第一話:蠢き始める覇裟羅達
この作品を、阿佐田哲也氏に捧げます
長篠の戦いから、数カ月が過ぎていた。『私闘制限の詔』は、武田家がほぼ壊滅するという「見せしめ」的な効果は見られず、雀武帝親衛隊が介入する前に矛を収めてしまう小競り合いが全国で続いていた。全国の諸大名は、誰かが大掛かりな戦を始める時期を伺っているようにも見えた。「長篠の戦」は、「麻雀で勝ちさえすれば他の藩を我が物に出来る」という下剋上の時代にふさわしい夢を見せる、悪しき前例になったのかも知れない。各藩の物流は活発で、大々的に浪人を募集する藩もあり雀武帝親衛隊が睨みを利かせていたものの、効果は殆どなかった。
青龍派と玄武流派が、北海道で戦闘をしている最中に、禿師範代は雀武帝親衛隊の使者と面談を行った。
神室征一郎「計画は中止だ。すぐに伊達藩の青龍派師範代を辞職して戻ってこい」
禿師範代「・・・。致し方あるまい・・・」
「・・・。蓬莱の暴走で、全てが台無しになった。一体蓬莱に何があったのか調査中だ。これで堂満家も取り込みにも失敗だ」
「元から、無理な計画じゃった」禿師範代は、天井の隅を見上げた。
「親父は、門弟を解雇しすぎだ。伊達藩は今、10人も居ないじゃないか。いざとなったら、戦に使えないじゃないか。他の藩では、100人以上抱え込んでいるが?」
「使い物にならん者を、抱え込むのは財政の無駄じゃ、無駄な飯を食わす訳にはいかん」
「頭が、固ぇんだよ。養うのは伊達藩だ」
「滅多なことをいうものではない。引き受けた仕事は、愚直に全うするだけだ」
「仕事の効率が悪いんだよ! 雀武帝親衛隊が強大になれば、戦を終わらせるには手っ取り早い!」
「おかしな話よのぉ。戦を避けるための『私闘制限の詔』の筈じゃが? その部隊が肥え太ろうとしておる」
「全てを説明させるな」
「上の方針なら仕方あるまい。しかし、これで伊達も若返るわい。天才が二人おるからな。部隊を別々に分けられる。別行動で、働きも二倍じゃ」
「本当にあいつらは、使えるのか?」
「疑うのか? 先の『長篠の戦』を見たであろう。北海道でも奮闘している筈じゃ」
「『長篠の戦』の一馬の働きは、霧笛と雷獣に弄ばれただけだ」
「・・・、我が子ながら情けない。おぬしの目は節穴じゃ。ビー玉じゃ。水晶体の置物じゃ」
「万が一にも機会がある場合、北海道・東北の担当として、両流派を雀武帝親衛隊に取り込め」
「出来ぬのぅ・・・」
「ちっ」征一郎が舌打ちをした途端、神室壱征の背後から、巨大な影が現れ征一郎を威圧した。
「くどいわ! うぬら如きに、あれこれと指図されるいわれはない!」
「! 何だ、これは!」征一郎は、そのまま這う這うの体で逃げ帰った。
禿は名を本名に改め、そのまま伊達藩青龍派剣術指南研究所を辞し、雀武帝親衛隊の北海道・東北担当奉行に就任した。上司であり息子である、神室征一郎からの辞令だった。
師範代には天承雀悟(天組一番手)が就任し、副師範代理として二ツ橋征二(天組三番手)が就任した。親善試合後に失踪した貞丸時次は一週間後に破門になり、征二が正式に副師範に就任した。
伊達藩青龍派剣術指南研究所・構成員
師範代: 天承雀悟(天組一番手)
副師範: 二ツ橋征二(天組二番手)
青野潤吾(天組三番手)
海東進之介(天組四番手)
疋田一時(地組一番手)
北海道から帰った翌日、門弟たちを前に雀悟は就任の挨拶を行った。
雀悟「この度、青龍派剣術指南研究所の師範代に就任した天承雀悟である。今後の方針として『情報伝達は速やかに簡潔に』を第一とする。師範代や副師範の命令の後は『御意!』に、指示の後は『押忍!』に統一する」
「御意!」
「門弟の数は少なくなったが、追加募集をせず必要に応じて、予備役を召集する。元より我らは、麻雀及び戦闘の集団であり、別に忍びの集団である『黒脛巾組』もある。両方揃っている藩は、伊達藩以外にない。以上!」
「押忍!」
「来月、白虎流派と親善試合の話があるので、ここにいる者は全員参加の予定である。隠密行動であることを忘れずに。なお、黒脛巾組も同行する」という、最後のひと言が余計だった。
「押忍!」門弟一同が少しざわついた。雀悟は、口が軽すぎることを後悔することになる。
一馬も定期会合を開いた。
頭領: 天翔一馬
副頭領: 武藤碧竜
相談役: 黒脛巾くみと
構成員: 黒脛巾闇斗(後方支援・攪乱部隊長)くみとのひ孫
河村氷月 (救護・衛生班)
黒脛巾光斗(伊達藩財政担当兼務) くみとの孫
黒脛巾剣斗(伊達藩物品供給部隊長)くみとの息子
一馬「我々は、殿が政治的な決断をしやすいように水面下で動く組織である。青龍派が表の存在であるならば、我々は影の存在である。諜報活動や戦闘活動の一切は隠密行動である故に、われわれの存在が歴史の表に現れることは、ない」一馬の目がキラリと光った。自分にも、他の忍びにも言い聞かせる物言いだった。
