第16話 君主の誕生
半人半馬族が加わり数日、劉備とハンは疫病調査をするため、急ぎケイロンを含む数名の半人半馬たちと共に村から西側へと向かった。半人半馬たちが生活をしていた地域では、特に問題はないようだったが、そこから少し北へ進んだ頃、ハンがあることに気がついた。
・ファーマ草
状態:約70%枯れている
特性:(本来は)疲労回復や擦り傷の手当てに良い
・アボディの木(樹齢30年)
状態:約50%枯れている
特性:(本来は)甘く栄養価豊富なアボディの実をつける
やはりそうだな……。
「北へ来れば来るほど、草木の状態が悪化しているようです。土や水の質は悪くなさそうなので、やはり空気が原因ですね……。」
ハンは鑑定をしながら状況の整理を試みていた。
「鑑定とはそのようなことまで分かるのか。たしかに、それであればあの恐ろしい感染力にも頷ける……。」
ケイロンが当時の状況を思い返しながら答える。
「ただ、今この辺りの空気に問題はないようです。人体に影響があるほど空気が汚れていれば僕の鑑定力でも分かるのですが、この辺りは他と変わらず正常と見えます。」
ハンの鑑定スキルは、発現時と比べると詳細なことまで見えるようになっているようだった。
「では疫病の原因となった空気中の何かが、この北側から流れてきたということか。注意しながらもう少し進んでみよう。ハン殿、随時確認を頼めるか?」
「もちろんです。皆さん僕より後ろからついてきてください。」
そうして一同はハンの管理のもと進み、感染源近くであろうエリアへやってきた。
「この辺りは特に草木の状態が悪いですね……。鑑定するまでもないくらいに。逆にここより北側では問題はないようなので、この辺りが感染源かと……。」
そこには見るからに変色し荒れ果てた草木が広がっていた。一緒に来ていた半人半馬の数名が少し不安そうな表情を浮かべている。また感染するのではと懸念しているのだろう。
「かなり時間も経っていて、すでに人体に影響のある濃度ではありませんので安心してください。この辺りで一時的に発生した何らかの毒ガスが、半人半馬族の皆さんが暮らす南側へと流れていった、おそらくそういうことではないでしょうか。」
「毒ガス……。」
ケイロンたちは念の為その近辺を調査している。
そんな中、劉備は何か違和感をその辺りに感じていた。もちろん草木は荒れ果て、見るも無惨な景色なのだが、空間そのものが他とは違う、そんな気がしていた。
「劉備さんどうかしましたか?」
ハンは劉備の異変に気付き声をかけた。
「いや、何か……、取って付けたような……。あるものがないような、ないものがあるような……。」
「…………な、なるほど……?」
ハンは劉備の言っていることはまるでわからなかったが、何か確かな違和感を感じているのだろう、そう思っていた。
その後も劉備はしきりに首を傾げていたが、これといった何かは見つからず、一同は引き返すことにした。
「ひとまず現状、これ以上の感染者が増えるということはなさそうです。」
「明確な原因がわからないのは不安だが、万が一感染者が出れば早急に私の方で治療をする。警戒は常にしておこう。」
「僕も空気の鑑定は怠らないようにします。」
そうして劉備たちが村へ帰還した翌朝、ホッパーがハンを連れて劉備の元へやってきた。
「少しお話ししたいことがあるのですが、今から広場へ来ていただけませんか。」
なんとなく改まった言動に困惑しながらも承諾し、劉備たちはホッパーについていった。
「これは何の騒ぎだ?」
広場へ到着すると、村の全住人たちが勢揃いしていた。
「お二人はあちらへ。」
広場の奥には見慣れない、広い高座のような、ステージのようなものが設けられている。劉備とハンはそこに上がるように言われているようだ。
「何をするというのだ……。」
「何なんでしょう……?」
高座へ上がると、勢揃いした村人たちの顔がよく見えた。すぐ前には、ホッパーやシェリカ、昨日共に帰還したばかりのケイロン、それぞれの族長たちが顔を並べている。
