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『江戸アイドル転生 〜地下アイドルが江戸の町を萌え革命〜』

この度は『江戸アイドル転生 〜地下アイドルが江戸の町を萌え革命〜』をお読みいただき、ありがとうございます。

本作は、現代の売れないアイドルが江戸時代にタイムスリップし、「アイドル文化」を広めていくという異色のタイムスリップストーリーです。主人公の星野みことが、自分自身の挫折や才能を見つめ直しながら、江戸時代の女性たちの生活を少しずつ変えていく姿を描いています。

執筆にあたり、江戸時代の風俗や習慣について調査しましたが、物語の都合上、史実とは異なる点もございます。「もしも現代のアイドル文化が江戸時代に持ち込まれたら?」という空想を楽しんでいただければ幸いです。

女性のエンパワーメントや自立、異文化融合、そして自分の居場所を見つける旅-これらのテーマを通じて、楽しく、時に心温まる物語をお届けできればと思います。

「ミニ着物」や「見せパン」、「江戸キラキラ娘」の活躍など、少し突飛な設定もありますが、どうぞ最後までお楽しみください。

※本作品はフィクションです。登場する人物、団体、出来事等は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。

『江戸アイドル転生 〜地下アイドルが江戸の町を萌え革命〜』


※作者より:これは歴史改変・タイムスリップものの小説です。

※江戸時代の風俗や習慣について史実と異なる部分がありますが、

※フィクションとしてお楽しみください。


第一章 — 売れないアイドルの最期


 「はーい、みなさん! 今日も来てくれてありがとう!」

 喫茶店の小さなステージで、星野みこと(22歳)は力いっぱい笑顔を振りまいていた。彼女の前には、たった5人のお客さん。それでも、地下アイドルユニット「キラキラ☆フューチャーズ」のセンターとして、みことは全力でパフォーマンスを続けた。

 「次の曲は、私たちの新曲『恋のときめきマジカルハート』です!」

 音楽が流れ始め、みことと他の4人のメンバーが踊り始める。キラキラしたピンクの衣装が、薄暗い喫茶店の照明に照らされる。

 (今日も客席はガラガラか...)

 踊りながら、みことは心の中で溜息をついた。デビューから3年、CDは累計でも1000枚も売れず、ライブハウスは常に半分も埋まらない。

 「キラキラ☆フューチャーズ」は、業界で最も売れないアイドルグループの一つだった。


 「みことちゃん、今日も頑張ったね」

 マネージャーの田中が、公演後に声をかけてきた。彼の表情には、言いにくそうな影が浮かんでいる。

 「何かあったんですか?」

 みことは既に予感していた。

 「実は...事務所から連絡があってね。『キラキラ☆フューチャーズ』は、今月で解散することになったんだ」

 予想はしていたものの、現実として突きつけられると胸が締め付けられる思いだった。

 「そっか...」

 みことは無理に笑顔を作った。「仕方ないですよね。全然売れなかったし」

 「君は才能があるんだ。次のチャンスがきっと...」

 「もういいです」みことは田中の言葉を遮った。「22歳のアイドル。もう若手とは言えないです。現実を見ます」

 楽屋で一人になったみこと。鏡に映る自分の姿は、疲れ切っていた。

 (夢なんて、叶わないんだ)

 彼女はスマホを取り出し、SNSを開いた。ファンからの「解散」に対するコメントが少しだけ並んでいる。たった15件。それが3年間の活動の全てだった。


 夜道を歩きながら、みことは空を見上げた。

 「どこかで、やり直せたらな...」

 そう呟いた瞬間、目の前が急に暗くなった。

 「え?」

 何かに躓いたのか、みことはバランスを崩した。倒れる。

 しかし、地面に叩きつけられる感覚はなかった。代わりに、体が宙に浮いたような不思議な感覚。そして、光の渦に飲み込まれる感覚。

 (これは...なに?)

 意識が遠のく前に、みことは不思議な声を聞いた。

 「あなたの夢、叶えてあげる...別の時代で」


第二章 — 江戸の目覚め


 「お嬢さん! お嬢さん! 大丈夫ですかい?」

 耳に届く見知らぬ声。みことは重いまぶたを開けた。

 目の前には、見慣れない天井。そして、心配そうに覗き込む中年女性の顔。

 「あの...ここは?」

 みことが弱々しく尋ねると、女性はほっとしたように胸をなでおろした。

 「よかった、気がついたかい。ここは江戸の下町、浅草だよ。あんたは川縁で倒れていたところを、うちの亭主が見つけたんだよ」

 「江戸...?」

 みことは混乱した。江戸? まさか時代劇の撮影現場? それともテーマパーク?

 しかし、起き上がって周囲を見回すと、そこは間違いなく古い日本家屋だった。窓からは、江戸時代そのものの風景が広がっている。木造の家々、着物姿の人々...

 (冗談でしょ...タイムスリップ?)


 「お嬢さん、どこから来たんだい? その奇妙な格好は...」

 みことは自分の服装を見下ろした。アイドル衣装のままだった。ピンクのフリルがついたトップスに、短いスカート。キラキラしたアクセサリー。

 「あの...私は...」

 何と答えればいいのか分からず、みことは言葉に詰まった。すると、部屋の戸が開き、中年の男性が入ってきた。

 「お、目が覚めたかい。変わった娘さんだね」

 「亭主、この子はどうしたらいいかね?」

 夫婦は顔を見合わせた。みことはようやく状況を理解し始めていた。

 (本当に江戸時代にタイムスリップしたの?)

 「あの...お二人、今って何年ですか?」

 「何年って...天保7年(1836年)だよ」

 みことの頭の中で、歴史の授業の記憶が蘇る。天保年間...完全な江戸時代の中期。徳川幕府の時代。

 「私は...遠い所から来ました」

 とりあえず、そう答えるしかなかった。


 数日が経ち、みことは少しずつ江戸の生活に馴染み始めていた。彼女を保護した夫婦は、小さな蕎麦屋「松寿庵」を営む松五郎と妻のおまつだった。親切な二人は、行き場のないみことを住まわせてくれた。

 みことは着物を借り、髪も江戸風に結ってもらった。しかし、彼女の心は落ち着かなかった。

 (これから、どうやって生きていけばいいの...?)

 蕎麦屋の手伝いをしながら、みことは考え続けた。江戸時代に転生したからには、何か意味があるはずだ。あの不思議な声が言った「夢を叶える」とは?


 ある日、松五郎が店の前に立て看板を出すのを手伝っていると、通りを歩く若い娘たちの会話が耳に入ってきた。

 「聞いたかい? 今度、吉原で新しい踊りの催しがあるんだって」

 「でも、あそこは遊女屋だよ。娘が近づいちゃいけない場所じゃないか」

 「だけど、あの踊りを見られるのは、今はそこだけなんだよ...」

 みことは思わず耳を澄ました。踊り...?


 その夜、おまつに尋ねてみると、最近江戸では新しい芸能が流行り始めているという。歌舞伎とは違う、若い女性たちによる踊りの催し。しかし、それを見られるのは主に吉原の遊郭か、一部の高級茶屋だけだった。

 「一般の人は見られないの?」

 「そうだねぇ。あんまり良くない場所でしか見られないから、普通の娘や女房は見に行けないんだよ」

 みことの頭に、ある考えが浮かんだ。

 (アイドル...江戸にアイドルがいないなら...)

