第5話 島内覇権
劉備はポカンとした表情をしていた。
「私が精霊とな……。ん~、人間だと思うのだがな。」
正直劉備が精霊というのはピンと来なかったが、マナに干渉できているとすると、そう考えるしかないのかもしれない。
「グレースさん、先ほど現存する種族では精霊族だけだと言っていましたが、過去にはマナに干渉できる種族が他にいたんですか?」
「そうですね……、一応いたとは言い伝えられているのですが……、その……御伽話と言いますか……。」
グレースは少し歯切れ悪く、そう口にした。
「御伽話、ですか……?」
「この世界じゃ誰もが子供の頃に聞かされる『聖魔伝記』ってのがあってな。まあいわゆる、子供向けの有名な御伽話なんだが、グレースはその話が昔から好きでな……。」
グラッケンがそう言うと、グレースが少し恥ずかしそうに頬を膨らませた。
「た、確かに子供向けの物語ですが、ちゃんと過去の事実に基づいていると言われてるんです!」
「わかったわかった、その話はまた今度してやってくれ。それより今は、この島の状況について二人に話しておきたいんだが、いいか?」
グラッケンは少し興奮するグレースを宥め、劉備とハンに視線を向けた。
「うむ、今の状況についてわからないことが多すぎる。グラッケン殿、話してくれ。」
劉備がそう言うと、グラッケンは頷きゆっくり話し始めた――――。
グラッケンによると、まず劉備とハンが始めにいたのは『ノウソウロ』と呼ばれる広大な大陸で、各地の大国同士で戦いが日々勃発しているらしい。この島はそこから西に位置する秘境の島『バッカス島』と呼ばれている。
とある強力な結界魔法に守られており、大陸ではそれこそ御伽話のように、噂レベルでしか認知されていないそうだ。
数年前まで島の北側にハーフリングたちの大きな集落があり、今の数倍の規模で生活をしていたが、ある日突然島へやってきた吸血鬼族の襲撃に遭い一族の大半は壊滅、住んでいた土地も奪われてしまった。その後、族長の息子であるホッパーが生き残った70名ほどを率い、島最南端にあるこの地へ逃れてきたそうだ。
そして今、この島では複数の種族が台頭し、覇権を争い始めている。島の北側には吸血鬼族や鬼人族をはじめとする複数種族、南側にはハーフリング族や妖狐族、獣人族など比較的小規模な種族が複数混在している。中でも北の吸血鬼族や鬼人族は周辺種族を取り込み、その勢力を飛躍的に伸ばしている。
一方ハーフリングたちは最も規模が小さく、そんな彼らを狙って妖狐族が最近攻め込んできたらしい。多くが怪我を負っていたのは、その戦いが原因だったようだ。粘りの戦いを見せ、なんとか一度は引かせることができたが、またいつ攻め込んできてもおかしくない状況とのことである――――。
「……とまぁ、ざっくり話すとこんな具合だ。いわゆる崖っぷちってやつだな……。あんたらも今後どうするのか考えた方がいいだろう。大陸に戻ろうがこの島に残ろうが、規模は違えどあるのは『戦争』ってことだ……。こんな世界に転生しちまって、気の毒だが……。」
グラッケンは水を飲み一息ついた。
そんな状況で僕ら二人の面倒を見てくれていたのかと思うと、ハンは申し訳ない気持ちになった。
「どの世も、乱世か。」
劉備は天を仰ぎ、嘆くように呟いた。
前世で中華の長き乱世に身を投じ、人生の全てを懸けて戦ってきた英雄は、目の前の状況を知り何を思うのか。ハンは劉備の考えが何となくわかる気がしたが、その言葉をジッと待っていた。
「グラッケン殿、色々とお話しいただき感謝する。少しばかりこの世のことが見えてきた気がする。ただ、この世で私は何をすべきなのか、何ができるのか、正直検討もつかなければ、考えること自体烏滸がましいようにも思う。前世では幾度となく失敗もしてきた。思い出せば後悔ばかりだ……。」
現代の三国志作品の多くが劉備玄徳を英雄として、正義として扱っているが、その生涯は華々しい歴史だけではない。そう思いながら、ハンは劉備の言葉に神経を集中させていた。
「だが……、きっとそんなことはどうでもいいのだろう。今目の前で、私の恩人たちが窮地に晒されている。そして私には、前世で培った戦の経験と知恵がある。この劉備玄徳、其方たちの力になりたいと思うが、いかがだろうか?」
「ぼ、僕も同じ気持ちです……!大したことはできないかもしれませんが、ぜひ協力させてください……!」
劉備とハンの言葉に、グラッケンたちは驚いたように目を合わせた。
「願ってもねぇ話だ!!正直ちょっと期待はしちまってたんだが、本当にそう言ってくれるとはな。心から感謝する……!」
「劉備さん、ハンさん、ありがとうございます……。だけど、本当によろしいのですか?お二人を危険な戦いに巻き込むことに……。」
「行くあてもなく死にかけていた見ず知らずの我々を、其方たちは受け入れ救ってくれた。乱世にはそんな心優しき者たちが必要だと私は思う。我々がすべきは争うことではなく、互いを尊重し助け合うことに他ならない。少なくとも私はそう信じている。」
劉備のその言葉に、皆どこか暖かな光で照らされたような、そんな感覚を覚えていた。
こうして劉備とハンは、グレースやグラッケン、ハーフリングたちと行動を共にすることになったのだった――――。