すると、真っ先にシェリカが口を開いた。
「ここにいる私たち全員、これから一緒にやっていく仲間、家族だ。そうだな大将?」
劉備は全体をゆっくりと見渡し、まっすぐな眼差しで答える。
「無論だ。」
劉備の返答の後、シェリカが続ける。
「私たちもそれなりに数が増えてきた。どんな噂が流れてるのかは知らないが、どこにも属していなかった近隣の小規模な種族たちまでが、ここに加わりたいと押しかけて来始めているようだ。まあ当然っちゃ当然だろうがな。」
いずれそんな種族も出てくるだろうとは思っていたが、やはり半人半馬族が加わったという情報は島内中にかなりのインパクトを与えたのだろう。
そしてハンは、シェリカたちが何を言わんとしているのか、理解が追いついてきていた。
「今後どんどん大きくなるこの勢力には当然、上に立って指揮する奴が必要不可欠だ。そしてそれは、劉備玄徳、あんたの他にはいないと、ここにいる全員が確信している。」
村人たちは頷きながらその様子を見つめている。
今までも劉備が指揮をとり当たり前のようにやってきてはいたが、規模が大きくなるにつれて、明確に誰がトップに立つのか、それを決めるのはとても重要なことだとハンも感じていた。
しかしおそらく劉備は、前世での失敗からか、何か後悔を拭えずにいるようだった。言い伝えられている歴史が全てではないのはもちろんだが、大きなコンプレックスを抱えていることで、自身が皆を導く立場になることを、どこか避けているようにも思えた。
「あくまで対等に共存・共闘をする、それを条件に加わってくれたのではないか?」
「それはあんたが勝手に付けた条件だろ。そもそも負けたやつにそんなこと言う方がどうかしてんだよ!」
「姉さん!話が逸れています。」
セレーヌがシェリカを諭し、シェリカは一度咳払いをした。
「と、とにかくだ!一緒に行動するようになって、あんたのことがよくわかってきた今、主人として仰いでもいいと、いや仰ぐべきだとそう思ったんだ。」
シェリカの言葉の後、ケイロンが口を開く。
「劉備様。あなたは"力で従わせることは赦さない"、そうおっしゃった。そうであれば我々は、あなたの力ではなく、その心に従います。その清くまっすぐな心に。」
「崖っぷちだった僕らハーフリングを救ってくれたのは、紛れもなくお二人のおかげです。そして、いつかあなたを主人として仰ぐことを夢見てきました。どうか、我々を導いてください、劉備様。」
その言葉の後、ホッパーがゆっくりと跪く。すると、その場にいた全員が一斉に跪いたのだった。
その光景を見つめる劉備へ、ハンが言葉を投げかける。
「僕は劉備さんのことを英雄だと思っています。あなたが前世で成し遂げてきたこと、失敗してきたこと、たくさん読みましたがそれはもう関係ありません。この世で確かに出会い、劉備玄徳という人を間近で見てきました。あなたはどの資料の記録よりも、言い伝えられている伝承よりも、大いに勝る英雄です。前世であなたに仕えてきた方々はきっと、心底幸福を感じていたでしょう。ここにいる僕たちが、その証明です。」
「ハン殿…………。」
「それでもまだ、ご自分を信じられないのなら、あなたを信じる、僕たちを信じてください。」
その言葉の後、ハンが跪いた。
劉備は皆を見渡し、天を見上げ、大きく息を吸い込んだ。
「あれこれと考えるのはもうやめよう。」
劉備はゆっくりと剣を抜き、高々と掲げた。
「私が先頭に立ち、其方らを必ずや安寧へと導こう。皆の者!この劉備玄徳について来い!!!」
「おおおおおおおおおお!!!!!!!!」――――――――。
『契りを交わしました』
一人一人の心に突然、そんな"声"が聴こえた。
今の声は……?
でも何かとても、温かい……。
劉備へ心から忠誠を誓い、配下となった者への洗礼だろうか。身体中から力が溢れるような感覚を、その場にいた全員が確かに感じていた。
こうしてここに、君主 劉備玄徳が誕生したのだった。