 彼女の目が輝き始めた。

 「おまつさん、私、踊りが得意なんです」


第三章 — 江戸アイドル誕生


 「お、おい、みこと! 本当にこんなことして大丈夫なのかい?」

 松五郎は不安そうな顔で、店の前に立つみことを見つめていた。

 みことは蕎麦屋の前の広場で、即席のステージを作っていた。木箱を積み上げ、古い布で飾りつけをする。

 「大丈夫ですよ、松さん。私に任せてください!」

 みことは自信満々に答えた。2週間かけて準備してきたプランだ。江戸の町娘たちに「新しい踊り」を見せる。遊郭や高級茶屋でしか見られない踊りを、一般の人々に披露するのだ。


 準備を終え、みことは借りた着物を少し改造した衣装に着替えた。袖を短くし、裾を膝上まで上げている。そして、現代のアイドル衣装から取ったリボンやフリルを付け足した。

 髪型も、江戸時代の「丸髷まるまげ」に現代風のアレンジを加えた。前髪を残し、サイドに「触覚」のような髪を垂らしている。

 おまつは目を丸くした。「みこと...その格好は...」

 「新しいスタイルなんです!」みことは笑顔で答えた。「あ、でもこれだと踊りにくいかも...」

 みことは一つ問題に気づいた。改造した着物は確かに動きやすいが、ミニ丈にしたことで別の問題が生じる。

 (そうか...江戸時代には下着がないんだった)

 「ちょっとお待ちください!」

 みことは急いで中に戻り、持っていた現代の下着と、布を借りて即席の「見せパン」を作った。生地は粗いが、踊っても恥ずかしくない程度の物ができた。

 「これなら大丈夫!」

 松五郎とおまつは首を傾げるばかり。


 「皆さん、こんにちは! 私の名前は、星野みこと!」

 蕎麦屋の前に集まった10人ほどの通行人に向かって、みことは元気よく声を上げた。人々は好奇心いっぱいの目で、この奇妙な格好の娘を見つめている。

 「今日は特別に、新しい踊りを披露します!」

 みことは自分で作った簡易な太鼓を叩き始めた。リズムが生まれる。そして、彼女は踊り始めた。

 「キラキラ☆フューチャーズ」の振り付けを、江戸風にアレンジしたダンス。手拍子を入れ、時々声を出して歌う。

 最初は戸惑っていた見物人たちだったが、みことの明るいエネルギーと斬新な踊りに、次第に引き込まれていった。

 「わっ! すごい!」

 「なんて楽しい踊りなんだ!」

 「あの衣装、珍しいねぇ」

 特に、若い娘たちの目が輝いていた。みことのミニ丈の着物、現代風のヘアスタイル、そして何より自由な動きが、彼女たちの心を捉えたのだ。


 踊りが終わると、大きな拍手が起こった。みことは息を切らせながらも、満面の笑みを浮かべた。

 (久しぶり...こんな風に楽しんでもらえたの)

 「もう一度踊って!」

 「あの動き、教えてほしい!」

 若い娘たちが声を上げる。みことは嬉しさでいっぱいになった。

 「もちろん! でも、その前に...」

 みことは一人の娘に近づき、耳打ちした。娘は恥ずかしそうに頷き、みことに続いて簡単なステップを踏み始めた。

 「そう、その調子! さあ、みんなも一緒に!」

 みことは他の娘たちも誘い、即席の「踊り教室」が始まった。しかし、娘たちが踊り始めると、新たな問題が発生した。着物の裾が邪魔になり、足を上げる動作ができないのだ。

 「あの...みことさん、これじゃあ踊りにくいよ」

 「裾が邪魔で、足が...」

 みことはひらめいた。「そうだ! ちょっと待って!」

 彼女は店の中に駆け込み、残っていた布と糸を持ち出した。


 「これを見て! "見せパン"というの。これを履けば、着物の裾を上げても恥ずかしくないわ」

 娘たちは興味津々で見せパンを見つめた。

 「本当かい? でも、そんな格好...」

 「大丈夫! これは新しいファッションよ。私の故郷では、みんなこうやって踊るの」

 半信半疑ながらも、数人の娘が見せパンを試してみることになった。彼女たちは恥ずかしそうにしながらも、着替えて戻ってきた。

 「すごい...こんなに動きやすいなんて!」

 「足を上げても恥ずかしくない!」

 娘たちは新しい解放感に目を輝かせた。みことは再び踊りを始め、今度は娘たちも自由に動けるようになった。

 通りを行き交う人々は足を止め、この珍しい光景に釘付けになった。

 「なんて踊りだい?」

 「あの衣装は?」

 「面白いじゃないか!」

 松五郎とおまつは、店の前に集まる人の多さに驚いていた。

 「おい、おまつ...これはもしかして...」

 「ああ、お客がずいぶん増えたねぇ」

 その日、「松寿庵」の売上は、普段の3倍になった。


第四章 — 江戸アイドル革命の始まり


 「みなさん、いいですか? 1、2、3、ハイ!」

 みことの掛け声に合わせて、5人の町娘たちが息を合わせて踊る。それから1か月、みことの「踊り教室」は浅草の人気スポットとなっていた。

 「すごいよ、みこと。あんたの踊りを見に、わざわざ他の町からも人が来るようになったよ」

 松五郎は店の前の広場で練習する娘たちを見ながら、感心したように言った。

 みことが結成した「江戸キラキラむすめ」は、浅草一帯で評判になっていた。5人のメンバーは全員、地元の商人や職人の娘たち。みことの指導の下、現代のアイドルダンスを江戸風にアレンジした踊りを習得していた。

 「次の日曜には、隅田川の河原で大きな披露会をしようと思うんです」

 「それはいい考えだ! 私たちも応援するよ」

 みことはようやく自分の居場所を見つけた感覚があった。現代では売れないアイドルだった彼女が、江戸時代ではアイドルカルチャーの創始者になろうとしていたのだ。

 しかし、成功に伴い、新たな課題も生まれていた。


 「みことさん、この衣装...本当に大丈夫なの?」

 練習後、メンバーの一人、お米(16歳)が心配そうに尋ねた。彼女はみことが作った新しい衣装を手に持っていた。従来の着物をさらに改造し、裾を太ももまで上げ、袖も短くしたもの。

 「もちろん! これなら動きやすいし、見た目も可愛いわ」

 「でも...町の人たちが『あれは遊女のようだ』って噂してるんだよ」

 みことは表情を曇らせた。確かに、あまりに斬新な衣装は保守的な江戸の人々には受け入れがたいものかもしれない。

 「そうね...じゃあ、こうしましょう」

 みことは一計を案じた。衣装の下に履く見せパンを、より装飾的なデザインにし、それ自体がファッションの一部となるようにするのだ。

 「これを"江戸アイドルパンツ"と呼びましょう! 踊るための特別な装いなの」

 お米は目を輝かせた。「なるほど! 特別な衣装なら、遊女とは違うって分かるね」

 みことは頷いた。江戸の価値観を尊重しながらも、少しずつ革新を起こしていく必要があった。


 隅田川の河原での披露会当日、予想を超える人々が集まった。商人、職人、その家族...そして、驚くべきことに武家の若殿たちまで。

 「江戸キラキラ娘」の噂は、下町を超えて広まっていたのだ。

 「みなさん、今日は来てくれてありがとう!」

 みことは手作りの高台に立ち、大きな声で挨拶した。彼女の着物は膝上丈で、その下には鮮やかな赤い見せパンが覗いている。頭には華やかな髪飾りをつけ、前髪と触覚を残した独自のヘアスタイル。

 「これから、私たち『江戸キラキラ娘』の踊りをお楽しみください!」

 太鼓と三味線の即興伴奏が始まり、5人は踊り始めた。現代のアイドルダンスを基にしながらも、江戸の人々に伝わるよう和風テイストを加えたパフォーマンス。

 観客からは歓声が上がった。特に若い娘たちの目は輝き、中には踊りのステップを真似る者もいた。

 しかし、全ての人が喜んでいるわけではなかった。隅には、眉をひそめる年配の男性たちもいる。特に、武家の面々は複雑な表情だった。


 踊りが終わると大きな拍手が起こり、みことたちは何度もお辞儀をした。

 「みことさん、すごい人気だよ!」

 「みんな、私たちの踊りを気に入ってくれたね!」

 メンバーたちは興奮していた。しかし、みことは観客の中の反応を冷静に見ていた。多くの人々が喜んでくれている一方で、否定的な反応もある。

 (江戸時代の価値観を少しずつ変えていくには、もっと工夫が必要かも)

