なんで無視するんだよ。ずっと会ってくれないし」
「いや、俺を嫌ってるのはアナタの方でしょ?」
「ばかっ。はかっ。律のホントにばかっ」
なんなんだよ、こいつ。
文句言うくらいなら、待ち伏せなんてするなよ。
「ほらっ。ついてくるっ!!」
美月はそういうと、俺の手を引っ張った。連れていかれたのは、この前、羽月と行った神社だった。
「こんなところにきて、どうしたの?」
美月はモジモジしている。
「わたし、うまく話せないから。これ、見て」
美月が指差した先には絵馬があった。
何か書いてある。美月が書いた願い事かな。
「え。見ていいの? 見たら願い事叶わないんだろ?」
「別にいい。見せないと、一生叶わなそうだし」
俺は美月の絵馬を見た。
すると、こんなことが書いてあった。
「律が痩せてくれますように。 美月」
「これがお前の望みなの?」
美月は頷いた。
これって、もしかして。
「言わなくても察してよ。ほんと、鈍い。だから、いつまでもブタなのっ」
美月は顔を左右にフルフルとすると、パンッと両手で自分の両頬を叩いた。
「せっかく、……かっこいい顔してるんだから、痩せてほしい……の!! 変えられることは頑張ってほしい。変えられないことは……そのままでいい。わたしだって。お友達に彼氏の自慢とかしたいし。律がカッコいいって言われたらすっごい嬉しいし」
そっか。
美月は俺に期待してくれていたんだ。
女子高生だったら、みんなに自慢できる彼氏が欲しいよな。
俺だってそうだ。
やっぱり彼女が可愛かったら嬉しい。自分は外見で判断されたくないのに、女の子を顔で判断している。
自分勝手なのは、俺の方だ。
「……俺、頑張ってみようかな」
すると、美月は頷いた。
「わたし、明日から、毎日、律のお弁当作るからねっ。間食、ソフトドリンクは禁止っ」
顔を上げると、美月は笑顔でピースをしていた。
もしかしたら、今までの誹謗中傷は好意の裏返しだったのかも知れない。
「それって、俺を好きってこと?」
バチンッ!!
俺は美月にビンタされた。
「……ばかっ!!」
美月はそういうと、どこかに行ってしまった。
こんな神社に俺を1人で残さないでよ。
空を見上げると、フワッと風が吹いた。
絵馬が揺れてカタカタとなっている。
……あれっ。
美月の絵馬、もう一つあるじゃん。
なんて書いてあるのかな。
どれどれ。
「律が自分を好きになれますように。 美月」