「御意」
「来月、白虎流派と親善試合の話がある。無論目的は、白虎流派と同盟・友好関係を結ぶことにある。関係が成立すれば、織田家・朱雀派包囲網が出来上がる。私と碧竜と氷月は、これに同行するが隠密行動であるので別行動になる。留守中はくみとを頭領代理とし、闇斗が実務に当たって欲しい」
「御意」
時は、青龍派と玄武流派の親善試合前まで遡る。
道万凶之介は、北海道玄武流派の副師範であり二番手であった。兄は師範代の道満吉兆太だった。東北の伊達藩・青龍派剣術指南研究所を偵察していたときのことだった。疋田や鎌田が壺を担いで、水汲みに出かけるのを見送った柳田副師範に見つかった。
柳田「ふっふっふ。朝から偵察か。真面目じゃの~」
凶之介「ばれてたか」茂みの中から這い出て来た。
「ぬしは、玄武流派であろう? 修行はせんでいいのか?」
「俺の仕事は、諜報活動が中心だ。戦いは兄がやる」
「兄思いじゃの」
「青龍派は、人数が足りないんじゃないのか? こんな人数で戦えるのか?」
「戦は兵に任せる。わしらは、麻雀でケリを付けるための部隊じゃ。おぬしもそうであろう?」
「違いないね。人が死なないならば、それに越したことはない」
「間もなく大きな戦が始まるであろう。日本全国を巻き込む大戦じゃ」
「『私闘制限の詔』があるだろ? 戦争は起こらないぜ」
「あんな詔一つで、人の欲望は治められぬ。欲望の輩は、何が何でも戦を起こす筈じゃ。それを止めるのが『覇裟羅』たちじゃ」
「何だよ、その『バサラ』って」
「強大な悪を協力して倒すのが『覇裟羅』たちじゃ。鎌倉時代末期から南北朝の動乱の時期に現れた者達じゃ」
「倒した後に、自分が支配者になるのか? 同じじゃねーの?」
「『覇裟羅』は、権力の私物化や独占化を嫌う。権力は公平に使われて然るべきもの。力あるものは、その使い方を誤ってはいかん。『覇裟羅』は、圧倒的な独裁力を粉砕するためだけの組織じゃ」
「それじゃ、青龍派は全員『覇裟羅』を目指しているのか?」
「まだ、その段階ではない。残念ながら、ワシの考えを聞いたのは、他流派であるお前が最初じゃ」
「いいのか? そんな大切な話を俺なんかが先に聞いて?」
「おぬしは、悪ぶっているように見えても、根はいい奴じゃ」
「そんな訳、ねーだろ! じーさん、俺を買いかぶり過ぎだ」
「讃岐(香川県)へ飛べ。そして西国の白虎流派を見てこい。色々分かるじゃろ」
「ふ~ん、面白そうだな。行ってみるか」と言って、その日は大人しく北海道に帰った。兄に西国行きを相談したら、軽くあしらわれた。次に柳田に会ったのは、親善試合の申し込みに来たときだった。
玄武流派との親善試合が終わった後、門弟たちは、疲れをいやすために帰仙した翌日を丸一日休日にあてられた。疋田は『憐心の滝』で打たれ、柳田の言葉を一つひとつ思い出していた。
柳田「疋田よ、おぬしの考えは前向きで非常によろしい。真っすぐ過ぎるくらいじゃ。しかし、それではいかん。物事は、多角的に広く捉えなければいかん。真っすぐ過ぎれば、悪意のあるものに利用されるだけじゃ」
「いつ投げ出しても良い。気の済むまで続けても良い。しかし、おぬしの決断に対して、世間は存外無関心じゃ。そのことだけは忘れるな。しかし、その決断が大きく世を変えることもある。大きな仕事をするものは、その小さな決断を粗末にせん」
「この滝は『憐心の滝』という。達人が最後に辿り着く境地が『憐れみ』の境地じゃ。技術的に上限に達した者たちは例外なく、そこに辿り着く。幾多の修羅場をくぐり抜けて、何事にも対応できる大きな余裕が生まれれば、他人に対して『憐れみ』も抱けるようになる。おぬしも、他人に憐れみを感じ始めたら一人前じゃ。その日まで、とことん自らを鍛え上げよ!」柳田副師範の言葉は、全て自分に向けられたものだと思えた。
一馬と、雀悟は頭を悩ませていた。
一馬「白虎流派との親善試合は、「満貫組手」、「漂流戦」、「封印戦」の三部構成で提案されていた」
雀悟「禿師範代がドンドン門弟を破門にするものだから、まったく人が足りない。困ったものだ」現在青龍派には、正式な門弟が5名しかいなかった。
「しかも全員、異なる参加者でという、希望まで出ている。おそらく、こちらの人数を把握するため、そして俺たちを分断するのが目的だろう」
「仕方ない。「満貫組手」は四名の門弟で対応するが人数が足りないので、予備役として彼を召集する。「漂流戦」は、黒脛巾組にお願いする」
「了解した」
「「封印戦」は、私と疋田で担当する」
「これで、何とかなるかも知れない」そして、麻雀は強いが、性格的に問題を抱える爆弾のような男が緊急招集された。
〔第二話:天使の友達全国行脚 in 出雲〕