 帰り道、みことは突然、ある少女に呼び止められた。10代前半と思われる小柄な少女だった。

 「あの...みことさん!」

 少女は恥ずかしそうに前に出てきた。

 「はい?」

 「私...あなたのような踊り子になりたいです! あの踊り、あの衣装...全部素敵でした!」

 みことは少女の熱意に驚いた。そして、その背後に控えているもう一人の存在に気がついた。着物は質素だが、佇まいの良い中年女性。少女の母親だろうか。


 「お母さまも一緒なのね」

 少女は頷いた。「母も、あなたの踊りを見て感動したんです」

 女性は一歩前に出て、静かに語り始めた。

 「みことさん、あなたの踊りには自由があります。私たち江戸の女は、多くの制約の中で生きています。でも、あなたは違う...」

 女性の言葉に、みことは深く考え込んだ。

 (そうか...私が持ってきたのは単なる踊りじゃない。江戸の女性たちへの"自由"なんだ)

 「実は、他にもお願いがあります」女性は恥ずかしそうに言った。「あの...踊りではなく、別のものについて...」

 「別のもの?」

 「はい。娘が毎月苦しむ時があります...女としての...」

 みことはすぐに理解した。生理の話だ。江戸時代の女性たちは、布切れなどを使って対処していたはずだ。

 「分かりました。実は、私はもっと快適な方法を知っています」

 みことは決意した。アイドル文化だけでなく、女性たちの日常生活をより快適にする知識も共有していくことに。

 「明日、私たちの練習場所に来てください。町の女の子たちに、いろいろなことを教えようと思います」

 少女と母親は喜びの表情を浮かべた。

 みことの「江戸アイドル革命」は、新たな段階に入ろうとしていた。


第五章 — 女性のための新発明


 翌日、みことの踊り教室には、通常より多くの若い女性たちが集まっていた。みことは彼女たちをより広い場所へと案内した。松五郎の親友が営む小さな倉庫を、特別に借りたのだ。

 「みなさん、今日は踊りとは別の大切なことについてお話しします」

 みことは少し緊張した面持ちで、集まった20人ほどの女性たちに語りかけた。年齢層は様々で、10代の少女から30代の主婦まで。昨日の女性の噂を聞きつけて集まったのだろう。

 「まず、女性の体について...」

 みことは現代の知識を基に、分かりやすく月経のメカニズムを説明した。江戸時代でも、もちろん女性たちは月経について知っていたが、それを科学的に理解する機会はなかった。

 「月のものは恥ずかしいことじゃないし、病気でもありません。女性の体の自然な仕組みなんです」

 女性たちは真剣な表情で聞き入っていた。中には涙ぐむ人もいる。長年、「穢れ」や「病」として扱われてきたものが、実は自然な生理現象だと知り、安堵したのだろう。


 次に、みことは自作の生理用品を取り出した。現代のナプキンを模して、柔らかい木綿の布と、吸収力の高い和紙を組み合わせたものだ。

 「これが『月パッド』です。今使っている布よりも吸収力が高く、肌に優しいんです」

 女性たちは興味津々で手に取り、感触を確かめた。みことは使い方を丁寧に説明した。

 「そして、もう一つ大切なものがあります」

 みことは、簡易的な下着を取り出した。布を縫い合わせて作った、現代のショーツを模したものだ。

 「これを『月ショーツ』と呼びます。これを履くと、月パッドがずれにくいし、日常の動きも楽になります」

 女性たちからは驚きの声が上がった。

 「こんな便利なものがあったなんて...」

 「これなら、あの時期も安心して働けるかも...」

 みことは微笑んだ。「今日は、作り方もお教えします。皆さんの家にある布で、簡単に作れますよ」

 その後、みことは女性たちに「月パッド」と「月ショーツ」の作り方を教えた。材料は身近にあるもので、技術も特別難しいものではない。女性たちは熱心にメモを取り、時に笑顔を交わした。


 会の終わりに、中年の女性が立ち上がった。

 「みことさん、ありがとう。私たちにとって、これは本当に...」言葉に詰まり、彼女は深々と頭を下げた。

 他の女性たちも同じように感謝を述べた。みことは胸が熱くなるのを感じた。

 (現代では当たり前のことが、ここでは革命になるんだ)


 その夜、松五郎の蕎麦屋に一人の商人が訪れた。呉服屋の丹六と名乗る、50代ほどの男性だった。

 「星野みことさんに会いたい」

 みことが出ていくと、丹六は深々と頭を下げた。

 「噂の踊り子、みことさんですな。是非お話を」

 三人は店の奥に移動し、丹六は切り出した。

 「私の妻と娘が、今日の『月パッド』の会に参加しておりました。大変感動して帰ってきたのです」

 みことは少し驚いた。「ご家族が参加されていたんですか」

 「はい。妻は長年、月のもので苦しんでおりました。今日、あなたの教えを聞いて、涙を流して喜んでおりました」

 丹六の表情は真剣だった。

 「みことさん、私はこの『月パッド』と『月ショーツ』を商品として売りたいのです。多くの女性たちに届けるために」

 みことは驚きに目を見開いた。まさか商品化の話が来るとは。

 「丹六さん、それは...」

 「もちろん、みことさんにも相応の報酬をお支払いします。新しい商品の考案者として、売上の一部をお渡ししたいのです」


 みことは考え込んだ。現代では当たり前の生理用品を、江戸時代の女性たちに届けられる。そのチャンスだ。しかし、一方で心配もあった。

 「丹六さん、このような商品は...その、恥ずかしがられたりしませんか?」

 丹六は頷いた。「確かに、表立って売るのは難しいかもしれません。しかし、私は呉服屋。女性のお客様が多いのです。噂を広め、個別に販売することはできますよ」

 松五郎が口を挟んだ。「みこと、これはいい話じゃないか。あんたの知恵が多くの人の役に立つんだ」

 みことは決心した。「分かりました。一緒にやりましょう」

 丹六は満面の笑みを浮かべた。「良かった!ぜひ明日、私の店に来てください。妻と一緒に、製造方法を詳しく相談したいのです」


 翌日、みことは丹六の呉服屋「丹六屋」を訪れた。思ったより大きな店で、複数の職人が働いていた。

 「いらっしゃい、みことさん」

 丹六の妻・おたけが出迎えた。おたけは昨日の「月パッド」の会に参加していた女性の一人だった。

 「早速ですが、商品の詳細を相談したいのです」

 奥の部屋で、みことはより詳しい製造方法を説明した。吸収力をよくするための層の重ね方、肌触りを良くするための工夫、そして清潔に保つための処理方法。

 おたけは熱心にメモを取りながら、時折質問を投げかけた。丹六もじっくりと話を聞いていた。


 「みことさん、もう一つお聞きしたいのですが」丹六が切り出した。「あの踊りの衣装、あの...見せパンとおっしゃるものも、商品にならないでしょうか」

 みことは驚いた。「見せパンですか?」

 「はい。娘たちの間で評判になっているようです。『踊りやすい』『動きやすい』と。実は、昨日の披露会を見た若い女性たちから、『あの下に履くものが欲しい』という問い合わせが何件か来ているのです」

 みことは考え込んだ。確かに、見せパンは踊りだけでなく、日常の動作も快適にするだろう。江戸時代の女性たちは、着物の下に何も履いていないため、風が強い日や激しい動きをする時には不便だったはずだ。

 「そうですね...見せパンも商品化できると思います」

 丹六とおたけは顔を見合わせて微笑んだ。

 「では、『月パッド』『月ショーツ』そして『見せパン』の三種類を商品にしましょう」丹六は力強く宣言した。「準備が整い次第、販売を始めます」

 みことは胸の高鳴りを感じた。まさか江戸時代で「女性下着ビジネス」を始めることになるとは。


 「それと、みことさん」おたけが優しい表情で言った。「あなたの踊りも素晴らしい。娘たちを元気づけています。これからも続けてくださいね」

 「はい、もちろんです!」

 帰り道、みことの頭には新しいアイデアがひらめいていた。

 (踊りと下着...これを組み合わせれば、さらに可能性が広がるかも)


第六章 — ビジネスの拡大と「アイドルスクール」


 商品化から一ヶ月、丹六屋の「月パッド」と「月ショーツ」は密かな人気商品になっていた。表立った宣伝はできないものの、女性たちの間での口コミが効果的に働いたのだ。特に、みことの踊り教室に通う娘たちが、その良さを周囲に広めてくれた。

