第14話 来訪者
村での暮らしはかなり安定してきていた。掲げていた衣食住の整備は、すでに成ったと言っていいだろう。
それどころか最低限の生活基盤ができたことで、より上の生活水準へと自然に上がり始めているようだった。
例えば、分かりやすいところで言えば『料理』だ。
ハンの現代での知識をもとに、料理上手のベルが日々腕を振るっている。
今までは食材のポテンシャルを全面に出したスタイルが主流だったが、食材はもちろん調味料や調理方法のバリエーションが増えたことで、村の食卓が一気に華やかになっていた。
「順調であるな。」
劉備が村の様子を見渡しながらそう呟いた。
「はい。まだまだ課題はありますが、予想以上に上手くいっていると思います。」
「ははは、さすがであるなハン殿。」
「ったくあんたら二人には驚かされてばかりだよ。この短期間で、まさか本当にここまで豊かにしちまうとは。」
「グラッケン殿無しではこうもいかなかったであろう。」
「本当にそうです。グラさんの技術がなければ、思い付いても実現できないことがたくさんありましたから……。」
「ガハハ。そう言ってもらえると職人冥利に尽きる。」
そんな会話をしみじみとしていた時だった。隠密のピノが姿を現す。
「ご報告があります。西側の茂みに怪しげな影があり、早急に調べたところ、西側に縄張りを構える半人半馬族と思われる者を1頭確認しました。」
「ケンタウロスめ、ついに動き出しよったか……?」
グラッケンが焦りを見せる中、劉備が口を開く。
「ピノ殿、現状1頭のみ確認できているということだな?」
「はい。半人半馬は100頭ほどで生活する種族ですが、この近辺ではその1頭しか確認できていません。また、攻撃をしようという姿勢は感じず、ただただ村を観察しているように見えました。念の為、ホッパーさんやヘンリーさんが警戒体制を敷いています。」
半人半馬といえば強靭な肉体に合わせ、高い知能を持つと言われているらしい。しっかりと訓練・連携されたその戦いっぷりは、あの吸血鬼や鬼人も下手に手を出さないとか。と言っても、そもそも戦いを好むような好戦的な種族ではないため、ピノの言うとおり、争うために来たわけではないのかもしれない。
「引き続きその者の動きを警戒してくれると助かる。戦闘員たちにもいつでも動けるよう、準備するように伝えてくれるか。」
「承知いたしました。」
「この村の文明に目をつけたのでしょうか……。」
「うむ。得体が知れず、向こうもこちらの情報を探っているのやもしれんな。」
「だとすると逆に、平和に交渉をする余地があるかもしれませんね。」
お互い犠牲を避けるためにも、争わずに和平などが成立できるのならそれに越したことはない。
劉備とハンはその可能性を考え始めていた。
しかしそれから数日後、ピノから新たな情報が報告された。
「劉備さん。半人半馬族が動き出したようです。数は50と全体の約半数で、率いているのは族長のケイロンだと思われます。」
「50?なぜそのような数で……。それにまだ動かぬと読んでいたが、何をそんなに焦っている……?」
劉備が言うように半数のみ、そしてこのタイミングでの侵攻というのは少し違和感があった。
偵察に来ていたことで、こちらが容易い相手ではないことはわかっているはず。
劉備やハンは何かあると睨んでいた。
「とにかく迎え撃つ準備を。数ではこちらが有利だが、抜かりなくいこう。」
劉備の指示で、固い迎撃陣形を組み始めた。
そして間も無く、半人半馬たちが村の近くまで侵攻してきた。
劉備自ら先頭に立ち、族長ケイロンと話をする隙を狙うことにした。
しかしその狙いは、半人半馬たちの姿が見えた時、儚く散ることになる。
見るからに正気の沙汰ではなく、獣のようにこちらへ突き進んできていたからだ。
「おいおい……なんだぁありゃ?半人半馬ってあんな頭悪そうだったか?」
シェリカが頭を掻きながらぼやいている。
「劉備さん、号令をいただけますか?」
ホッパーがそう言いながら前へ出ると、シェリカやセレーヌ、サラやヘンリーたちが同様に劉備の前へ出た。
「どうやら話し合いはしばしお預けのようだな。……皆の者!陣形は崩さず、敵を迎え討て!」
劉備の一声で、ホッパーやシェリカたちを先頭に全隊は前へ迎撃に出た。間も無くお互いの最前列が激しくぶつかり合った。
「へぇ……案外重いんだねあんたら……。」
シェリカやセレーヌ、サラたちですらその攻撃を止めるのに少しばかり苦戦していた。
ホッパーやヘンリー、ハーフリングたちに至っては、2人で1頭の敵を相手しなければ完全に押されてしまう。
また半人半馬の中にはひときわ強力な個体がいた。ピノの情報によるとその者の名はシレノス。見るからに他より大きな身体で、火魔法を纏った燃え盛る槍を振り回している。
「一発でも喰らえばひとたまりもないな……」
劉備は何か効果的に敵を無力化する方法はないか考えていた。
そこで気になったのが、半人半馬たちが錯乱状態にあり意思疎通が行えないこと。そして身体には何やら青いアザのような模様が浮かび上がり、時折吐血しているように伺えたことである。明らかに何か異常なことが彼らに起きている。
「病にでも侵されているのか……?であれば……。」
劉備は近くにいた半人半馬へ向け治癒魔法を施してみることにした。
「ぐっ……、あぁぁぁ…………!!!」
一瞬悶えていたが、今まで狂ったように暴れていたのが嘘のようにおとなしくなり、そのまま意識を失ってしまった。
「やはりか……。皆の者!敵は重い病に侵されているようだ!敵の気を引き、私が治療をする隙を作ってくれ!」
「病気……?どうりで……!」
それから劉備は、その場にいる半人半馬全員へ治癒魔法を施していった。
「嘘みてぇに静かになったな。」
倒れ込む半人半馬の背中をシェリカがバシバシと叩いている。
「とにかく族長の目が覚めるのを待つとしよう。何があるかわからないゆえ、申し訳ないが手足を縛らせてもらう。」
そうしてしばらく経ち、半人半馬たちが次々と目を覚ましていった。