第20話 魔河童という種族
思っていたより道が悪く、シェリカ隊は予定よりかなり遅れて魔河童族の縄張りへ到着しようとしていた。
「歩きにくいし、ジメジメした場所だな……。」
シェリカが不機嫌そうに茂みをかき分ける。
「この環境だからこそ育つ植物や、収穫できる資源がたくさんあるみたいですよ。」
さすが隠密のピノは各地の情報には詳しいようだ。
「ここでは敵に地の利がありますから、水辺には特に注意して進みましょう。」
ハンの言う通り注意深く警戒しながら、とうとう魔河童たちが暮らす湿原の奥地へと辿り着いた。
「結局、何も起きないまま着いちゃいましたね。気づかれてないのか?」
「なんだか逆に不気味よね……。」
ホッパーとハンナが不思議そうに言う。
たしかに魔河童が噂通りの者たちなら、こちらの動きにもいち早く気づき何か仕掛けてきても良いと思っていたが……。
ハンも怪しさを感じていたが、現状明確な何かは見当たらなかった。
「おやおや!よくいらっしゃったね!長旅で疲れていないかい?」
突然、気が抜けるほど穏やかな言葉が響き渡る。
「なんだあのガキは?」
シェリカが声の主を見てすぐ声をあげる。
「ちょっとガキはひどいなぁ!僕はここを指揮ってるハノメ!よろしくね!」
魔河童族長と名乗るその者は、少年のようなあどけない見た目をしている。
端正な顔立ちに銀色の長髪、青みがかった肌の色に和服のような装いをしており、その隙間から見える皮膚には鱗?のような模様がある。
「ぼ、僕たちがここへ何をしに来たかはわかっていますか……?」
ハンが状況を正そうと質問をする。
「ん~、見た感じ遊びに来たわけではなさそうだよね。侵略かな?」
飄々としているせいで緊張感を削がれる感覚。たった一人で敵を目の前にして、何故こうも余裕でいられるんだ?
「なーんてね。君たちのことはもう知ってるよ。近頃、そこそこ話題になってるからね。この南側で多少ブイブイ言わせてた獣人と半人半馬が、どういうわけか突然ハーフリングの生き残りたちと手を組み、何だか立派な村を作ってるってね。しかもその立役者はなんと、人間だって言うじゃないか!とっても愉快な話だよね!」
さすが、そこまで実情を知ってるのは彼らが諜報に長けているからだろう。
「そこまで知っているのなら話は早いですね……。僕たちは北を目指しています。そのためにはこの地にいるあなた方、魔河童の皆さんも無視はできないんです。」
「うんうん、そうかそうか。何か大切な用事があるんだねきっと。でもそれって、すごく勝手じゃない?」
文章の後半、ハノメが初めて少し語気を強めた。
「君たちの都合で、どうして僕たちは平和な暮らしを奪われなきゃいけないの?」
「もちろん皆さんの暮らしを奪う気はありません。僕たちはただ……、大切な仲間たちが吸血鬼に奪われてしまったものを取り戻したいんです。」
ハンがそう言ったとき、ハノメからほんの一瞬殺気のようなものを感じた。
「ふーん、奪われたものか~。」
ハノメは少し歩きながら考えるような素振りを見せる。するとすぐに立ち止まり、不敵な笑みを浮かべ言葉を放った。
「僕らもそれに協力する、……って言ったら、どうする?」
一瞬その場に沈黙が生まれた。
「けっ、お前らは吸血鬼の奴らと繋がってるんだろう?」
シェリカが呆れたように声をあげる。
「あぁそっか~、そりゃ情報を持ってるのはこちらだけじゃないよね!だけど僕らだって、好き好んであんな奴らと仲良くしてるわけじゃないんだよ。」
「そんなこと言われても信用できるわけがない……。ハンさん……?」
ホッパーがハンの方へ視線をやる。
ハンは今になって違和感を感じていた。
正直この地は北の吸血鬼領からはかなり離れていて、そこまで危険が及んでいるとは考えにくい。しかし魔河童族は時に他種族を敵に回すような卑劣な行為もしながら、わざわざ吸血鬼と内通し続けている。メリットは何だ?
まだ北には鬼人や天狗といった強力な種族がいる中で、いずれこの島全体を吸血鬼が制圧すると先見している?
でもこのタイミングから明確な敵を作るような賭けに出る意味はなんだ?
ハンは1人頭の中で高速考察していた。
「…………。ハノメさん、と言いましたか。あなたたち魔河童族の目的はなんですか?」
たくさん考えた結果、結局これが1番気になる部分だった。
「そうだなぁ。僕らは……。」
ハノメはまた少し考えるような素振りを見せ、ゆっくりと口を開いた。
「一人も欠けることなく、みんなで楽しく暮らしたいんだよね!そのためならどんなことだってやるし、強い相手には無理に逆らわない。長いものには迷わず巻かれにいくタイプなんだ!」
変わらず飄々とした掴みどころのない返しだったが、何となく全てが嘘ということはなさそうだと、ハンは感じていた。
「こちらもなるべく争いはしたくありません。なので、はっきりと提案させていただきます。我々と、協力関係を結びませんか?」
「おいハン!ほんとにいいのか?こんな奴ら信用できないだろう!」
シェリカが声を荒げる。
「こちらも損害を覚悟して戦えば、予定通り勝利することはほぼ間違いないでしょう。しかし、今彼らを力で屈服させたとしても、そこに明るい未来はない。きっと劉備さんでも同じ答えを出したと思います。」
それに、この種族には何かある……。
「相手に争う気がないのであれば、僕もそれが最良の手な気がします……。」
ハンとホッパーの言葉にシェリカも口をつぐんだ。
「ん~君は賢いね。何やら人間がこの島にいるという話は聞いていたけど、なかなか面白いなぁ。」
「で、どうなんだい!協力するのか、しないのか?」
シェリカが催促するようにプレッシャーをかける。
「うん、いいよ。僕らも余計な血は流したくないからね。君たちがちゃんと知能ある方々で安心したよ!」
「こっの舐めやがって……。」
ブチギレのシェリカをハンナとピノが二人がかりで止めている。
「ではハノメさん、一度我らの主へ会っていただけますか?このまま一緒に来ていただけると有り難いのですが。」
「こちらが力で劣っていることは明白だし、お望みのままに。君たちの村はすごい栄えてるって話だし、楽しみだなぁ!」
相変わらず何を考えているのか、掴みにくい男である。
こうして予定していた戦いをすることなく、魔河童族長ハノメを村へ連れて行くことになったのだった。