 「みことさん、おかげさまで商品が飛ぶように売れています」

 丹六は喜びを隠せない様子で報告した。みことは約束通り、売上の一部を受け取っていた。

 一方、「江戸キラキラ娘」の活動も活発になっていた。隅田川での披露会以降、様々な場所から踊りの依頼が来るようになった。商店の開店祝い、町内の祭り、はては豪商の宴会まで。

 みことにとって忙しいが充実した日々が続いていた。


 「松さん、ちょっと相談があるんです」

 ある夜、みことは松五郎とおまつに切り出した。

 「最近、『踊りを教えてほしい』という娘さんたちが増えていて...このままでは対応しきれないんです。何か良い場所はないでしょうか」

 松五郎は腕を組んで考え込んだ。「そうだな...あ、そういえば浅草寺の近くに古い倉庫があったはず。今は使われていないんだ」

 「それは誰の持ち物なんですか?」

 「確か、米問屋の佐吉のもののはずだ。彼なら話が通じるかもしれない」

 翌日、みことは松五郎の紹介で米問屋の佐吉を訪ねた。60代の温厚そうな商人だった。

 「踊りの教室?」佐吉は首を傾げた。「確かに倉庫は空いているが...」

 「あの、実は...」

 みことは自分の計画を説明した。単なる踊り教室ではなく、「江戸アイドルスクール」を作りたいのだと。現代のアイドル養成所のようなものを、江戸時代に作るという野心的な計画だった。

 「教えるのは踊りだけではありません。立ち居振る舞い、表情の作り方、話し方...そして、女性として自信を持って生きるための知恵です」

 佐吉はみことの熱意に押され、最終的に倉庫の使用を許可した。家賃は、イベント時の売上の一部と、時折の踊りの披露だという。

 「佐吉さん、ありがとうございます!」

 みことは深々と頭を下げた。佐吉は照れくさそうに笑った。

 「いや、私の孫娘もあんたの踊りのファンでねぇ。喜ぶだろう」


 倉庫の改装は、地元の大工や、みことのファンになった町の人々の協力で進んだ。一ヶ月後、「江戸アイドルスクール」がついに開校した。

 「皆さん、江戸アイドルスクールへようこそ!」

 開校式には50人以上の少女たちが集まった。年齢は12歳から20歳くらいまで。目をキラキラと輝かせ、新しい世界への期待に胸を膨らませている。

 みことは感慨深げに彼女たちを見渡した。

 「このスクールでは、踊りの技術だけでなく、自分自身を表現する方法を学びます。そして何より大切なのは、『自分らしく輝く』ということです」

 少女たちは熱心に頷いた。


 スクールの活動は多岐にわたった。基本の踊りの練習、発声法、表情トレーニング。さらには簡単な化粧法や、ヘアアレンジの方法も教えた。みことが現代から持ち込んだ知識を、江戸時代の文脈に合わせて伝えていくのだ。

 また、丹六の協力で、新しい「アイドル衣装」の製作も始まった。伝統的な着物をベースに、動きやすさと可愛らしさを追求したデザイン。膝上丈の「ミニ着物」は、下に「アイドルパンツ」(見せパンの改良版)を合わせることで、大胆な動きも可能にした。

 「みことさん、この衣装、すごく動きやすいです!」

 「前髪を残すヘアスタイル、私にも似合いますか?」

 「三味線に合わせて踊ると、もっと楽しいですね!」

 生徒たちの反応は上々だった。特に、みことが教える「現代風の触覚ヘア」は大人気となり、スクールの生徒たちの間で一種のトレンドになっていた。


 スクール開校から3ヶ月後、初めての大規模な発表会が行われた。場所は隅田川の広い河原。特設ステージが設置され、江戸アイドルスクールの生徒たち約30人が出演した。

 「江戸アイドルスクール初公演、『キラキラ☆江戸スプリング』、始まります!」

 みことの掛け声とともに、華やかな衣装を着た少女たちがステージに登場した。現代風にアレンジされた和楽器の演奏に乗せて、彼女たちは元気いっぱいに踊り始めた。

 観客は数百人。これまでの小規模な披露会とは比較にならない大観衆だった。しかし、生徒たちは緊張しながらも、みことから教わった通りの笑顔で踊り続けた。

 「かわいい!」

 「あの衣装、素敵だねぇ!」

 「江戸も変わったもんだ」

 観客からは歓声と拍手が沸き起こった。最前列には、丹六や佐吉のような支援者たちの姿もあった。


 公演は大成功を収め、「江戸アイドルスクール」の名は一気に江戸中に広まった。翌日には、入学希望者が殺到するほどだった。

 「みことさん、すごいですね!」丹六は興奮した様子で言った。「これほどの人気になるとは」

 みことは笑顔で答えた。「江戸の皆さんが、新しいものを受け入れてくれたんです」

 丹六は少し声を落として続けた。「それと、衣装や見せパンの注文が急増しています。もう生産が追いつかないほどです」

 「それは良かった!」

 みことのビジネスは順調に拡大していた。スクールの運営、衣装や下着の開発販売、そして定期的な公演。現代での失敗を糧に、彼女は江戸時代でのキャリアを着実に築いていたのだ。


 しかし、成功は時に敵を生む。

 「みことさん、ちょっと困ったことになっています」

 ある日、佐吉が心配そうな表情でスクールを訪れた。

 「どうしたんですか?」

 「町奉行所から人が来たんです。『風紀を乱す活動』として、調査が入るとか...」

 みことの表情が曇った。江戸の保守的な権力者たちが、彼女の活動に目を付けたのだ。

 「誰が訴えたんでしょう...」

 佐吉は首を振った。「分かりません。でも、『女子供の分際で派手に踊り回るのは不適切』と言っているようです」

 みことは深呼吸をした。江戸時代での文化革命は、やはり簡単ではない。

 「分かりました。何とか対応します」

 彼女の頭には、すでに次の戦略が浮かんでいた。


第七章 — 試練と工夫


 町奉行所からの調査は、みことにとって初めての大きな試練だった。代表者としてみことが呼び出され、「江戸アイドルスクール」の活動内容について厳しく問われた。

 「聞くところによると、若い娘たちに奇妙な衣装を着せて踊らせているとか。風紀を乱す行為ではないか」

 奉行所の役人は冷ややかな視線を向けた。みことは緊張しながらも、落ち着いて答えた。

 「私たちの活動は、決して風紀を乱すものではありません。娘たちに礼儀作法を教え、健全な体を作るための踊りです」

 役人は眉をひそめた。「しかし、その短い着物と、露出した足は...」

 みことは言葉を選びながら説明した。「あの衣装は、動きやすさを考慮したものです。そして、その下には『アイドルパンツ』という特別な衣装を着用しているため、決して不適切な露出はありません」

 役人たちは半信半疑の様子だったが、みことは諦めなかった。

 「もし良ければ、実際の練習の様子をご覧いただけませんか」


 数日後、役人たちがスクールを視察に訪れた。みことは事前に生徒たちに指示を出していた。いつもより丁寧な挨拶、より端正な姿勢、そして歌詞の内容も「親孝行」や「勤勉」を称えるものに変更した。

 「本日は奉行所の方々をお迎えして、特別な演目を披露します」

 みことの掛け声で、生徒たちは整然と並び、優雅な踊りを披露した。通常よりも落ち着いた内容ながらも、その技術と美しさは十分に伝わるものだった。

 さらに、みことは踊りの合間に、スクールでの礼儀作法の指導や、女性としての心得の教育についても説明した。

 「私たちは単に踊るだけではなく、江戸の良き伝統を学び、それを新しい形で表現しているのです」

 視察を終えた役人たちは、予想外に好印象を抱いたようだった。

 「思ったより秩序だった教育をしているな」

 「確かに衣装は短いが、下着をしっかり着用しているし...」

 「娘たちの表情が生き生きしているのは確かだ」

 後日、奉行所からの判断が下された。「風紀を乱す証拠はない」として、スクールの活動継続が認められたのだ。ただし、公共の場での公演に関しては、事前に届け出ることという条件付きだった。

 「みことさん、良かったですね!」丹六は安堵の表情で言った。

 みことはほっとしながらも、この出来事から大切な教訓を学んだ。江戸時代の価値観に完全に逆らうのではなく、うまく融合させる必要があるのだ。


 この試練を乗り越えたことで、みことはさらに工夫を重ねるようになった。

 まず、アイドル衣装をより「江戸らしさ」を取り入れたデザインに改良した。短さは維持しながらも、柄や色使いは伝統的な要素を強調。「現代風だけど和風」という絶妙なバランスを目指した。

 「丹六さん、この新しいデザイン、どう思いますか?」

 みことは丹六に新しい衣装のスケッチを見せた。短い着物に袴のエッセンスを取り入れたデザインだった。

 「これは素晴らしい!伝統的でありながら新しい。これなら、保守的な人々にも受け入れられるでしょう」

 次に、踊りの内容も工夫した。現代のアイドルダンスの要素を残しつつ、日本古来の舞踊の動きも取り入れる。曲調も、伝統的な和楽器を主体としながら、現代的なリズム感を加えた。

 そして、スクールのカリキュラムにも変化を加えた。踊りや歌だけでなく、茶道や生け花の基本、和歌の作法など、伝統的な教養も含めるようにした。「アイドル」という新しい存在と、「大和撫子」という伝統的理想の融合を図ったのだ。

 「江戸の伝統を尊重しながら、新しい価値観を広めていく...」

 みことは自分の使命をそう再定義した。


 改良を加えた「江戸アイドルスクール」は、以前にも増して人気を集めるようになった。今や保守的な武家の娘たちからも入学希望があるほどだった。

 ビジネス面でも成功は続いていた。「アイドルパンツ」(見せパン)は若い女性たちの間で大ヒット商品となり、日常使いする人も増えていた。動きやすさが評価され、商人や職人の娘たちに特に人気だった。

 「月パッド」と「月ショーツ」も、静かながらも確実に広まっていった。特に、アイドルスクールの生徒たちが「動きやすくて安心」と口コミで広めたことで、若い世代を中心に使用者が増えていた。

 丹六の店は繁盛し、専用の工房を設けるほどになった。みことも相応の収入を得て、経済的に安定した生活を送れるようになっていた。

 「みことさん、あなたのおかげで、多くの女性たちの生活が変わりました」

 おたけは感謝の気持ちを込めて言った。

 「いえ、皆さんの協力があってこそです」

 みことは謙虚に答えたが、心の中では大きな達成感を感じていた。現代では売れないアイドルだった自分が、江戸時代では多くの女性たちの生活を変える存在になれたのだ。


 さらに、みことの活動範囲は広がっていった。江戸だけでなく、近隣の地域からも公演や講習の依頼が来るようになった。「江戸キラキラ娘」は時に遠征し、各地で公演を行った。

 「みことさん、次は大坂でも公演してみませんか?」

 丹六が興奮した様子で提案してきた。「あちらの商人から、ぜひ見たいとの声が多数あるのです」

 みことは驚いた。「大坂ですか?それは遠いですね...」

 「旅費や宿泊費は、あちらの商人たちが出してくれるそうです。それほど、あなたたちの評判が広まっているのです」

 みことは考え込んだ。江戸を飛び出し、全国に「アイドル文化」を広める。それは野心的だが、魅力的な挑戦だった。

 「分かりました。挑戦してみましょう!」

 みことの「江戸アイドル革命」は、新たな段階に入ろうとしていた。


第八章 — 全国へ、そして新たな挑戦


 大坂への旅は、みこととスクールの精鋭メンバー10名で行われた。東海道を通る長旅だったが、各宿場町で小さな公演を行いながら進んだため、各地に「江戸アイドル」の評判が広まっていった。

 「みことさん、この地方でも見せパンが流行り始めているようです」

 旅の途中、ある宿場町でメンバーの一人が報告してきた。みことのファッション革命は、既に江戸を超えて広がり始めていたのだ。

 大坂に到着すると、予想以上の歓迎を受けた。地元の商人たちが集まり、彼女たちの宿を手配し、公演場所も用意してくれていた。

 「江戸でウワサの踊り子たちが来たぞ!」

 「あの短い着物と不思議な踊りが見られるんだ!」

 大坂の街は活気に満ちていた。江戸と並ぶ商業都市だけあって、新しいものへの好奇心が強いようだった。


 公演は大盛況だった。会場となった道頓堀の広場は、見物人で埋め尽くされた。みことたちの踊りは、大坂の人々の心を一気に掴んだ。

 「すごいねぇ、江戸もこんな面白いことをやっとるんか」

 「うちの娘にも、あんな踊り習わせたいわ」

 公演後、大坂の呉服商・鶴屋の当主が面会を求めてきた。

 「星野みことさん、素晴らしい公演でした」

 鶴屋の喜助は50代の精悍な商人だった。

 「鶴屋さん、ありがとうございます」

 「早速ですが、大坂でも『アイドルスクール』を開いてはどうでしょう」

 みことは驚いた。「大坂でも?」

 「ええ。場所と資金は私が用意します。先生は江戸から送っていただければ...」

 みことは考え込んだ。確かに、江戸アイドルスクールの卒業生の中には、教える立場になれる優秀な生徒もいる。彼女たちに大坂校の運営を任せることもできるかもしれない。

 「検討させてください。でも、可能性はあると思います」


 帰路の船上で、みことは大坂での展開について深く考えた。「江戸アイドル」から「日本アイドル」へ。全国展開の可能性が見えてきたのだ。

 江戸に戻ると、大坂での成功を聞いた丹六が興奮した様子で迎えてくれた。

 「みことさん、素晴らしい!今や全国区のスターですよ」

 「丹六さん、実は大坂でも『アイドルスクール』の話が...」

 みことが大坂での出来事を報告すると、丹六は目を輝かせた。

 「それは素晴らしい話です!私たちの商品も大坂に送れますし、向こうの織物を使った新商品の開発もできるでしょう」

 丹六の商人としての嗅覚は鋭かった。みことのアイドル事業と、丹六の衣料品事業が全国に広がる可能性に、彼は大きなビジネスチャンスを感じていたのだ。


 大坂校の計画が進む中、みことは新たな課題に取り組み始めていた。それは、より快適な下着の開発だった。

 「丹六さん、もっと動きやすい下着があればいいと思うんです」

 みことは新しいデザインのスケッチを見せた。現代のブラジャーを参考にした上半身用の下着だった。

 「こ、これは...」丹六は少し戸惑った様子だった。

 「『胸当て』と呼びましょう。踊るときに胸が揺れるのを抑え、動きやすくするものです」

 丹六はスケッチを詳しく見た。「確かに、理にかなっていますね。でも、作り方が難しそうです」

 「材料は木綿と和紙で大丈夫です。後は、伸縮性のある組み方を工夫すれば...」

 みことと丹六は、おたけも交えて議論を重ねた。現代の知識と江戸の技術を融合させる挑戦だった。

 試作品が完成すると、アイドルスクールの生徒たちに試着してもらった。

 「すごい!こんなに動きやすいなんて!」

 「胸が揺れなくて安心です」

 「これなら、もっと元気に踊れます!」

 反応は上々だった。「胸当て」は「アイドルパンツ」に続く、第二の革新的下着となる可能性を秘めていた。

 「みことさん、これも商品化しましょう」

 丹六は既に販売戦略を考えている様子だった。

 こうして、みことのファッション革命は新たな段階に進んだ。「月パッド」「月ショーツ」「アイドルパンツ」そして「胸当て」。現代では当たり前の下着類が、江戸時代の女性たちの生活を一つずつ変えていったのだ。


 事業の拡大に伴い、みことは専用の工房と事務所を持つようになった。「江戸アイドル商会」と名付けられたこの場所は、衣装の製作、商品の開発、そしてスクール運営の拠点となった。

 丹六の呉服屋も拡大し、「アイドルファッション」専門の店舗を出すほどになった。みことのデザインを基にした短い着物や、現代風のヘアアクセサリーは、若い女性たちに大人気だった。

 みことは時に、自分の状況を不思議に思った。かつての売れないアイドルが、江戸時代では成功したビジネスウーマンになっていたのだ。

 「松さん、おまつさん。本当にありがとうございます」

 ある日、みことは松五郎夫妻を高級料亭に招待した。彼女の江戸生活の始まりを支えてくれた恩人たちだ。

 「みこと、立派になったねぇ」おまつは感慨深げに言った。「あんな不思議な恰好で現れた娘が、今じゃ大商売をしてるんだから」

 「ほんと、見る目があったよ」松五郎も誇らしげだった。「うちの蕎麦屋も、みことのおかげで繁盛しているよ。『江戸キラキラ娘の生みの親』って評判でね」

 みことは笑いながらも、胸が熱くなるのを感じた。

 「私、この世界に来てよかったです」

 松五郎夫妻は「この世界」が何を意味するのか理解していなかっただろうが、みことの言葉の真摯さは伝わったようだった。


 大坂校の開校式の日、みことは選りすぐりの卒業生3名を引率した。大坂校の校長を務めるのは、最初の生徒だったお米。彼女は今や20歳、みことの右腕として成長していた。

 「お米、これからはあなたに任せるわ」

 みことは感慨深げに言った。お米は真剣な表情で頷いた。

 「みことさん、必ず大坂でも成功させます」

 開校式には大坂の有力商人や、興味を持った町娘たちが大勢集まった。鶴屋の喜助も満足げな表情で見守っている。

 「江戸アイドルスクール大坂校、ここに開校します!」

 みことの宣言に、大きな拍手が沸き起こった。

 大坂校の開校は、みことのビジネスの転換点となった。江戸から大坂へ。そして、すぐに「京都校」を望む声も上がり始めた。「日本アイドル」の時代が到来しつつあったのだ。


 同時に、「アイドルファッション」も全国に広がっていった。ミニ丈の着物、見せパン(アイドルパンツ)、胸当て、そして現代風の髪型。みことが持ち込んだファッション革命は、江戸時代の女性たちのライフスタイルを少しずつ変えていったのだ。

 「月パッド」と「月ショーツ」も、静かながら着実に普及していった。これらの商品は目立たないながらも、女性たちの日常生活を大きく改善していた。

 「みことさん、あなたは本当に女性たちの恩人です」

 ある日、丹六の妻・おたけがしみじみと言った。「昔は考えられなかったような自由を、私たちに与えてくれました」

 みことは照れくさそうに微笑んだ。「私は、皆さんに喜んでもらえるだけで嬉しいんです」

 しかし、心の中では誇らしさを感じていた。現代で挫折したアイドルの夢が、江戸時代では多くの女性たちの希望となり、生活を変える力になったのだから。


第九章 — 江戸アイドル、最盛期へ


 「みことさん、大変です!」

 江戸に戻って半年後のある日、丹六が興奮した様子で「江戸アイドル商会」の事務所に飛び込んできた。

 「どうしたんですか?」

 「な、なんと...老中の松平定信公のお嬢様が、アイドルスクールに入学を希望されているとのことです!」

 みことは驚きのあまり、手に持っていた筆を落としてしまった。松平定信といえば、老中として幕府で重要な地位にある人物。そのお嬢様がみことのスクールを希望するとは。

 「本当ですか?」

 「間違いありません。仲介の方から直接お話がありました」

 みことは深く考え込んだ。武家、それも高位の武家の娘を受け入れるというのは、これまでにない挑戦だった。しかし、それは同時に大きなチャンスでもある。幕府の高官に認められれば、「風紀を乱す」という批判も減るだろう。

 「お受けしましょう。ただし、特別扱いはしません。他の生徒と同じように学んでいただきます」

 丹六は少し不安そうな表情を見せた。「それで良いのでしょうか...」

 「大丈夫です。私たちのスクールの価値は、誰もが同じ立場で夢を追えることですから」


 結局、松平家のお嬢様・おちよ(16歳)は、一般の生徒と同じ形で入学した。もちろん、警護の武士が同伴していたが、スクール内では他の生徒と変わらない扱いを受けた。

 おちよは意外にも、みことの教えを素直に受け入れた。厳格な武家の躾を受けていたためか、踊りの練習にも真摯に取り組み、短期間で上達した。

 「みことさん、この踊り、とても楽しいです」

 おちよは珍しく弾けるような笑顔を見せた。普段は物静かな彼女だが、踊りの時だけは生き生きとした表情を見せるのだ。

 「おちよさん、その調子です!もっと自由に、自分らしく踊りましょう」

 おちよの入学は、スクールに新たな風を吹き込んだ。武家の娘でさえ通うスクールとなったことで、その社会的地位は一気に上昇したのだ。


 天保12年(1841年)、みことが江戸に来て5年目を迎えた時、彼女のビジネスは最盛期を迎えていた。

 「江戸アイドルスクール」は本校、分校合わせて5カ所となり、生徒数は500人を超えた。大坂校も成功し、京都校も開校。日本三大都市すべてに拠点を持つまでになった。

 「江戸キラキラ娘」は、もはや一地方のアイドルグループではなく、全国区の人気を誇る存在となっていた。各地での公演は大盛況で、みことが作詞作曲した「江戸ハレハレ音頭」は、子供から大人まで口ずさむ流行歌となっていた。

 ファッションビジネスも大成功を収めていた。「アイドルパンツ」「胸当て」などの下着類は、若い女性たちの必需品となり、丹六の店は全国に支店を持つほどになった。

 「月パッド」「月ショーツ」の普及により、女性たちの月経に対する認識も変わり始めていた。かつては「穢れ」として忌避されていたものが、自然な生理現象として少しずつ受け入れられるようになっていったのだ。


 みことは今や、裕福な女性実業家となっていた。浅草に立派な屋敷を構え、多くの従業員を抱える。かつて売れないアイドルだった彼女が、江戸時代では成功した文化事業家になっていたのだ。

 「みことさん、これからどんな計画がありますか?」

 丹六が尋ねた。今や彼も、みことのビジネスパートナーとして大きく成功していた。

 「そうですね...」みことは少し考えてから答えた。「次は、もっと女性たちの可能性を広げる事業を考えています」

 みことの計画は、単なるアイドル事業を超えていた。女性が自立して生きていくための教育や、女性による女性のためのビジネスの支援。彼女の頭の中には、江戸時代での「女性エンパワーメント」の構想があったのだ。

 「なるほど、またまた斬新な...」丹六は感心した様子だった。「みことさんの考えることは、いつも時代の先を行っていますね」

 みことは微笑んだ。「私は、ただ女性たちが笑顔になれる世界を作りたいだけなんです」

 しかし、その言葉の裏には、強い決意があった。現代と江戸。二つの時代を生きた彼女だからこそ見える未来があったのだ。


 その年の夏、「江戸アイドルスクール」の大規模な発表会が開催された。場所は、江戸城外の広大な広場。幕府の特別許可を得ての開催だった。

 「江戸アイドル大発表会『夏祭り☆キラキラ天下祭』、開演です!」

 みことの宣言とともに、100人を超える生徒たちがステージに登場した。華やかな衣装に身を包み、自信に満ちた表情で踊る彼女たち。その姿は、まさに「江戸のアイドル」だった。

 観客は3000人を超えた。これまでで最大の観客数だ。町民だけでなく、武士の家族も多く見られた。

 中央には特別席が設けられ、松平定信をはじめとする幕府の高官たちも公演を見守っていた。みことのスクールに通うおちよの影響だろう。

 「見事な踊りだ」

 「あれが噂の星野みことか...」

 「女子教育の新しい形かもしれんな」

 高官たちの間でも、好意的な声が聞かれた。


 発表会の最後、みことは特別な発表を行った。

 「本日は、新しいプロジェクトを発表します。『江戸女子学問所』の設立です」

 観客がざわめいた。

 「この学問所では、踊りだけでなく、読み書き、算術、そして様々な技術を女性たちに教えます。女性が自立して生きていくための場所です」

 みことの発表は、江戸の社会に新たな波紋を投げかけた。女性のための本格的な教育機関。それは、江戸時代の常識を超える革新的な構想だった。

 発表会の後、松平定信が直々にみことを呼び寄せた。

 「星野みこと、そなたの活動は目覚ましい」

 定信は静かな声で言った。みことは緊張しながらも、丁寧に応じた。

 「恐れ入ります」

 「女子教育の重要性は、私も認めるところだ。『女子学問所』の構想、詳しく聞かせてもらいたい」

 みことの心臓が高鳴った。幕府のトップクラスの人物が、彼女の構想に興味を示したのだ。これは、大きなチャンスだった。

 「喜んで」

 みことは、自分の構想を熱心に説明した。女性たちが知識と技術を身につけ、自立していくための教育。それは江戸の社会を根底から変える可能性を秘めていた。

 「面白い。私も支援しよう」

 定信の言葉に、みことは深く頭を下げた。幕府の高官からの支援。それは、彼女の活動が公に認められたことを意味していた。

 (現代では挫折したけど、江戸では成功した...不思議な運命ね)

 みことは感慨深く空を見上げた。夏の夕暮れ、江戸の空には無数の星が輝き始めていた。


第十章 — 未来への種まき


 「江戸女子学問所」の開設から1年、みことの活動は江戸の女性たちの生活に着実に変化をもたらしていた。学問所では読み書き算術だけでなく、ビジネスの基礎や手工芸技術なども教えられ、卒業生の中には自分の小さな店を開く者も現れ始めていた。

 「みことさん、おかげで私、自分の足袋屋を開くことができました」

 学問所の卒業生・おゆき(25歳)が報告に来た。彼女の店では、みことの考案した「快適足袋」を販売していた。現代の靴下の要素を取り入れた、履き心地の良い足袋だ。

 「おゆきさん、それは素晴らしい!自分の力で生きていくことの喜びを知ってほしかったんです」

 みことはおゆきの成功を心から喜んだ。彼女の夢は、女性たちが経済的に自立して生きていける社会の実現だった。

 「みことさん、他の卒業生たちも次々と独立していますよ。髪飾り屋、菓子屋、裁縫師...みんな学問所で学んだことを活かしています」

 みことは感慨深く頷いた。かつての売れないアイドルが、江戸時代の女性たちの生き方を変える存在になるとは。

 「みことさん、これは私の第一号のお客様からの感謝状です」

 おゆきは丁寧に包まれた一枚の和紙を差し出した。みことはそれを広げ、達筆な文字で書かれた感謝の言葉を読んだ。

 (これが本当の成功なのかもしれない...)

 みことは心から満たされる感覚を覚えた。


 天保14年(1843年)、みことが江戸に来て7年目の冬。「江戸アイドル商会」「江戸女子学問所」を含む、みことの事業は最盛期を迎えていた。

 「アイドルスクール」は全国10カ所に拡大し、アイドルグループも江戸、大坂、京都を中心に20組以上が活動していた。「江戸キラキラ娘」の初期メンバーだったお米は、今や「大坂輝き娘」のリーダーとして活躍している。

 ファッションビジネスも発展を続け、「アイドルパンツ」「胸当て」は若い女性たちの間で普及し、「月パッド」「月ショーツ」も着実に広まっていた。

 「女子学問所」の生徒数は年々増加し、女性の自立を支援する活動はますます注目されるようになっていた。卒業生たちは各地で自分のビジネスを始め、新しい女性の生き方を社会に示していた。

 みことの活動が新たな風潮を生み出したことは明らかだった。江戸の若い女性たちは、以前より自由に自分を表現するようになり、積極的に知識や技術を学ぶようになっていた。


 「みことさん、幕府からお呼びです」

 ある日、丹六が緊張した面持ちで伝えてきた。

 「幕府?」

 「はい。老中・松平定信様から直々のお召しだそうです」

 みことは少し緊張しながらも、すぐに準備を始めた。絶頂期の事業を抱える彼女に対して、幕府が何を望んでいるのか気になったからだ。


 江戸城での謁見。みことは緊張しながらも、毅然とした態度で松平定信の前に進み出た。

 「星野みこと、そなたの活動は目覚ましい発展を遂げておるな」

 定信の声には、尊敬の念が感じられた。

 「恐れ入ります」

 「『女子学問所』の卒業生たちが、各地で活躍していると聞く。また、そなたの考案した衣類も、女性たちの暮らしを大きく改善していると」

 みことは静かに頷いた。「はい、女性たちが自分の力で幸せになれる社会を目指しております」

 定信はしばらく沈黙し、考え込むような表情を見せた。

 「みこと、私から一つ頼みがある」

 「はい?」

 「諸藩の女子教育に協力してほしい」

 みことは驚いた。それは幕府が正式に彼女の活動を認め、さらに全国に広げようという提案だった。

 「喜んでお引き受けします」

 定信は満足げに頷いた。「よかろう。詳細はこの書状に記してある。読んでおくように」

 みことが受け取った書状には、全国の藩に「女子教育顧問」として派遣する計画が記されていた。女性の教育を通じて、国全体の発展を目指す壮大な構想だった。

 幕府からの正式な依頼。それは、みことの活動が最高レベルで認められたことを意味していた。

 (まさか、ここまで来るとは...)

 みことの胸は高鳴った。


 春になり、みことは「全国女子教育巡回」の旅に出ることになった。各藩を訪れ、女子教育のあり方を説き、自らのノウハウを伝える大事業だ。

 出発前の夜、みことは松五郎夫妻を訪れた。江戸での生活の始まりを支えてくれた恩人たちだ。

 「松さん、おまつさん。私、しばらく江戸を離れることになりました」

 「聞いたよ、すごいじゃないか。幕府直々の依頼だなんて」松五郎は誇らしげに言った。

 おまつも涙ぐみながら言った。「あの日、川縁で倒れていた不思議な娘が、こんなに大きな仕事をするようになるなんて...」

 みことは深々と頭を下げた。「二人がいなければ、ここまで来られませんでした。本当にありがとうございます」

 松五郎は照れくさそうに笑った。「みことの力だよ。私たちは何もしていない」

 「いいえ」みことは強く言った。「二人が私を信じてくれたから、全てが始まったんです」


 感動的な別れの後、みことは江戸アイドル商会に戻った。事業の指揮は、丹六と、スクール初期から一緒に働いてきた弟子たちに任せることになっていた。

 「皆さん、私がいない間も頑張ってください」

 みことの言葉に、スタッフたちは力強く頷いた。彼女が蒔いた種は、既にしっかりと根付いていたのだ。

 翌朝、みことは長旅の準備を整えた。これから始まる「全国女子教育巡回」は、1年以上かかる予定だった。江戸、大坂、京都だけでなく、各地の藩を訪れ、女子教育の重要性を説いていく。

 旅立ちの朝、みことの元に一通の手紙が届いた。送り主は、スクール第一期生のお米だった。

 「みことさん、女性たちの未来を変えてくれてありがとう。あなたの教えは、私たちの心に永遠に生き続けます」

 みことは手紙を胸に抱き、空を見上げた。

 (現代で挫折したけど、ここで成功した...不思議な運命)

 人力車に乗り込み、みことは新たな旅の一歩を踏み出した。彼女が蒔いた「江戸アイドル革命」の種は、これからさらに大きく花開こうとしていた。


エピローグ — 歴史を変えた女


 弘化3年(1846年)、江戸。

 「皆さん、今日は特別なゲストをお迎えします」

 「江戸キラキラ娘」の10周年記念公演の場に、特別なゲストが登場した。全国女子教育巡回を終え、再び江戸に戻ってきたみことだった。

 彼女が舞台に上がると、会場からは大きな歓声が上がった。今や「女子教育の母」として知られるみことの姿を一目見ようと、多くの人々が集まっていたのだ。

 「皆さん、10年前に始まった『江戸アイドル』の活動は、今や全国に広がっています」

 みことは感慨深げに語りかけた。彼女が江戸に転生してから10年。その間に、彼女の蒔いた種は大きく成長していた。

 「アイドルスクール」は全国30カ所以上に広がり、「女子学問所」も各地に設立されていた。彼女が考案した下着類は若い女性たちの必需品となり、みことの教えを受けた女性たちは各地で自立した生活を送っていた。

 さらに、幕府の支援を受けた「女子教育推進」の取り組みは、日本全体の女性の地位向上に貢献していた。かつては男性の世界だった分野にも、徐々に女性が進出し始めていたのだ。

 「私が夢見た世界が、少しずつ実現しています」

 みことの言葉に、観客は大きな拍手を送った。


 公演後、みことはかつての仲間たちと再会した。丹六、お米、そして今や各地で活躍する「江戸アイドル」の卒業生たち。彼らは皆、みことが作り上げた新しい文化の担い手として成長していた。

 「みことさん、私たちが受け継いでいきます」

 お米は力強く宣言した。彼女は今や「日本アイドル協会」の代表として、全国のアイドル活動を統括する立場になっていた。

 「お願いするわ」

 みことは微笑んだ。彼女の革命は、既に彼女自身を超えて広がっていた。


 その晩、みことは一人で隅田川の川辺を歩いていた。10年前、彼女がこの世界に目覚めた場所だ。

 月明かりに照らされた水面を見つめながら、みことは自分の人生を振り返った。現代では売れないアイドルだった彼女が、江戸時代では多くの女性たちの人生を変える存在になった。

 「不思議な運命...」

 彼女は呟いた。その時、突然、空が明るく輝き、みことの周りを光が包み込んだ。

 「え?これは...」

 10年前に体験したのと同じ感覚。体が宙に浮いたような、不思議な感覚。

 (戻るの?現代に?)

 みことの意識が遠のき始めた。最後に見たのは、江戸の夜空に輝く満月だった。


 「...こと!みこと!」

 誰かが自分の名前を呼んでいる。みことはゆっくりと目を開けた。

 天井。見慣れた天井。そして、心配そうに覗き込む顔。

 「やっと目が覚めた!大丈夫?」

 マネージャーの田中だった。みことは混乱して周囲を見回した。そこは、「キラキラ☆フューチャーズ」の楽屋だった。

 「私...戻ってきたの?」

 「何言ってるの?ステージで突然倒れたんだよ。医者が来るまで少し休んでて」

 みことは唖然とした。江戸での10年間は、わずか数分の出来事だったのか?それとも夢だったのか?

 しかし、彼女の頭には江戸での記憶が鮮明に残っていた。アイドルスクール、見せパン、月パッド、女子教育...全てが現実のように思えた。

 「田中さん、解散の話は?」

 「解散?何の話だ?」田中は首を傾げた。「今日のライブは大成功だったよ。客席がほぼ満席だったし、CD予約も過去最高だって」

 みことは驚いた。江戸に行く直前の記憶では、「キラキラ☆フューチャーズ」は解散が決まっていたはずだ。

 「でも...」

 「みこと、今日のパフォーマンスは最高だったよ。特に新しい振り付け、観客を巻き込む演出...どこでそんなアイデアを思いついたんだ?」

 みことは言葉を失った。江戸での経験が、彼女のパフォーマンスに影響を与えたのか?

 部屋に鏡があり、みことは自分の姿を確認した。確かに現代の姿だ。しかし、その目には江戸で10年を過ごした者の深みがあった。

 (夢じゃなかった...あの経験は本物だった)

 みことは決意を固めた。江戸で学んだことを、現代でも活かすのだ。


 「田中さん、新しい企画があるんです」

 「新しい企画?」

 「『アイドルスクール』の立ち上げです。アイドルを目指す女の子たちに、踊りだけじゃなく、自立した女性になるための教育をする場所」

 田中は驚いた表情を見せたが、みことの目の輝きを見て、すぐに興味を示した。

 「面白そうだな。詳しく聞かせてくれ」

 みことは江戸で成功した「アイドルスクール」のコンセプトを、現代版に翻訳して説明し始めた。彼女の頭には、「現代女子エンパワーメント計画」が既に完成していた。


 数週間後、みことは「アイドルスクール」の事業計画を練るために資料を探して国立図書館を訪れていた。江戸時代の文化や芸能に関する資料を調べるうちに、彼女は偶然、江戸時代の風俗を紹介する美術書を手に取った。

 ページをめくるうちに、みことの手が突然止まった。

 「え...?」

 目の前に広がっていたのは、見慣れた光景だった。「江戸キラキラ娘」の公演を描いた浮世絵。短い着物に見せパンを履き、現代風の髪型をした少女たちが踊る姿。そして中央には、間違いなく自分自身の姿があった。

 「これは...本当に...」

 絵の下には「天保九年 江戸キラキラ娘 隅田川河原大舞台の図」と記されていた。美術史家のコメントには「天保時代に突如現れた『アイドル』と呼ばれる新しい芸能集団。短期間ながら江戸文化に革命を起こし、女性の生活様式にも大きな影響を与えた」と書かれていた。

 みことの手が震えた。これは紛れもなく、彼女が江戸で作り上げたものだった。

 「やっぱり...あれは本当だった」

 さらにページをめくると、「江戸アイドルスクール」の建物、「見せパン」を履いた若い女性たち、そして「江戸女子学問所」で学ぶ生徒たちの様子が描かれた浮世絵も出てきた。彼女が江戸で成し遂げたことすべてが、歴史に刻まれていたのだ。

 最後のページには「江戸アイドルの祖 星野みこと像」と題された浮世絵があった。そこには、凛とした表情で立つみことの姿が描かれていた。

 「信じられない...私が歴史を変えたなんて」

 みことはその本を抱きしめ、深く息を吸い込んだ。江戸での10年間は夢ではなく、紛れもない現実だった。彼女は確かに江戸時代に存在し、多くの女性たちの生活を変えたのだ。


 図書館を出ると、夕暮れの空が広がっていた。みことは決意に満ちた表情で前を見つめた。

 「江戸で成功したなら、現代でも絶対に成功する。今度は自分の時代で、女の子たちの未来を変えるんだ」

 みことのスマホが鳴った。田中からのメッセージだった。

 「企画書、理事会で承認された!『現代アイドルスクール』実現へ向けて動き出せるぞ!」

 みことは空を見上げて微笑んだ。江戸と現代。二つの時代を生きた彼女だからこそ見える景色があった。そして今、彼女は再び革命を起こそうとしていた。


【完】


免責事項


本作品はフィクションです。登場する人物、団体、企業、商品名、出来事、地名等はすべて架空のものであり、実在の人物、団体、企業、商品名、出来事、地名とは一切関係ありません。また、実在の人物や団体等との類似がある場合は、全くの偶然によるものです。


本作品に描かれている出来事、状況、行動等は創作であり、現実の出来事や行動を推奨または奨励するものではありません。


著者および出版元は、本作品の内容に関連して生じた直接的・間接的な損害に対して、いかなる責任も負いかねますのでご了承ください。


© 2025 版権所有


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

執筆を始めたきっかけは、「歴史とアイドルカルチャー」という一見かけ離れた要素を組み合わせてみたいという単純な好奇心からでした。特に江戸時代の女性たちの制約された生活と、現代の自由なアイドル文化との対比に面白さを感じ、書き進めていました。

物語を通して描きたかったのは、「時代を超えた女性たちの連帯」です。みことが江戸時代で成功するのは、単に彼女が現代知識を持っていたからではなく、お米やおたけなど、江戸の女性たちとの協力があってこそ。そして彼女自身も、江戸での経験から多くを学び成長していきます。

また、現代では挫折したみことが江戸で成功するという逆転の構図には、「正しい場所で自分の才能を活かすことの大切さ」というメッセージも込めました。星野みことは江戸時代という異なる環境で、自分の本当の才能と居場所を見つけたのです。

イラストやサウンドなど、小説以外のコンテンツも少しずつ増やしていく予定です。最新情報はSNSで随時お知らせしますので、ぜひフォローしていただければ嬉しいです。

読者の皆様からの感想やご意見をいただけると、創作の励みになります。これからも『江戸アイドル転生』の世界をお楽しみいただければ幸いです。

次回作もどうぞお楽しみに!

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